16 注がれた血

 石段の頂上、追いすがってきた無数のガーゴイルの大群の中にぽつんと空いた、十メートル程の安全領域の中。


 青く静謐な光を放つ転移スフィアに照らされ、フーゴに背負われ満身創痍で転がり込んだヤーヒムを待っていたのは――



「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい…………」



 ――悲愴な面持ちで見詰めるアマーリエの腕の中で、大粒の涙を流しながらヤーヒムに謝り続ける瀕死のリーディアだった。


「ごめんなさい……私が……気持ち……考えないで無神経に…………聞いちゃったから傷つけ…………本当に、ごめんなさい……」


 その紫水晶の瞳は焦点が合っておらず、ぐったりとして身体に力がまるで入っていない。

 うわ言のように謝罪を繰り返しながら重い喘ぎを繰り返し……けふり、と血を吐いた。


「リーナ!」


 アマーリエが切迫した声で叫ぶ。

 そんなアマーリエを見て当のリーディアは何か言いたげに口を微かに動かし、そして弱々しく瞳を閉じた。苦しげな呼吸はまだ続いている。気を失ったようだ。


「リーナ……」


 震える手でリーディアの口の周りの鮮血を拭うアマーリエ。

 周囲ではガーゴイルの大群が地響きを立てて歩き回っているが、誰も目を向ける者はいない。


「……内臓を、ひどくやられている。おそらく、もう……」


 低く呟いたアマーリエが泣き崩れた顔でヤーヒムを見上げ、そして、憑りつかれたように内心の言葉を吐き出してきた。


「……なあ、あの晩、何があった? 直前のリーナは本当に楽しそうで、幸せそうですらあった。それが、通信魔鉱石が壊れたと言って、愕然としてると思ったら壊れるぐらいに泣き始めて、それからは酷い顔で自分の殻に閉じこもってばかりで……とりあえず移動を再開させたが……今の戦いもそんな精神状態のままだ。まともに戦える訳がない。魔法もファンブルばかり……なあ、あの晩、本当に何があったんだ……リーナに、何が……?」


 琥珀色の瞳に浮かぶ涙を隠しもせず、溢れ出る言葉をそのままヤーヒムへとぶつけるアマーリエ。彼女自身も少なからぬ傷を負っており、見回せばマクシムを始めとした騎士三人も全身に酷い怪我を抱えている。もちろんフーゴも同様。今の戦いで、文字どおりの全滅一歩手前だったのだ。




「……ダーシャを助けた経緯を聞かれた。そして、バルトルという家が何をやっていたか知らないか、とも」




 ヤーヒムがリーディアを抱えるアマーリエにふらふらと歩み寄り、ますます青くなっている顔で崩れるように膝をついた。そして、全てを悲壮極まりない眼差しで見守っていたこのザヴジェル特務部隊<ザヴジェルの刺剣>の隊長マクシムを振り返った。


「――すまない。清潔な杯を五つ、貸してくれないか」


 唐突な申し出にマクシムは一瞬だけ眉をひそめたが、ヤーヒムの鬼気迫る蒼白な顔に押され、すぐにいつもの寡黙さに戻って腰の小袋に手を伸ばした。マジックポーチだ。無言のままマクシムは小奇麗な杯を次々と取り出し、指示されるままヤーヒムの脇の地面に並べていく。


 ヤーヒムが見詰めるのはアマーリエの腕の中、力なく横たわるリーディア。

 苦しげな重い呼吸に粘り気のある水音が絡んできている。ヤーヒムは右手を伸ばし、優しくその頬に触れた。




「……すまない。遅くなったが、これが、答えだ」




 そう告げると頬から手を離し、ひとつ息を吸って、するりと伸びた左手の爪でその掌を静かに貫く。


「な――ッ!」


 周囲で一斉に声が上がるが、ヤーヒムは一顧だにしない。爪に貫かれた右手をかざして流れ出る血をリーディアの端正な唇に垂らし、更に爪を捻って血量を増やしていく。


「な、何をやって……!」


 水を打ったような沈黙の中、リーディアの喉がこくりと動いた。弱々しい身じろぎ。ヤーヒムは微動だにせず血を垂らし続け、リーディアがもう何度か嚥下するのを待って、ようやく爪を抜いて身体を退けた。




