第59話 第二章エピローグ 

「流石にこれで、今回の出張も終わりかな」


 攻撃のせいで殆ど表層が剥けたギルドの床を見つめながら、俺はほっと息をついた。


 魔王の存在は気になるが、今は一旦脅威が去ったことを喜ぼう。どっと沸いてきた疲れに抗えず、俺は床に座り込んだ。


「で? 結局、控室で何があったんでやすか?」


 しかしロップは休憩すら許すことなく、冷たい目で俺を問い詰めた。

 彼女の言葉に控室での色々を思いだし、思わず体が熱くなる。


「あ、その反応! やっぱりなにかあったんでやすね! 教えてくだせぇよぉ!」

「なんもないって! それよりレイ、お前は大丈夫なのか?」


 俺は話を逸らすため、一番ピンチだったレイに話を振った。

 彼女は体こそ殆ど癒えているものの、白かったローブは真っ赤に染まっている。


「あぁ、体は大丈夫だが……。なんというか心が大丈夫じゃねぇよ……」

「あのフルチンとずっと向き合って戦ってたんだ……。仕方ないな」

「いや、お前らにずっと放置されてたからだよ」


 やっぱりそっちか。


 正直そこは突っ込まれたくなかったところなので、俺は曖昧に微笑んだ。レイの目が冷たくなる。


「ま、良いんだけどな」

「良いのっ!?」


 寛大すぎる処置に、俺は思わず目を見開いて叫んでしまう。レイの扱いに思うところがあったとモロバレしてしまったが、レイはレイでちょっとおかしいだろ!?


 そんな風にも思ったが、続くレイの言葉で納得した。


「私は最初、化け猫……リナを仲間にしてる奴に興味をもっただけだった。いつその偽善が続かなくなるかって、期待してただけだったんだ」


 そう言えば、レイは最初、俺がリナと離れた途端に距離を置いた。


「でも、お前はまたリナと一緒に過ごすようになった。ただの強がりだと思って無視しようとしたけど、そうすればそうするほど気になって、結局確認するしかなくなったんだ」

「ドラゴンゾンビ戦で助けてくれたのは、その時か……」


 俺の呟きに一回頷いてから、レイは思い詰めたように口を開く。


「なぁ、お前はなんで、リナを受け入れられたんだ?」


 レイがいつぞやもした質問をぶつけてきたが、俺は少し考えてから、当時とは違う言葉を返した。


「仲間だからだよ」


 俺は、何十回も何百回も聞いたような台詞を、本心から言った。

 ラノベ主人公でなければ言えないような台詞だと思っていたが、この世界で冒険を続ける内、自然とそう思えるようになっていた。


 リナと一緒にいる間、俺は前を向けた。ずっと立ち止まっていた俺が、リナのお陰で前へ進めたんだ。

 仲間なんて言葉の意味も知らなかった俺だが、この世界で、俺は学んだ。


「ま、お前ならそう言うと思ってたよ」


 これまたよくある台詞を聞いて、それを言われてるのが俺だという違和感に気恥ずかしくなる。


「だから、私はお前を信じたい。もし私がどうなろうと、私を仲間だと思ってくれるって」


 相変わらず思い詰めたような表情のレイに、俺は戸惑いながらも頷いた。


「どうなろうとって……どうなるんだよお前……」

「下手すれば肉塊になる」

「ええっ!?」


 予想以上にどうにかなっちゃうな!! 流石に肉塊を仲間だと思える自信はないぞ!?


