82 神域の戦い(中)
己が種族ヴラヌスの亜神ともいえる存在の前に、どうしようもなく力を強奪されていくヤーヒム。
これではジガのなすがままだ。
何か、何かないか――
藁にもすがる思いでヤーヒムは己の裡を探っていく。
そして辿り着いたのは、胸の深くに佇む守護魔獣との
それに手をつけて良いのかは分からない。結果的に翼として収まったからいいものの、注ぎ込まれた時は危うくとんでもない異形にされるところだったのだ。
だが。
このままジガに吸収され続ければ枯死という未来が待っている。一か八か、思い切って胸深くに佇む
……そうよ、ヤーヒム。それでいいの…………
どこからか、ラドミーラの声が聞こえた気がして、その次の瞬間。
背中に召喚したままだったヤーヒムの翼が、ドクン、と震えた。
そして勝手に広がり、勝手に羽ばたく。その羽ばたきから放たれるのは地を這う漆黒の衝撃波だ。黒きうねりが硬い石畳を飴細工のようにくねらせ、周囲をその混沌の黒で上書きしていく。その底深くに広がるのは、かつてヤーヒムがケイオスに連れて行かれた奈落の亜空間だ。そこでヤーヒムはかの神の声を聞き、翼を授けられたのだが――
『『『よや よや 雑じり子よや よくぞ呼びてくれき』』』
案の定。
地面に広がる混沌の黒から、忘れようもない異質な声が何重にも重なって湧き上がってきた。
それはまさしく創造神ケイオス。
ラドミーラを導き、ヤーヒムに翼を授けた古の大いなる存在だ。しかも前回より心なしか距離が近い。
『『『己、久しく待ちたりき
世界を震わすようなその声に誰も反応できない。
何を言っているのか、内容を理解するのは後回した。ヤーヒムもフーゴもリーディアも、声だけとはいえその存在のあまりの巨大さと異質さに歯を食いしばって悲鳴を堪えるので精一杯だ。
だが、この場で唯一動ける者がいた。ジガだ。
先ほどまでヤーヒムから奪い取っていた膨大な青の力を全身に巡らせ、憤怒の表情で混沌の黒に罵倒を浴びせかけた。
『ケイオオス! クラールを見捨てた裏切り者! 何故今さら顔を出す! 疾く消えよ!』
全身にうっすらと帯びていた青光がさらに輝き、雷を孕む暗雲の如く周囲に閃光を漏らし始めているその姿。
だが、混沌の黒からは何事もなかったかのように再びヤーヒムに声が届けられる。
『『『己が愛し子よ 其に手頃なる常磐の子あり 良き
まるでジガのことなど歯牙にもかけていないようなその言葉。
ちょうどいい機会だから倒して啜っておけ、かの存在はいとも簡単にヤーヒムにそう告げているのだ。ジガは更に激昂し、雄叫びと共に爆発的に青の光を全身から迸らせた。
『なっ! 我は認めぬ! 我こそが新たな天空神! この世界の全ては我が糧、我が家畜なのだ! 裏切り者は奈落に帰れえええ!』
ただでさえ莫大だった本来の力に、ヤーヒムからごっそりと奪ったものがそのまま上乗されたジガの青の力。
目も開けられないほどの青い光の奔流が、周囲一帯に広がった混沌の黒を一気に塗りつぶし、上書きしていく。
『『『あら何ともなや 己が愛し子も そこな雑じり子も
周囲に広がる混沌の黒が消されていくにつれ、ケイオスの声が急速に小さくなっていく。
最後にはその異質な気配すら掻き消えてしまったが、かの存在はその最後にとんでもない爆弾を残していった。消え際に声をかけられたリーディアとフーゴが、二人揃って苦悶の顔でその場に崩れ落ちたのだ。いや、呻き声を上げているダーシャも含めれば、ヤーヒムの仲間三人揃ってと言うべきか。
『ふ、ふは、ふははは! 彼奴を無理やり巣穴に追いやってやったわ! もはや我に怖いものなどない!』