「……え? 嘘でしょ……」




 アマーリエが喘いだ。

 リーディアの頬にいつの間にか薄っすらと白桃のような赤らみが戻りつつあったのだ。呼吸は落ち着き始め、表情も険が抜けてまるで穏やかに眠っているかのような佇まいになっていく。


「え、え、まさか……まさか……っ!」


 ヤーヒムのアイスブルーの瞳は信じられないといった眼差しのアマーリエを素通りし、自分の傍らに並べられた五つの杯に移った。

 徐に右手を上げ、杯に向かって膝立ちとなって再び左手の爪で掌を刺し貫く。二度目となる濡れた音に誰かが息を呑んだ。ますます蒼白になっていく顔で僅かにふらつきながらも、それぞれの杯にとめどなく滴る血を垂らしていくヤーヒム。


「お、おいヤーヒム……」


 徐々に体のふらつきを大きくしながらも、ヤーヒムはひと通り注ぎ終えるまで姿勢を維持し続けた。そして、全ての杯に一センチほど血が溜まったところで、爪を引き抜いて地面に崩れ落ちた。

 先ほど口にした自らの血の毒が完全に回ったのだ。その顔はひどく蒼白であり、額には脂汗が浮かんでいる。



「……飲め。……それが…………答えだ」



 杯を指差してそう言葉を絞り出したヤーヒムは、そのまま力尽きて気を失った。



 しばらく誰も動かなかった。

 青く静謐な転移スフィアの光が残された一同の顔を彫像のように照らしている。



 その十メートル外側では、無数の動く悪魔像がいつまでも徘徊を続けていた。




  ◆  ◆  ◆




「……飲め、と言ってたな」


 ヤーヒムの血が注がれた五つの杯を見詰め、フーゴが静かに口を開いた。


「これが答えだ、とも」


 フーゴの背後、十メートルの安全領域の外側には未だガーゴイルの大群がひしめいている。

 無言で顔を見合わせるマクシム他二人の騎士達、腕の中で穏やかに眠るリーディアに問い掛けるような視線を落としているアマーリエ。そしてフーゴが口にした言葉を告げた本人は、精根尽き果て地面に横たわっている。


 誰も何も答えない沈黙が続き、やがて部隊長のマクシムが判断に迷うような口ぶりでフーゴに言葉を返した。


「……ヴァンパイアの血、ですな」


 その錆色の瞳が落ち着いた吐息を繰り返すリーディアをチラリと見、次いで主筋たるアマーリエに注がれる。


「まずは、私が」


 表情を一切動かさずに宣言をするマクシム。

 その瞳には、ひたすらにリーディアを見詰め続ける主家の姫君に対する、彼の不断の忠誠がくっきりと表れている。


 そんなマクシムに、フーゴが底冷えのする声で問い掛けた。


「……疑ってんのか? なあ、こいつがここまで無茶して俺達に寄越した、コレを?」


 フーゴの乱髪がぶわりと広がり、その野性味溢れる顔が静かな怒りで染まっていく。巨大なハルバードを持つ手がびくりと震え、前脚がゆっくりと地面を掻き――そこでフーゴは大きく息を止め、ゆっくりと吐き出した。


「……悪かった。ああ、立場上当然そうなるわな」

「ご理解、痛み入る」

「でも隊長さんだって知ってんだろ、血を飲まれたり飲んだりするだけじゃヴァンパイアにならねえって。月の光と何かの儀式が必要だって、ガキの頃に散々昔話で聞いてたのは一緒じゃねえのか?」

「…………」

「念には念を、か。まったく隊長さんらしいぜ。ま、そんなことはしなくていいけどな。なんつっても俺が真っ先に飲むからよ、一番乗りを譲る気もねえから」


 そう言うとフーゴは地面に倒れ伏したヤーヒムに近付き、前脚を折ってその場に屈んだ。横座りで馬体を地に横たえつつ逞しい腕でそっとヤーヒムの体を起こし、少しでも楽になるよう仰向けに寝かせてやる。


