第82話 不可侵寝巻vs不可侵全裸
魔王の部屋へと続く道を、不可侵全裸が遮っていた。
彼は相変わらず全裸であったが、以前と違うのは横腹の辺りに俺達との戦闘で出来た大きな傷があることだ。どうやら、魔王はロクに回復魔法を使えないらしい。もう彼も長くはないだろう。
「はっ、魔王は回復魔法使いがラノベ主人公のラノベすら読んでないのかよ! やっぱ所詮はにわかだな、負ける気がしねぇぜ!」
「調子乗りすぎニャ……」
久しぶりにラノベの話が出来てワクワクしている俺を、リナが嗜める。
俺は少しだけ冷静になり、ずっと前から気になっていたことを聞いた。
「お前はなんでそうまでして……あいつに付き従うんだ? もしかしてお前も……転生者なのか?」
「こっちにつけばレイがいくらでも傷を治してくれるニャ? 死にたくなければさっさと軍門に下るニャ」
俺がやっと真剣に話を始めようとしたのに、リナが流れとか完全に無視してレイの魔法を餌に降伏を迫った。マジで性格悪いなお前。
「別に、僕は転生したわけでもなければ、彼に忠誠を誓っているわけでもないよ。ただ、強すぎる力に屈しただけさ」
気弱なことを言いながらも、《不可侵全裸》はゆっくりとこちらに距離を詰めてくる。
その足取りは覚束なかったが、命を賭けているが故の威圧感によって以前よりも余程強そうに思えた。とてもじゃないが、魔王に屈しただけの男とは思えない。
「《隆槍》!」
ひとまず以前のように彼の足元へと攻撃を仕掛けるが、魔王城の床は固くて削れない上、もし削れたとしても下は地面じゃないから攻撃が当たるようにはならないだろう。
だとすれば……。
「六種類以上の物質で攻撃するしかねぇな……!」
いつもの仕返しとばかりに、レイが俺の言おうとした台詞を奪ってきた。
まぁ良いんだけどさ? お前も存在感出すために必死だな……。
《不可侵全裸》の弱点二つ目は、五種類までしか物質を透過出来ないことだ。
だから以前のように六種類以上の物質で攻撃すれば、今の彼ならすぐに倒すことが出来るだろう。だが。
「ロップがいないのが、ここで痛いな……っ!」
ロップがおらず、しかも彼女に託していた重槍グラビトンまでない。俺達の技のレパートリーの狭さでは、六種類の物質を出すのもギリギリだ。
そして、それらを全て同時に当てなければ……彼には一切のダメージを与えることが出来ない!
「彼が現れてから、彼以外の者は全て世界から否定された……」
《不可侵全裸》はこちらにフラフラと近づきながら、とりとめもない言葉を呟いた。
彼というのは魔王のことだろう。世界に否定されるなんて、曖昧で、むやみやたらと規模の大きい話だ。
死が近づいている彼が最後に残そうとした、無視してもいい戯れ事に思える。
だが、俺は無視することが出来なかった。その感覚は、俺がずっと前から感じていたものだから。
「世界は彼を中心に回り、僕らは世界にとって、いてもいなくてもいい小さな存在に成り下がった。そして……」
生前、何度自分の存在を否定されたか分からない。家にずっと引きこもっていても何一つ世界は変わらず、むしろより順調に回り出した。
脱水症状で死んでホッとした。異世界に逃げられて嬉しかった。俺はあの世界で生まれたのに。こんなこと、あってはいけないはずなのに。
だから俺は。《不可侵全裸》がこれから口に出そうとしている言葉を聞きたくなくて、意味がないと分かっていても槍による攻撃を繰り出した。
それは当然のように彼の胸をすり抜けて……俺の目の前まで近づいた彼は、言った。
「そして、君もそうだ、パジャーマー。リーダーになっても死なない僕らの性質は……魔王の引き立て役である証に過ぎない!」
「……!!!」
《不可侵全裸》の手刀が俺の胸を貫き、俺は口から大量の血を吐く。しかし俺の意識は、彼の言葉にばかり向かっていた。
《不可侵全裸》は、俺らが英雄だともてはやされたことさえ、ただ魔王のお陰に過ぎなかったと言うのだ。「ラノベでは主要キャラがそうそう死なない」……そんなしょうもないルールに則って、魔王を引き立てる素質のあった程よい弱者だけが、世界に守られていたのだと。