古のケイオスが完全に退場した後、その場に己の足で立てているのはヤーヒムとジガの二人だけ。
未だ眩いほどの青光をまとい、奈落の淵を払拭した勢いのままに体を仰け反らせて高笑いを響かせるジガ。ごっそりと力を奪われ、膝に手をつき肩で荒い息を吐いているヤーヒム。
ジガが青の光で強引に上書きしたそこはもはや奈落の淵ではなく、石畳のブシェクの街並みが戻ってきている。ただしそれは最前と同じものではない。人知れず擬似ラビリンスにされているだけではなく、旧フメル王朝の滅亡都市と同じような、禍々しくも腐臭を放つジガの支配空間へと変貌してしまっているのだ。
そしてその支配者、ジガは。
『さあ、今この時より新世界の幕が上がる! 来たれ我が真の同胞よ! 次世代の天空神たる我の守護魔獣となりて、全てを喰らい我に捧げよ!』
闇空の一点に向けて両手を大きく広げ、高らかに叫んだ。
視線の先、そのすぐ裏側に浮かび上がった隣界に強大な何かが蠢いている。空間の壁一枚の先から感じる途方もない気配。あれは、不味い――ヤーヒムの生存本能がかつてない程に警鐘を打ち鳴らし始めた。無我夢中でリーディアを抱え上げ、まとめて倒れているフーゴとダーシャのところへと駆け出していく。
ジガが見つめる闇空の一角からは、頼りなく揺らぐ空間の壁を突き破って途轍もない何かがこの世界に溢れ出そうとしている。ケイオスがまだこの場にいればまだ太刀打ちできたのかもしれないが、今のヤーヒムと仲間達では非常に厳しい相手と言わざるを得ない。
皆を連れて転移で脱出する、もちろんそういった手もある。
だが、おそらくそれは一時凌ぎにしかならない。どこに逃げたとしても、このハルバーチュ大陸の中にジガとこの怪物から逃れられる場所はない。
何より、ヴァンパイア同士の戦いでは転移の使用は高度な駆け引きなのだ。
転移を実行する際のごく一瞬の隙、相手のヴァンパイアはそれを察知し妨害することが出来る。特に今のような高位者同士が対峙して戦っている場合、先に使った方が負け、ほぼそういったセオリーが存在している。転移直前の無防備な一瞬を強襲されたり、転移後の出現場所を読まれて狙われたり、更には転移先を土中へとずらされて爆散させられる場合すらある。
しかも今回ヤーヒム行いたいのは皆を連れての強引な転移だ。いくら今ジガに隙が見えるからといえ、軽々しく行えるものではない。
それに――ヤーヒムは青ざめた顔で言葉も出せず苦しんでいる三人をチラリと見やった。
……ケイオス。
かの存在はいったい皆に何をしたのか。
そもそもが異質すぎて理解不能ではあるのだが、口振りや行動からすると間違いなく味方なのだ。そしてリーディアやフーゴに向けて「雑じり子」と呼びかけ、「少し手伝ひてやる」と言っていた。
確かにそう、皆は"雑じり子"といえる存在である。
フーゴはケンタウロス、言わずと知れた人の上半身と馬の下半身を持つ"雑じり子"だ。
ダーシャも人と狼が混じる
そしてリーディアは。
彼女はハイエルフの血と紫水晶の瞳を持つシェダの一族。おそらくそれはラドミーラが手を加えた<紫水晶の血脈>の末裔であり、<青の血脈>のヤーヒム同様、人の身に青の因子を持つ生粋の"雑じり子"なのだ。
ヤーヒムが考えを巡らせているその数瞬の間にも、ジガが呼び寄せた無数のおぞましい何者かがこの世界に顕現しようと接近してきている。
漂っていた腐臭が急速に強まってきている。空間の壁が外から強引に揺すられ、【ゾーン】の探知が暴走を始めている。そんな中で。
「――――!」
「ああっ」
「うがッ」
「……っ!」
ヤーヒムの前で声もなく苦しんでいた三人が初めての呻き声を上げた。