「まったく無茶しやがって……。でも、あんたが来なかったら俺たちあそこで終わりだったな。助けてくれてありがとよ。それと、戻って来てくれて嬉しかったぜ。……でも駄馬って呼んだのは許してねえからな、目ぇ醒ましたら覚えとけよ」


 フーゴは山賊のように凄みを込めてニヤリと笑い、一番血が多く入っている杯を選んで手に取った。


「それで、と。あんたがこれで何をしたいのかよく分からねえけど、あんたの血、ありがたく頂くぜ」


 フーゴはひと息に杯を呷ろうとして、ふいに動きを止めた。

 何かに驚いたように手の中の杯を見詰めている。マクシムを含めた騎士三人は何事かと息を止めて見守って――



「――私に飲ませてくれ」



 時間が止まったような場を打ち抜くが如く、アマーリエの決然とした声が割って入った。それまで一人無心に腕の中のリーディアの顔を見詰め、誰の声も耳に入っていない様子だったアマーリエ。今やその琥珀色の瞳には強烈な炎が宿り、杯を手にしたフーゴの動きを視線の力だけで押し留めんばかりだ。


「私がそれを初めに飲む。ヤーヒムは誇り高い戦士だ。ここまで共に戦って、それを私が分からぬとでも? それに、もし万が一その血で何かあっても」


 アマーリエはそこで決意を示すように言葉を断ち切り、腕の中で眠り続けるリーディアに優しく微笑みかけた。



「……既にそれを飲んだリーナは私の唯一無二の友だ。同じ運命を辿って何が悪い」



「ちょ、姫さん、そういうんじゃなくてだな――」

 杯を手にしたままのフーゴが、予期せぬ方向に暴走しているかもしれないアマーリエを慌てて遮る。


「――そうじゃなくて、これ、まさか……。そうだ、ちょっと確かめさせてくれ。なあ隊長さん、まだポーションって残ってるか? 俺の手持ちはあの乱戦の時に姫さんに急かされるまま全部渡しちまったんだ。出来れば……匂いのどぎつい安めのがあるとありがたい」

「ポーション? いや、私も先程リーディア様にお使いくださいと手持ちの全てをアマーリエ様に」

「――部隊長、安い場末の物でよければ私のマジックポーチの中に何本か」


 フーゴの只ならぬ雰囲気に押されたのだろうか、背後で沈黙を守っていた騎士の一人が腰の小袋に手を伸ばした。


「すまない、本当に咳止めぐらいの効果しかない安物しか残っていないのだが。たしか五本で銅貨二十枚……こんな物でも大丈夫か?」

「ああ、ありがとよダヴィット。ポーションぽい匂いさえ付いてりゃいい。匂いのどぎつさ的にその辺が逆に具合がいいぐらいかもしれん。ちょいと貰うぜ?」

「え、ああ、瓶ごと持っていけ。ポーションの匂いで言えば、安物だけに確かにそれっぽい匂いだけは強かったからな」


 半透明の小瓶を受け取り、捩じ切るように蓋を外して中のポーションを杯に注いでいくフーゴ。そして目の前に杯を持ち上げ、ひとつ息を吸って目を瞑り、集中力を高めるように僅かに眉をしかめ、手にした杯を慎重に口元へと寄せて――




「やっぱり! 間違いねえ、こいつはブラディポーションだっ!」




 傍らで静かに浮かぶスフィアさえ震わすその唐突な喚声に、<ザヴジェルの刺剣>の面々は大きく目を見開いた。


 ――ブラディポーション。


 それは、ユニオンのブシェク支部が独占販売している奇跡の秘薬ポーション。小瓶一本金貨八十枚という驚くべき高値で、しかも相応のコネがなければいくら金を積んでも売って貰えない代物。その回復効果は絶大で、関係のない古傷まで同時に癒えていく程だという。稀に闇市場で売りに出ると、倍の値段でも奪い合いで刃傷沙汰になるほどの貴重品なのだ。