「ハ、ハハ……」
俺の口から、血と共に乾いた笑みがこぼれる。
そんなことだろうと思っていた。俺を中心に回る世界なんて存在しないし、どこへ行っても、俺は世界の役になんて立ちやしない。
だけど。
「それがどうしたってんだ? フルチン野郎ォ……」
俺は俯くことなく口の端を歪めて、真正面から《不可侵全裸》の顔を見た。
一方、《不可侵全裸》の顔はどんどん青くなっていく。俺が発動した持続魔法、《毒の体》の効果をモロに受けたのだ。
「勘違いしてるぞ《不可侵全裸》。俺は今、魔王の野望とか世界の中心とかどうでも良いんだよ。ただ、ロップを連れ戻しに来ただけだ」
ずっと昔に適性があると言われていた《毒の体》だが、普通のやつならこんな魔法覚えないだろう。だから《不可侵全裸》も、一切の警戒をせず透過も間に合わなかった。
でも、弱い自覚があった俺は……ずっと前からコツコツ練習してきていたのだ。
「世界に求められていないとか、俺がラノベ主人公である魔王の引き立て役だとか……分かってんだよそんなことは。この世界に来る前から、ずっと分かってた!」
でも、と言葉を続けながら、俺は後退して《不可侵全裸》の手刀を抜ける。その途端にレイが回復してくれると信じていたから、何も怖くはなかった。
「でも俺は、それでいいってこの世界で学べたんだ。現地人ならこれくらい分かっとけ、馬鹿野郎……」
静かに言うと、《不可侵全裸》は薄く笑って、前へと倒れていく。
「やっぱり、ラノベ主人公は嫌いだ……」
そんな呟きを残しながら、彼は魔王城の硬い床にうつ伏せで倒れる。今グシャッって音したけど、まさかフルチンアーマメントのアーマメントが潰れたんじゃないだろうな?
「レイ、いけるか?」
「あぁ、大丈夫。」
《不可侵全裸》が倒れると、俺はすかさずレイに頼んだ。具体的な指示は出さなかったが、レイには伝わったらしい。彼女はすぐに《不可侵全裸》を癒した。
昔の彼女なら、敵を癒すことにも抵抗があっただろう。しかし今は、俺達との冒険を重ねる内に、個人主義ではなく人を信じるようになっていた。
下手に優しくなったから台詞が減ったんだぞとは思うが、それは言わないことにしておく。
「あー、やっぱり僕を助けるのか。そうかそうか」
以前より他者への回復力が増していたレイのお陰で、《不可侵全裸》はすぐに復活した。レイの活躍場面、いつもダイジェストでごめんね?
「引き立て役だろうがなんだろうが、それでラノベ主人公に勝てないって決まったわけじゃないだろ。たとえ偽物の英雄だとしても……それが諦める理由にはならない。そうだろ?」
復活した≪不可侵全裸≫に、俺は良い笑顔で問いかけた。しかし彼は若干げっそりとした顔で、俺に言い返してくる。
「俺達仲間だろみたいな顔するなら、もう少し信用してほしかったなぁ……」
「そう簡単に信用するわけないじゃん。俺はラノベ主人公じゃないんだぞ?」
復活した≪不可侵全裸≫は、四肢を土や骨や血など六種類の物質で雁字搦めに固定されていた。もし俺の提案に少しでも嫌な顔を見せたら、このまま放置して魔王の部屋へと向かうつもりだ。
「はぁ……。いっそ清々しいまでの弱者っぷりだね。良いよ、分かった。僕にも魔王と戦わせてくれ」
俺達が拘束具を外すと、彼は立ち上がって……言った。
「せいぜい、敵役として引き立ててやりますかね」
≪不可侵全裸≫が守っていた部屋を抜けて次の部屋に入ると、そこに待ち構えていたのは両手を上にあげた元ダイソン係員だった。
「ふっ、負けるとは情けないですね、≪不可侵全裸≫。あなたが負けて私が敵うわけないのに、なんという役立たずですか。降参します」
元ダイソン係員は両手を上げたままお辞儀をすると、俺たちの後ろを通って魔王城から逃げ出した。
魔王軍幹部、二人突破! 残るは……ロップ一人のみ。
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