「どういうことだ……?」

「ギルドの係員を、蘇生させるんだ。それしか魔王の情報を掴む方法はない。なら、私がやるしかないだろ?」


 言われて、俺は控室の方を見遣る。


 そこには未だに、ダイソン係員の死体が椅子にくくりつけられていた。


「蘇生魔法は成功率が低いと言ったが、私は、自分の蘇生だけは得意だったんだ」

「自分の蘇生って……」

「あぁ、私は何度か死んだことがある。あまり言いたくはなかったけど……お前はどうせ気にしないんだろ?」

「そりゃ勿論……」


 なんで死んだのかは分からないが、脱水症状で死んだ引きこもりよりはよっぽどマシだろう。


 俺の答えに安心したように微笑んでから、レイは言葉を続けた。


「自分ばかり生き残るのが嫌で、何度も人を生き返らせようとしてきた。でも結局、私は自分のことしか考えてなかったんだろうな。誰一人生き返らせることは出来ず、私ばかりのうのうと生きてきた。命を粗末にする奴の方が悪いんだって、そう思うようにまでなった」


 独白のようなレイの言葉に、俺は強く反論した。


「自分勝手って、そんなことねぇよ! お前はこれまで何回も助けてくれたし、協会でも命を大切にしろって心配してくれた」

「そう思ってくれるか……。あぁ、きっと、お前らのお陰で大切なのは自分だけじゃないって気づけたんだ……」


 シードラゴン戦の後も、レイは俺達に頼ろうとはしなかった。しかし、俺の言葉は届いていたのだろう。レイは俺たちを仲間だと思ってくれていたのだ。


「自分だけが大切じゃないと思えた今なら、人を生き返らせることも出来ると思う。でも、いつもとは勝手が違うから失敗するかもしれない。その時は……」

「肉塊を仲間だと思えって!? 流石に無理がある!」


 俺はこらえきれずに叫んだ。


「これまでも十分に頑張ってくれたんだ、これ以上危険なことはしなくていい!」

「いや、これは私がしたいんだ。お前たちのためなら、頑張っても良いと思……」


 と、不毛にさえ思える話をしていると、レイが突然言葉を途切れさせた。

 その目は控室の方を向いており、俺は嫌な予感がしつつもそちらを向いた。


 さっきまで死んでいたはずのダイソン係員が、縄をほどいて立ち上がっていたのである。


「あの野郎……容赦なく私を攻撃するとか、ちょっと容赦なさすぎじゃないですかね……」


 最初に会った時とは比べ物にならないほどイライラした様子で、ダイソン係員がつぶやいた。


「な、なんでお前生きてるニャ!?」

「まさか……不死身でやすか!」


 ダイソン係員を見てリナ達が驚くが、彼女はあっけらかんと言った。


「いや、ただの狸寝入りというか、死んだふりです。魔王軍幹部には、≪不可侵全裸≫やあなたのようなセコい奴しか入れませんので」


 俺を指さしながら、ダイソン係員がそんなことを言う。俺をディスる必要あった今?


「あなたほどの逸材、敵にしておくのが勿体ないほどですが……。ここまで対立関係が明確になっては仕方がありません。私は逃げさせていただきます」

「ちょっと待て、まだ聞きたいことが……!」

「答える義理は有りません。それに……」


 ダイソン係員が、声を落として言う。


「たとえ聞いたところで、あなたに魔王は止められませんよ」


 途端、彼女は元からギルドに設置していたのであろう煙幕を作動させ、すぐに俺たちの前から姿を消した。恐らく、逃走経路も確保していたのだろう。


「セコいっ! 本当にセコいニャあいつっ!」

「正にコウタを彷彿と……いやなんでもないでやすっ!」


 係員が去った後には罵詈雑言だけが残り、本格的に魔王軍幹部に期待できなくなってきたが……。まぁ今は、レイが余計な危険を冒さなくて済んだことを喜ぼう。


 そんな風に思ってレイに微笑みかけると、顔を真っ赤にしていたレイが睨み返してきた。どうやら、無駄に啖呵を切ったことを馬鹿にされたのだと思ったらしい。


「あんまりこっち見んな、馬鹿!」


 怒鳴られたものの、ようやくヒロインらしい言葉を叫んだレイが可愛くて、俺は笑いを止めることが出来なかった。


 魔王の情報を得ることはできなかったが……。レイも俺たちを仲間だと思ってくれるようになり、俺は前以上に、安定した幸福のようなものを感じていた。




 しかしそれは、決して絶対のものではないと。

 魔王に会ったとき、俺は思い知ることになる……。

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