夏休み~戻ってきた世界
水森飛鳥の途中離脱Ⅰ(帰還、そして目覚め)
ピッ、ピッ、ピッ、とテンポの良い音がする。
目をそっと開けば、窓から射し込む光に照らされた白い壁とカーテンが目に入ってきた。
「……」
ここはどこだ? と思いつつ、今いる場所がついこの間までいたであろうあの世界でもなければ、自分の部屋でもないことには、周りを見てすぐに気づいた。
次の瞬間、何かを床に叩きつけるような、落としたような音が聞こえた。
そちらにそっと目を向ければ、そこにいたのは目を見開く我が弟の
「あす、か……?」
「目が覚めたのか!」
嬉しそうな二人に、静かにしろと言いたくなる。
おそらくというか、今いるのは十中八九、病院だろう。周りに置いてある機器でそう判断した。
それに、声を上げたい気持ちは分かるが、無駄にデカい声が頭に響いてくる。
「……」
「ハル、声デカい」
「あ」
私の視線で言いたいことを理解したらしい夏樹が、興奮しているのか騒がしいハルを止めに入る。
うん、滅多に騒がないハルが騒いだぐらいだから、それだけ心配させたってことだよね。
「あ、俺。母さんたちに連絡入れてくるから。夏樹さん、少しの間お願いします」
「ああ」
相変わらず騒がしいなぁ、とどこか嬉々として両親に連絡を入れに行ったのであろう
ちなみに、ハルは夏樹のことをさん付けで呼んでいるが、気が付いたときにはもう呼んでいたから、いつから呼んでいるのか、私ははっきりと覚えていない。
「……」
「……」
互いに無言になる。
ハルが出て行ったせいで、夏樹と二人っきりである。
人の気配がほとんど無いことから、おそらく同室でも今はいないだけか、個室なのだろう。
「……その、大丈夫か?」
「……なわけないでしょ」
私は事故に遭った。
何で遭ったのか、理由はまだ思い出せないけど……くそっ、思い出したらあの時受けた全身の痛みを思い出した。
(それにしても……)
乙女ゲーム類似世界で、私は一時的にだが存在していた。
みんな、どうしているだろうか。
『七夕祭』はどうなったのだろうか。
一学期は終わり、夏休みに入ったのだろうか。
疑問は尽きないが、動けない私がどうにかすることが出来るはずもなく。
「夏樹」
「何だ?」
名前を呼べば、聞こえにくいからか、夏樹が少しばかり耳を近づけてくる。
「私が事故に遭って、何日経った?」
「約一ヶ月だ。ほとんど昏睡状態だったらからな」
「そっか……」
約一ヶ月。
『約』が付くとはいえ、感覚があやふやになっているせいか、それが長いのか短いのかは分からない。
でも、一つだけ分かるのは、こちらでの(約)一ヶ月という時間経過は、あちらでの約一年半だという時間経過なのだが、明確な時間差がそうとも限らないから、はっきりとは分からない。
(大丈夫だよね、きっと)
だが今は、本編に入っているのだから、順調なら一学期終盤から夏休みに入るまでのシナリオが進行中のはずだ。
私が何故、このタイミングで戻ってきたのかは分からないけど、あの神様が自分で頼んでおいて、シナリオの途中にもかかわらず、あっさり帰すとは思えない。
(他に考えられるのは……)
何らかの異能に巻き込まれたのか、第三者の可能性。
そして、その第三者は、おそらくループを引き起こした張本人。
(って、飛躍し過ぎか)
だが、もし仮に第三者がいたとして、ループを起こした理由が分からない。
何故、ループさせる必要があったのか。
目的は何なのか。
「……」
ふぅ、と息を吐けば、ハルが戻ってきた。
「一応、連絡はしたけど、母さんたち、多分大急ぎでこっちに向かってる」
「そっか」
今、大急ぎで切り上げてるんだろうなぁ。
……事故らなきゃ、いいけど。
娘と同じように事故に遭うとか、笑えない。
そうこうしていれば、どこかバタバタとした足音が聞こえる。
「
人の名前を呼びながら、バッと仕切っていたカーテンが開かれる。
ここは病室です、お静かに。
「……意外と早かったね」
「目覚めたって聞いたら、中断するしかないでしょ!?」
先程からどこか興奮しっぱなしの、この人物は我が母、
さて、軽く家族説明を。
うち……水森家は四人家族であり、両親は共働きで、一つ下の高一であるハルは、入学と同時にバイトをしている。
私は、といえば、高二で基本的に家事担当(一人でも担当しないと、見るに耐えない惨状となる)で、ハルに少しばかり手伝ってもらえるかもと、彼の高校入学までは期待してたものの、今じゃ、どうもハルに逃げられた気がして仕様がない。
「どうせ、今日中にここから動けないんだし、急ぐ必要なかったのに」
「心配させておいて、その台詞?」
確かに、今の私が言えることではないが、それでも私も言いたかった。
「心配させたのは私にも責任あるけど、二人にまで事故に遭われたら、ハルも可哀想だよ」
もし両親まで事故に遭ったら、家事もバイトも看病も、ハルがいろいろと一人でやらないといけなくなる。
誰かをサポートするのは、思っている以上に大変だから。
「姉さん……」
ハルが何とも言えなさそうな顔をしたため、表情を変えさせるために、体を起こす。
「っつ、そうならないためにも早く退院して、授業にも追いつかないと……」
うー……、身体が地味に痛い。何かあちこちでぎしぎし言ってる気がする。
約一ヶ月も寝たきりだったせいか、体のあちこちが固まっているらしい。
「アホか。授業や退院よりも、リハビリが先だろうが。ノートなら後で嫌っていうほど見せてやる」
夏樹が容赦なくそう言ってくるけど、わざわざ分かりやすく纏めてくれていたりするほど優しいのは知ってるし、心配して言ってくれているのも理解している。
「だから、大人しく寝ておけ」
優しく見守るような眼差しを向けられながらそう言われたら、従うしかないじゃないか。
「……ん」
どうやら、私はまだ病院でお世話になる必要があるらしい。
そんな私を見た後、「それじゃ、俺は帰りますので」とうちの両親に声を掛ければ、夏樹は病室から出て行く。
「……」
「……?」
ただ、病室を出て行くのと同時に、夏樹がこちらを一瞥したのが気になったけど。
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