それに先行して声なき喘ぎを上げたのはヤーヒムだ。三人を順に見て意識を周囲に向けた直後、胸の奥の
それはリーディア達の反応のとおり、三人それぞれに流れ込んでいる。
嫌な予感がヤーヒムを支配する。自分が翼を与えられた時のことが思い出されたのだ。危うく触手やら何やらが生えた異形にされるところだったあの時。まさか、かの存在の言う「少し手伝ひてやる」とは――
――絶対に、駄目だ。
触手まみれの狼の姿に変貌するダーシャの姿が脳裏をよぎり、ヤーヒムは激しく戦慄した。
自分があれを翼という形に収められたのは僥倖に近い。三人に流れていくケイオスの残滓を止めようとしたが、じわじわと移りゆくそれをほとんど止めることが出来ない。ヤーヒムの翼では全てを使いこなせてはいなかったのでその程度が減る分には構わないのだが、その過程でヤーヒムには分かってしまった。
……古の神の残滓が移り行く先で、三人の存在がなす術もなく混沌に浸食されつつあることが。
ヤーヒムは起こりつつある事象に必死に干渉を試みる。
一時とはいえそれらの残滓は己が身の裡に宿していたものなのだ。宿主として、多少であれば制御することはできる。
たとえこれが古の神の「手伝い」なのだとしても、彼らが訳の分からない異形にされてしまうのは絶対に許せない。
せめて、せめてそれぞれ本人が許容できる範囲の、それぞれ本人が望む方向に――
ヤーヒムが懸命にケイオスの残滓をコントロールしようとしている間にも、ジガの呼んでいるおぞましい何者かはますますこの世界に近づいてきている。すぐ裏側の隣界からどうにかしてこちら側にその身を滑り込ませようと、空間の壁を揺さぶり、叩き、狂ったように怒り狂っている。瀬戸際まで来ているのになかなか顕現できないのだ。
『――ふむ、まだ足りぬのか。ならば』
ジガが唐突にヤーヒム達を振り返り、にやりと嗤った。
『丁度良い。力足りずして完全召喚が出来ないのならば、貴様らを贄として送り穴埋めとしてやるわ。憎き
その言葉と同時にジガから強烈な青の光が迸る。
転移だ。ジガ自らが転移するのではない、周囲一帯の位相を強制的に隣界へと重ねる予想外の大技。そんなことが出来るなど、どのヴァンパイアに聞いても御伽噺と答えるに違いない超高位技術だ。
あまりの不意打ちに対処が遅れたヤーヒムは、どうにか仲間達の安全だけは確保し、鋭く周囲を確認する。
石畳、猛火に包まれる建物群。
災禍に呑まれたブシェクの街、それは変わらない。
仲間達は無事、そこかしこに転がるカラミタの亡骸も同じ。違うことはジガがいないことと、嗅覚が壊れるほどのおぞましき腐臭が漂っていること――
――――ッ!!
ヤーヒムは弾かれたように戦闘態勢に入り、未だケイオスの残滓に苦しんでいる仲間達を背後に庇った。
ここはただの隣界などではない。
言ってみればジガというヴラヌスが織りなすラビリンス、その最深層となる場所だ。さすがにジガといえど、これだけの高等転移を行う先には制限があるらしい。けれどもそれはけして悪手ではない。彼らヴラヌスにとって、己の最深層は何の場所かというと。
無人の通りの向こうから、無数の鈴が転がるような鳴き声が近づいてくる。
ラビリンスの最深層、それは守護魔獣を呼び出し契約を結び、何もない時には棲まわせておく場所だ。この場所がそうであることを証明するかのように、強烈な腐臭と共にヤーヒム達に近づいてくるものがいる。
「……化け物め」
遂にその姿を視界に捉えたヤーヒムが短く吐き捨てる。
先程ジガの呼び出しに応じて隣界まで来ていた、腐臭を放つおぞましい何者か。そして今、ジガの最深層ともいえるここで、通りの向こうから鈴が転がるような乾いた鳴き声を発しつつやってくる狂気のそれは。