 北の<魔の森>からの魔獣侵攻を一手に喰い止めている辺境の雄、ザヴジェル辺境伯家ですら現在は一本を秘蔵するのみであり、アマーリエ達がここブシェクに来た際も真っ先にユニオンに立ち寄って購入交渉を始めていた。それだけの代物。


「……俺はかなり前にユニオンから特別報酬でせしめたことがあってな、結局すぐに人に使っちまったが――この濃厚で独特な匂い、間違いねえ。ブラディポーションだ。違いがあるとしたら、ポーションの匂いがまだ全然弱いってことぐらいだな。今の三倍か四倍ぐらいポーションを入れりゃ、記憶の中のブラディポーションと全く同じ匂いになるぞ?」


 杯を手に、興奮で目を輝かせてまくし立てるケンタウロスのフーゴ。

 彼のような半獣種族は人間に比べて感覚が鋭敏であり、ケンタウロスは犬人族のように嗅覚に特化していないとはいえ、それでもザヴジェルの騎士達にとってフーゴの言葉は非常な説得力を持って耳に届いていた。


「……私にも嗅がせて貰っても? 以前、戦場で一度だけ使う現場に居合わせたことがあるのだ」


 ザヴジェル筆頭上級騎士のマクシムが身を乗り出すように尋ね、宝玉であるかのようにフーゴの杯を借り受けて……そして瞠目した。


「む……。断言はできぬが、おそらく間違いない。濃さ云々は分からぬが、この癖のある匂い、あの時の光景が浮かんでくるようだ。クルハヴィ湖の畔、夏の終わり――」


 アマーリエと残りの騎士二人が、はっと息を呑んだ。

 どうやら彼らにとって心当たりのある、有名な戦いでもあったのだろう。


「だよな? 隊長さんにも分かるか。他に似てるもんがない独特すぎる匂いだからな。でもよ、となると――」


 フーゴは難しい顔で傍らに横たわるヤーヒムに目を遣り、その馬体のふさふさした尻尾で彼の足を軽く叩いた。




「――この馬鹿野郎、とんでもねえ爆弾を俺たちに寄越しやがった」




 フーゴの脳裏に浮かんでいるのは、かのブラディポーションの仕入れが停滞してるらしいという、傭兵や狩人達の間でまことしやかに囁かれていた噂だ。

 その証拠にユニオン上層部が大騒ぎになっているというが、確かに普段澄ました顔でふんぞり返っているユニオン職員の面々が、ある時を境に蜂の巣をつついたような東奔西走を始めたのは事実だった。


 フーゴのようなある種の特別待遇を受けている傭兵が理由を尋ねても、泡を喰った職員達がまともな答えを返してくれることはなかったのだ。


 そしてちょうどその頃から、このブルザーク大迷宮で黒衣の剣士――ヤーヒム――が人助けをしたという噂がちらほらと流れ始めた。二つの噂は奇しくもちょうど同じ時期から始まっている。どちらもだいたい一ヶ月前だ。


 まさか、この二つの噂は繋がって……?


 ヤーヒムがなぜブルザーク大迷宮の深層にどんどん潜っていくのか、その理由はフーゴの知るところではない。

 だが目の前には、ブラディポーションに限りなく似た匂いの液体が存在している。いや、元となった血を直接飲んだリーディアは、目の前で実際に信じられない程の回復を遂げている。


