水森飛鳥とこの世界Ⅱ(信じられるのは)


「久しぶり、鳴宮君」


 そう言って、声を掛ければ、あ、とか、う、とか声を洩らす鳴宮君。

 というか、久しぶり、で合ってるよね? いなくなった時が七夕祭の最終日だったからなのか、かなり久しぶりに会う気がするのだが。


「っと、久しぶり……」


 あ、ようやく返してくれた、と思っていたら、何故かじっと見られた。


「えっと……何、かな?」

「あ、いや、何か雰囲気が変わったように見えるから……」


 ああ、そうか。

 一学期の時は半分実体がある幽霊みたいな感じだったし、ほとんど一緒にいた鳴宮君がそう感じても無理ないかもしれない。


「まあ、そうかもね」

「そういえば、夏休みはどうしてた……って、そういやどこか旅行に行っていたんだっけ」


 うん? もしかして、先輩ってば私が元の世界むこうに戻ったことを旅行として誤魔化してくれてた……?


「ああ、うん。ごめんね、お土産忘れちゃって」


 一応、話には乗っておこう。


「いや、気にしなくていいから」

「本当にごめん」


 嘘も吐いててごめんね、鳴宮君。


「……」

「……」


 ヤバい。会話が無くなった。

 気まずい。非常に気まずい。

 かといって、話したい内容もないし、大抵は鳴宮君が話し掛けて来てくれてるからなぁ。


「……そ、そういえば、鳴宮君は夏休みどうしてたの?」


 本当は知ってるけど、何も話さないで気まずくなるよりはマシだ。


「ん? 俺は生徒会に桜峰を加えたメンバーで旅行」

「……桜峰さんも?」

「そ。桜峰が加わるのは多数決で決定してさ。水森さんも加えようって、桜峰が言ったんだけど、ほら、日程が丸かぶりとかで結局水森さんは一緒に来れなかったわけだけど」


 あ、多数決の、桜峰さん参加に手を挙げた面々が容易に想像できた。


「あー……、本当にごめんなさい」


 つか、神崎先輩。何故誘ってくれていたことを教えてくれなかったんですか。

 いや、終業式前の私の不在という不自然さを無くすために、適当に言い訳してくれたんだろうし、あの時はどう足掻いても学外には出られなかったから仕方なかったんだけどさ。

 それでも何か、物凄く私が悪者になった気がする!


「いや、来られなかったのは、水森さんのせいじゃないし」


 いや、そうなんですがね。悪いのは私を送り返したとかいう女神であって(神様談だが)、私や鳴宮君たちが悪いわけでもない。


「それに、来年行けたら、みんなで行けばいいと思うし」


 思わず目を見開いた。

 ああ、そうだ。“来年”があるじゃないか。


「うん、行けたらいいね。でも、その時は一応受験生だし、生徒会である鳴宮君たちは良いかもしれないけど、私は勉強しないといけないからさ」

「いや、よくないよ。入りたい大学や就職先次第ではしなくちゃいけないし」

「そうなんだよねぇ……」


 ああ、空気が重い。

 受験の話なんて、するんじゃなかった。

 いや、無視できるような事でもないけどさ。


「……どうしよっかなぁ……」


 そう呟けば、鳴宮君が再びこちらを見てくる。

 だが、無視だ。気になりはするけど、彼のこの行動は今更だし。


「……」

「……」

「……」

「……」


 それにしても、だ。今気付いたけど、何か私、微妙に変なテンションになってないか?

 あ、気のせいですか。そうですか。……という一人ツッコミは置いといて。

 まさか、久しぶりに桜峰さんや鳴宮君たちと会えたことを無意識に喜んでいた、とか?

 ……いや、無いな。でも、下手に冷静になろうとすると、余計にボロが出るしなぁ。


「……」


 あー、もう完全にネタ切れだ。

 会話を聞くのをめることは、さっき決めたばかりだし、どうしようか。


「そういえば、水森さん。今日は何も聞いてないんだね」

「え? ああ……さっきまでは聞いてたんだけど、何だかそのまま聞いていたら、嫌な予感がしたからめただけだよ」


 嘘は言ってない。止めたのは事実だから。


「そっか。やっぱり、桜峰関連?」

「まあ、そうなるかな」


 これは、一学期からずっと変わらないことだ。

 主人公ヒロインである桜峰さんが困っていたら、私は平静を装ってでもサポートしなくてはいけない。

 それが、この世界で私に与えられた役目なのだから。


 ――ああ、何だ。こんな簡単なことだったのか。


 役目を思い出すだけで、こんなにも冷静になれるのか。


「単純だなぁ、私って」


 そして、今の呟きが聞こえているはずなのに、聞こえない振りをしてくれている鳴宮君には感謝だ。


(私は、サポートキャラだ)


 自身に言い聞かせるように、何度も繰り返す。

 たとえ、桜峰さんが副会長だろうが誰を選ぼうと、それは変わらない。

 選ばれなかった人には悪いが、出来る範囲で何とかバックアップはするつもりではいる。


「ねぇ、鳴宮君」

「何?」


 だから、何も知らないであろう、目の前にいる彼のためにも、


「私のこと、どれだけ信じてもらえるかな?」


 この世界の人たちからしたら嘘つきな私のためにも、この問いには答えてもらいたい。


「……何で、そんなことを?」

「あ、いや、ごめん。変なことを聞いたよね。忘れていいよ、今の質問は」


 少し間を置いて返してきた鳴宮君に、自分が何を言ったのかを復唱すれば、途端に何か馬鹿らしくなってきた。

 それに、いくら彼女の辿るルートや運命が決まる二学期だからって、少し動揺しすぎたのかもしれない。


「……いや、答えるよ」

「え……」

「全部は無理だけど、俺の目で見た部分の水森さんは信じてもいいと思う」


 えっと、それはつまり……


「言い換えると、去年会ったあの時から今この時までの、自分で見たことぐらいは信じてもいいよね、ってこと」

「そりゃあ、自分の目は疑えないでしょ。目の前にあるのが、真実なんだし」


 たとえ嘘だろうと信じたくなくても、目の前にあるのが真実に変わりないはずだ。


「だよね。だから、たとえ水森さんが俺に嘘を吐いていようと、俺は自分の目で見た水森さんしか信じないから」

「これでもか、ってほど言ってくれるね。鳴宮君」


 思わず頬が引きつる。

 でも、信じてくれる人がいるっていうのは、嬉しいことだ。


「でも、ありがとう。鳴宮君」


 だから、彼にお礼ぐらい言っても、許してくれるよね? 神様。


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