――ひと口で言えば、「無数の目と口」。
己を新たな天空神と豪語するジガが己の守護魔獣として呼び出したそれは、魔獣の枠を軽く凌駕する、限りなく神に近い格を持った邪な存在だった。
石畳の通りを破壊しながら迫り来る巨大な暗黒の粘体には、赤黒い燐光を放つ無数の目と、鋭い牙を持った無数の口が不規則に散らばっている。
それら無数の目と口が独自の意思で瞬き、鳴き声を上げるさまは、まさに個にして全、全にして個といったあたりか。そしてその全となる巨大な不定形の粘体が頂きにジガを乗せ、邪なる手足となって駿馬の全力疾走ほどもある速度で押し寄せてきているのだ。
『フハハハハ! これぞ我が真の同胞、次世代の天空神たる我の守護魔獣よ! さあ虫けらども、惨めにその生を散らし、全てを我に捧げよ!』
周囲の建物を破壊しつつ迫り来る脅威に、ヤーヒムは決然と前に一歩を踏み出した。
「……通しは、せぬ」
背後にいるのは身動きすらも儘ならぬ仲間達だ。
ヤーヒムは全神経を研ぎ澄まし、ジガとその暗黒の怪物の一挙一動に集中していく。いつしか青く輝くヴァンパイアネイルは限界まで伸び、【虚無の盾】は最大限まで大きく深く展開されている。背中の翼は八分まで持ち上げられた位置でピタリと静止し、いつでも飛び出せるように待ち構えている。
「行くぞ!」
あまり引き寄せると背後のリーディアやダーシャ達が危険だ。
青く輝く五本二対のヴァンパイアネイルを引っさげ、ヤーヒムは極度の前傾姿勢で走り出した。瞬く間にトップスピードまで達し、背中の翼を大きく広げて大気を掴む。
そこから一歩、二歩と更に地面を蹴って滑空し、勢いに乗ってふわりと舞い上がる。狙うは暗黒の怪物の巨体の頂き、下半身を粘体に埋めて高笑いを続けるジガだ。
「――ッ」
急速に接近する暗黒の怪物まで三十メートルを切った時、その小山のような巨体から事前動作もなしに黒光りする槍が打ち出された。
唸りを上げて迫るそれを人外の反応速度でひらりと躱すヤーヒム。一瞬の違和感を感じつつも畳み掛けるように続く二本目三本目を紙一重の
「なっ」
ヤーヒムは空中で激しく身を捩って急上昇し、咄嗟にヴァンパイアネイルも振るって刹那の危地から脱した。
斬り捨てたのは投げ槍ではない。
そもそも飛来したのは槍ではなく、極めて可塑性の高いその暗黒の粘体を触手のように伸ばしたものだったのだ。
当然一度躱しただけでは追撃が来る。
【ゾーン】で刹那の違和感を感じていなければ、鞭のように切り返されたそれに空中から叩き落とされていただろう。
だが、今のヤーヒムにとって種が分かってしまえば対処は充分可能だ。視覚に頼りすぎず【ゾーン】の空間認識をフルに活用して触手の群れをすり抜け、上空から再度の突撃を試みる。
「甘いッ!」
触手の第二波は複雑さを増し、上下左右から抉るようにその軌道を変えてくる。が、ヤーヒムはその動きを【ゾーン】で完璧に捕捉し、曲芸じみた飛行と青く煌めくヴァンパイアネイルで悉くかいくぐっていく。
そして遂に眼前に迫った怪物の巨体。
ヤーヒムは【虚無の盾】を前面に掲げ、暗黒の粘体の表面に散らばる無数の目と口を盾の虚無で削り取り――
「くっ」
――刹那の判断で離脱し、一瞬の交差を終えて飛び去った。
本命の標的であるジガには届かなかった。触手の守りが固すぎるのだ。
飛び去った先で大きく旋回し、ヤーヒムは再度の突撃タイミングを窺う。幸いなことに今の攻撃で注意を引きつけられたようで、小山の如き怪物はその前進を止めている。このまま続けていけば――
――いや、違うッ!