 と、いうことは。

 まさかのまさか、この馬鹿たれヤーヒムのクソ野郎、本当にとんでもねえ爆弾を俺達に――


 フーゴの純朴なケンタウロスの頭脳がとある可能性を追求して忙しなく働き、その尻尾がヤーヒムの足をひたすら激しく叩き続けていく。




「――リーナ?」




 と、その時、アマーリエが小さな囁きを漏らした。

 彼女の腕の中で静かに眠っていたリーディアが大きく身じろぎをしたのだ。

 皆の視線が集まる中、リーディアは子供がいやいやをするように体を捩り、やがてぼんやりとその美しい紫水晶の瞳を開いた。


「……ん…………ん? え、あれ? 怪我――お腹――痛く、ない?」

「リーナ! まさか、本当に癒えているのか!?」 

「え? まあマーレ、酷い顔よ……でも、あれ……ええと、治ってる、かも? 痛みがきれいになくなっているの」


 訳が分からぬという顔で自分の腹や胸を撫でるリーディア。

 そして自分を取り囲んだ涙ぐむ仲間の顔を見て、戸惑い混じりのはにかんだ微笑みを浮かべた。その笑みは雪上草の純白の花のように可憐で、溢れんばかりの生気に満ちたもの。


「リーナ! 癒えたんだなっ! 良かった、良かったぞ! 一時はどうなることかと……っ!」

「や、マーレ痛いってば。ほらもう私は大丈夫よ。それより、なんで怪我が治ってるのかしら? それにあの人は――」


「――どっちの答えも」


 地面に馬体を横座りさせていたフーゴが、目の前に静かに横たわるヤーヒムの黒ローブに掌をぽんと乗せた。

 アマーリエの腕の中のリーディアの視線が素直に下がって、そして固まった。


「ヤーヒムっ! なんで! どうしたの! さっきは無事にここに入ってきてたじゃないっ!」


 ガバリと体を起こし、フーゴの腕を跳ね除けて崩れるようにヤーヒムに縋りつくリーディア。

 血の気の一切ないヤーヒムの鋭くも整った顔が、揺すられるままぐらぐらと揺れていく。


「……えー、あー、その、だな」


 皆が口を噤んだまま何も言おうとしないので、フーゴが仕方なしに口を開いた。目の前でがくがくと揺れる戦友の首を心配したというのもあった。このままだとヴァンパイアといえど筋を痛める可能性がある。


「……えーと、姫さんが元気になったようで何よりだ。ヤーヒムはおそらく体力を文字どおり使い切った感じだな。今はしばらくそっとしておいてやってくれ」

「あ……やだ私ったら……い、今のナシで」


 自らが為したシェダ家の姫らしからぬ痴態に気付き、口ごもりつつじわりと後ずさるリーディア。


「あー、それで起きたことを簡単に言うとだな、この馬鹿野郎は気を失った姫さんに無理やり自分の血を飲ませて、で、この杯にも注いで、それでこうなった」

「む、無理やり……?」

「それでな、これがおそらくブラディポーションの原液だろうってことで、その時に姫さんが目を醒ました訳だ」

「……ブラディポーション? なんでそんな貴重品がここに? ごめんなさいフーゴ、さっぱり分からないわ」


 リーディアの紫水晶の瞳が更なる説明を求めて眼前のケンタウロスを見詰め、振り返ってアマーリエに移動し、マクシム達三人を経由して再びフーゴに戻った。


「がああ、俺にだってさっぱり分からんわ! そもそも俺にこんなややこしいことの説明をさせるのが間違ってんだ。はっきりしてんのは、こいつの血を飲んだ姫さんの怪我がすっかり治ってるみてえだってことと、こいつの血とポーションを混ぜるとあのブラディポーションにそっくりな匂いになるってことだ。それと……そうだ、ヤーヒムの野郎、あいつ姫さんに血を飲ませる前と、最後に……」


「血を飲ませる前と、最後に?」

「……これが、答えだ。そう言ってた」

「これが答えだと、そう言ったの?」

「そう、おそらく――」

「おそらく――?」



「……姫さんがこいつに問いかけた、その質問の答えだ、と」



 リーディアが大きく息を吸い込んだ。

 ひとつの悲惨極まりない可能性が彼女を稲妻のように貫き、その紫水晶の瞳を一杯に見開かせていく。


「……な、なんてこと…………」


 胸を張り裂かんばかりのやるせなさと共に組み上がっていくひとつの推測が、感情の激流に弄ばれるリーディアの一番深いところを熱く抉る。

 腹部に負った致命的な戦傷から回復したばかりの彼女はしかし、今度は突如として心に押し寄せた激震でその場に崩れ落ちた。






―次話『答え』―

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