獅子堂要は思い出す(婚約者の予言と聞こえた声)


『私たちは両親たちをきっかけに出会いました。ですが、貴方は将来、私以外の方と出逢い、その人に恋をすることとなるでしょう』


 互いの両親が席を外し、少ししてから、婚約者となった目の前の少女はそう言った。

 その時は、彼女が何を言っているのか分からなかったし、いつかそういう時が来るのだろうとは思っていた。

 でも、あの時の彼女の言葉は、当たることとなった。


 桜峰さくらみね咲希さき

 四月に転入してきてから、彼女は俺や他の生徒会の仲間たちとも過ごすことが増えたことで、学校生活は楽しんでいるらしい。

 もしかしたら、以前、婚約者が言っていたのは、咲希のことだったのかもしれない。

 咲希が親友と言っていた女子生徒――水森みずもり飛鳥あすかを連れてきた時、つい咲希と比べてしまったが、郁斗いくとあきらは同学年のせいか、貶したりはせず、逆に褒めるような言い方をしていた。

 夏休みには寂しそうにしている咲希を見た時、無理矢理にでも水森を連れてくるべきだったか、と思ったほどだ。


 一学期、咲希は未夜みやと一緒にいることが多かったのだが、二学期になってから転入生としてやってきた『御子柴みこしば夏樹なつき』という奴といることが増えたためか、未夜の不機嫌さで生徒会室の空気が悪くなる。

 どうやら転入生は、水森の幼馴染らしく、一度何らかの画策があるんじゃないかとも思ったが、咲希を避けようとしているのか、水森と一緒にいる所を何度か見かけたりもした(同時に郁斗の不機嫌さも加わったことで、生徒会室の空気がさらに悪くなる)。

 そして、二学期最大の行事である学校祭(文化祭+体育祭)。

 その片方である文化祭で、思わぬ再会をすることとなった。


「何で、お前が居るんだ」


 自身の婚約者であるはずの彼女を、見間違えるはずがなかった。


「私が何故ここに居ようが、貴方には関係ないんじゃないですか?」


 確かに、婚約者である彼女がどこに居ようが、俺には関係ない。

 だが、もし咲希に会いに来たのだとすれば、無視は出来ない。


「先に言うのなら、私は貴方でもなければ、隣にいる彼女に会いに来たわけではありません」

「だとすれば、お前は何しに来たんだ」

「先程も言いましたが、私が何をしようが、何故ここに居ようが、貴方には関係の無いことでしょ?」


 どうやら、答えては貰えないらしい。

 だが、彼女が知っていながら、俺の知らない何かがあるというのが、納得できない。


雛宮ひなみや!」

「ついてこないでください。彼女を放っておくつもりですか?」

「っ、」


 確かに今、婚約者――雛宮を追い掛けたら、咲希を一人、この場に残すことになる。


「分かったら、ついてこないでください。ただでさえ貴方に会うと、面倒が起こるから避けていたというのに」


 そうだったのか?

 というか、避けられていたという事実に、軽くショックを受けたんだが、そんなこと気にせず、雛宮は去っていく。


かなめ先輩、追いかけてあげてください」

「けどなぁ……」


 咲希に言われても、本人に拒否されてるし。


「もし、あの人が他の……男の人と会うとしたら、先輩は我慢出来るんですか!?」

「それは……」


 その可能性は考えていなかった。

 だって、俺もあいつも良家の子息令嬢であり、あいつの性格上、そんな事は無いとは思うのだが。

 それと同時に思った、この不安のような気持ちは何なのだろうか。


「私なら大丈夫ですから」


 だから、早く追いかけてあげてください。


 咲希がそう言うなら、と足を動かそうとしたときだった。


「貴方の想いは、その程度? 他人に彼女を渡しても良いと思ってしまえるぐらい、浅い想いなの?」


 いきなり聞こえてきたその声に、足が止まる。


「ふふ、違うでしょ? 貴方は婚約者という存在に惑わされているだけ。もし、その子が好きなら、他の誰かに奪われたくないのなら――」


 それは、悪魔のような囁きだった。


「ずっと隣にいればいい。他の誰かに負けないぐらいアピールして、彼女に選ばれるように努力すればいい。婚約者なんて気にする必要なんてない。だってあの子は――」


 その声は言う。

 俺の婚約者、雛宮ひなみや未季みきは最初から、俺が桜峰咲希と会い、思いを寄せることになることを知っていたのだから、と。

 だから、雛宮は俺に何の感情も抱いてないし、逆に政略結婚なら仕方ないと思っているぐらいなんだと。


「どうするのかは、貴方次第。ま、その子が好きなら、フォローはしてあげる。ああそれと――」


 水森飛鳥と御子柴夏樹の二人には気をつけなさい。


 それだけ言うと、側を通り抜けるかのような金の残像を残し、そこで声は途切れた。

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