狂ったように翼を羽ばたかせ、即座に再突撃に移るヤーヒム。
前進が止まったのは今のヤーヒムの攻撃の成果などでは全くなかった。むしろ無視されているといってもいい。
何故ならば、かの怪物が前進を止めた先で改めて無数の触手を伸ばしているのは一撃を加えたヤーヒムではなく、路上に放置されていたカラミタ勢の干乾びた残骸の方だったのだ。
触手の先端には漏れなく牙の生えた口がついており、それでカラミタ達を一気に貪り喰らっている。本体に残された口から一斉に上がっている鈴の音のような鳴き声を聞けば、おそらくは喜んで食事にありついているのだろう。
怪物はあくまで怪物。
そうとしか言えないおぞましい光景だった。
『なっ! そんなものは後で幾らでも喰わらせてやるわ! まずは奴らを喰らえええ!』
けれどヤーヒムからしてみれば、決死の攻撃をした自分がまるで無視されていることはどうでもいい。重要なのは、ヤーヒムにとって一番大切な者達がそのすぐ先に無防備で放置されていることだ。
ダーシャ、フーゴ、リーディア――
何よりも大切な者達は、今もケイオスの「手伝い」により身動きも出来ない程に苦しんでいるだろう。
そしてもし暗黒の怪物がジガの指示どおり、ほんの僅かでも注意を前に向けて力なく地面で悶える彼らを見たら。
ブシェクの街ごと転移させられた、ジガの最深層ともいえる腐臭立ち込める亜空間。
周囲には人っ子一人いない。幸いなことに位相を強制的にここへ重ねられた中には、逃げ惑う雑多な民衆までもは含まれていなかったのであろう。
そこに出現した神に近い格を持つ暗黒の怪物と、それを使役するジガ。
それは文字どおり、まず先にヤーヒム達を喰らうためだけに仕立て上げられた悪夢のような舞台だ。
それら強大すぎる宿敵の背後で必死に翼を羽ばたかせるヤーヒムの耳に、仲間達の声が漏れ聞こえてくる。
体を動かせるまでにはなったようだが――
「父さんっ」
「ヤーヒム、待たせたな!」
「ヤーヒムっ!」
ヤーヒムの耳に、カラミタの残骸を喰らう怪物の向こうからもう一度皆の声が聞こえた。
どうやら無事にケイオスの残滓が及ぼした試練を乗り越えたらしい。いつもどおりの彼らの声に、思わず涙が滲むほどの安堵を覚えるヤーヒム。
が、そこで喜んでいる場合ではない。
瞬く間にカラミタを貪り尽した暗黒の怪物が、三人の方へとその巨体を動かし始めたのだ。
「皆、気をつけろッ!」
ひと声叫び、ヤーヒムは更に羽ばたく速度を上げた。
大切な仲間たちの元へと。
眼前の宿敵に、彼らと共に立ち向かうために。
「今行くッ!」
暗黒の粘体のそこかしこに無数の目を持つ怪物は後方からのヤーヒムの接近にも気づき、針鼠のように触手を打ち出して迎撃してくる。
が、ヤーヒムは神にも迫る反応速度でそれらをくぐり抜け、途方もない密度となり始めた触手の林の中を雷のように突き進んでいく。
「うおっ、なんだこの化け物は! くそ、何か伸ばしてきやがる!」
「私が上から注意を惹くね! リーナ姉さん、その隙に大きいのをお願い!」
「分かったわダーシャ! 慣れるまで無理しちゃダメよ!」
怪物の向こうでは仲間たちも戦闘に突入している。緊迫した三人の声が漏れ聞こえた、その直後。
怪物の小山のような暗黒の粘体の陰から、矢のように飛び立った者がいた。
……ダーシャ!?
ヤーヒムは思わず目を疑った。
視線を上げたその先に見たもの、それはダーシャであってダーシャではない。
会話が聞こえたことから、人の姿に戻ったことは予期していた。
だが、なぜダーシャの背から翼が生えているのか。
ヤーヒムよりは小さい、片翼二メートル弱、差し渡し四メートルほどの漆黒の翼。
それを流暢に操って、ダーシャが空を舞っている。
「かかってこい化け物! 私、天人族のダーシャが相手だ!」
幼さの残る声が、崩壊しつつあるブシェクの街並みに勇ましく響き渡った。
―次話『神域の戦い(後)』―
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