第58話 全裸制裁

「くっ、ここは一旦引くしか無さそうだねっ……!」


 大量の兵士に囲まれた≪不可侵全裸≫は、流石の判断力ですぐに撤退を決め、この場から立ち去ろうとした。


 おそらく兵士の中には彼の仲間もいるのだろうが、反応を見る限り少数ではあるようだ。

 流石にギルドの大半に魔王軍の息がかかっているということはないらしく、賭けが上手くいったロップは安心していた。


「「逃がすかよ……!」」


 大勢の叫び声と共に、≪不可侵全裸≫の立っていた床がみんなの攻撃で削られる。


 土が露出すると俺の攻撃が飛んでくるため、一切の防御手段を持たない≪不可侵全裸≫は「あひゅん!」とか言って吹っ飛ばされた。

 哀れだな、この魔王軍幹部……。


「出し惜しみはしていられないね……」


 苦苦しげに呟いてから、≪不可侵全裸≫が透明化する。光を透過して全く見えなくなった彼は、どこに逃げているかも分からなくて非常に厄介だ。


「まずい、このままじゃ逃げられるニャッ!」


 獲物を取り逃したリナが涎を垂れ流しながら叫ぶが……って涎!? あれを食うつもりだったのお前!?


「くらえっ!」


 俺は動揺を押し殺し、ラノベのテンプレに従ってそこら辺に撒き散らされていた土を目の前に投げつけた。


 これで少しでも色がつけば見逃すことはなくなると思ったが……。普通に透過されて外れた。今更だけど強いすぎるなこいつ!!!


「そこだぁっ!」


 しかし、ギルドの兵士達は一切戸惑うことなくこれまでとは違う床を攻撃していた。

 一応その上を攻撃してみると、本当に≪不可侵全裸≫に当たる。


「な、なんで≪不可侵全裸≫の位置が分かるでやすか!?」


 ロップが驚きを隠せないといった様子で、床を攻撃する兵士達を見つめた。すると彼らは、誉められているにも関わらず嫌そうな顔をする。


「音だよ」

「音……でやすか? あぁ、足音とかを聞き分けられるんでやすね? すごい聴力でやす……」

「いや、奴のフルチンが動く音だ」


 兵士の言葉を理解した途端、ロップが驚愕→失望→絶望、の順で表情を変えていった。


 気持ちは凄く分かる。一端意識してしまうと、ブルンブルンという謎の音が耳から離れなくなってしまったのだから、そりゃ絶望もするってものだ。

 ほんと、こいつが現れてからロクな敵に会わねぇな……。


 まぁ、位置が分かればこっちのものだ。俺は無感動に、姿を見せない≪不可侵全裸≫へと猛攻を加えていった。

 土属性は不人気なので必然的に手柄は俺の独り占めみたいになるが、正直誰かに代わってほしい気持ちの方が大きい。


「くっ、こうなったら……背に腹は代えられない!!!」


 ≪不可侵全裸≫がそう叫ぶと、ブルンブルンという音がいきなりピタリと止まった。

 どうやら、自らの手で自らのアーマメントを押さえて音を出さないようにしたようだ。


 これで本格的に位置が分からなくなったが、自分のアーマメントを押さえるためには肉体が透過しないようにしなければならないため、今なら拳が当たるはずである。


 俺は自分の体が刺し貫かれることも覚悟して、目の前へと全力のストレートを放った。

 俺が素直に攻撃してくるのは意外だったのか、≪筋力増強≫で強化された拳が、相手の攻撃よりも先に≪不可侵全裸≫の顔面にめり込む!!!


「うぐうううっ……!」


 相当なダメージだったのか、とうとう≪不可侵全裸≫が姿を現した。

 その左手は自らのアーマメントを必死に掴んでおり、初めて自分の裸体を隠した彼の姿にちょっと感動した。いや、当たり前なんだけどね?


「ニャアアアアッ!」


 そんな成長した彼を、容赦なくリナの双剣が襲った。頭蓋へと振り落とされた刃は≪不可侵全裸≫の体をすり抜けたのだが、もし不意打ちに成功してたら≪不可侵全裸≫真っ二つでしたよね!? こえぇよ!


 そんなことを思っていたら、まるでストレスをぶつけるかのようにレイとロップも彼に攻撃を仕掛けた。


「おいおい、皆いきなり何してるんだ!? 攻撃は当たらないんだろ?」

「いや! 暇だからぼんやりと観察していたら、あいつの魔法に限界があることに気づけたんだ。あいつは同時に、五種類の物質までしか透過出来ない……っ!」


 俺の質問にレイが答えて、やっと納得する。

 確かに≪不可侵全裸≫には、俺が与えた覚えのない傷が増えていた。地面を攻撃していた魔法に当たることがあったということだろう。


 レイがぼんやりしていたことはお互い様なので責めず、俺は彼に最後の攻撃を加えることを決めた。


「よし! 五種類までしか透過出来ないなら、五つの属性魔法で攻撃してくれ! 最後の一撃は俺が決めるっ!」


 俺が指示を出すまでもなく、彼女らは≪不可侵全裸≫を攻撃し続けていた。


 鋼の双剣、血の針、氷柱、水の刃、闇のなんかまがまがしいやつ。

 皆が協力し、各々の攻撃を連携させることで、初めてやつを追い詰めることが出来るのだ。


 俺達は協力することの大切さを改めて実感しながら、むごいリンチを続けた。

 そして、最後の一撃。


「≪拡大魔方陣≫、≪土の双璧≫……!」


 彼を挟み込むように二つの土の壁を生成し、俺はとうとう彼を捉えた。


 もし土を透過したら、リナ達が彼の体に刺している剣などのダメージをもろに受けることになるだろう。ようやく状況が落ち着いたところで、俺はすぐに核心に迫った。


「お前らの目的は何なんだ? 魔王って一体、誰なんだ……?」


 正直、魔王軍幹部とかがいきなりの登場すぎてピンと来てないのだが、彼らに何らかの目的があるのは確かだ。


 ダイソン係員は割とあっさり事情を吐こうとしたし、この絶対絶命の状況でならすぐに教えてもらえると思ったが……。


「ふっ。僕が言うはずないだろう? ましてや、ラノベ主人公である君に……」

「ラノベ主人公って、お前……」


 しかし彼は、こんな状況でも静かに笑うだけであった。

 しかもラノベ主人公などという言葉が敵からもたらされたことに猛烈な違和感と恐怖を感じ、それについても問い詰めようとした……その瞬間……!


「みんなっ! 武器を一旦引き抜けっ!」


 ≪不可侵全裸≫の笑みが深まった瞬間、俺は嫌な予感がして大声で叫んだ。

 しかしそれは間に合わず……彼は土の拘束を抜けた。


「嘘だろっ!?」


 別に、彼の魔法が強化されたわけではない。

 体の奥深くまで食い込んでいた血の針を透過するのをやめて、その分を土の透過に回したのだ。


 口から大量の血を吐き出しながらも、≪不可侵全裸≫は兵士達の意表を突いてギルドを飛び出した。

 逃げ出すギリギリでレイが≪過剰回復≫を使って攻撃したが、それでも彼は止まらない。


 再び透明化した≪不可侵全裸≫を追えるものはいなかったが、正直、逃げたからといってあの重症では長くはもたないだろう。


 自分の命よりも魔王の隠蔽を優先した彼の姿を見て、俺は初めて、本格的に興味を持った。


「本当に、魔王ってのは何者なんだ……」


 俺の呟きは、ギルドの建物内に虚しく響いた……。

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