第12話 報告会
「ごめんなさい、兄様。彼女を仕留め損ないました」
「僕もごめん。あんなに意気込んでたのに、邪魔が入って殺しきれなかった」
「いや、仕方ないだろう。俺のところにも来た。あれが王国の王子たちか」
カナタとの戦闘を終え、空を飛ばずに歩いて戻って来たジャックを出迎えたのは、心底申し訳なさそうな顔をして俯いているミルティナとティル、そんな二人になんと声を掛けたらいいのか迷っているラルカ、サクラ、タチバナにアズマの計六人だった。入ってきたジャックが最初に思ったのは、無駄に重苦しい空気、だった。
「知ってたの!?」
「これでも情報はお前達より多く持っていると自負している。各国の重要な情報はキッチリ仕入れているからな。俺のところに来たのはカナタ、と呼ばれていたから第三王子だろう」
「カナタ…! 彼と戦って無事だったなんて……」
「相手も本気ではなかった。お前達のところにいた者達が離脱するのに合わせて退いたから、おそらくは腕試しだったのだろう」
「それでも凄いよ。彼とミルティナは剣技で互角だったからね。そんな彼を相手にして目立った怪我も無く切り抜けたのは、素直に称賛されるべきだよ」
「はい。流石は兄様です。あの男を軽くあしらってみせるなんて」
「そういうお前達も大きな怪我はなかったのだろう?全員無事だった。上出来だ」
話が一区切りしたと思ったサクラは、最後に入って来たジャックに向かって頭を下げた。その時のジャックの顔は、分かりにくいが口がへの字になっていた。内心、またかと辟易していたのだろう。それと、一国の長が簡単に頭を下げるなとも考えていたのではないだろうか。口にはしないが。
「三人にはなんと御礼を申し上げたらよろしいか……。本当に、ここ数日の国難を、何ら関わりがないにもかかわらず対応していただきありがとうございました」
「気にするな。前にも言ったが、俺達も無関係ではない。それどころか、俺達が呼び込んだ事案ですらある。それを見て見ぬフリは出来なかっただけだ。礼も尽くされた。これ以上の礼はいらない」
「ですが……」
「ジャックも照れてるんだよ。ここまで御礼を言われたことは無いからね~――痛っ!?図星を指されたからって殴ることないでしょ!!」
「ふふっ……照れ隠しですね。子供みたいですよ、兄様?」
茶々を入れられてティルに拳骨を落としたジャックも、実の妹には手を上げない主義らしい。そのことにティルは口を尖らせたが、ジャックがすぐに睨んできたため顔を背けた。そのやりとりを見て、またミルティナは口を隠して御淑やかに笑った。これ以上は居心地が悪くなる、と考えたジャックは、もっとも当たり障りのないアズマに話を振った。
「話を戻そう。アズマ、王国軍――いや、王子たちは国境を越えて帰って行ったのか?」
「うむ。国境守護隊が帰還するのを確認した。人数は六名とのことだが、合っておるか?万が一にもあり得まいが、ジャック殿が逃していれば捜索させねばならんのでな」
「俺のところに二人来た」
「私のところも二人です」
「僕も二人だったから、合計で六人だね」
「では、王国の人間は全員帰還したとみてよいかと」
アズマがそう言うと、サクラとタチバナは安堵の溜め息をこぼした。
しかし、ジャックとティル、ミルティナの三人の顔は浮かないものだった。それを見ていたラルカの胸のうちでは胸騒ぎがしていた。
「ねえ、ジャック」
「ああ、分かっている」
「何か問題がありましたか?」
「いや、問題があったわけではない」
「では、何が?」
「……俺達三人は王国に向かおうと思う」
「――え?」
ジャックの言葉を受けてアズマ、サクラ、タチバナの三人は驚きで目を見開いていた。残るラルカは放心していた。なんとなくの予感はあったのだろうが、心構えが出来ていなかったために衝撃を受け止めきれなかったようだ。
「ラルカはフレイと共にここに残ってもらう」
「で、でも……」
「安心しろ。やるべき事を終えたら戻ってくる」
「我々は構いませんが、もしその間にここを襲撃された場合、御二人を守り切れるかどうか分かりません」
「いや、おそらくそれはないだろう」
「王子たちは僕らを呼んでいる。今回の一連の出来事も、僕らを誘い出すためのものだったんじゃないかと、今では思う。御姉様という特大の餌を垂らしてね」
「ティルの言う通りだろう。ただ、本当の目的は俺だろうな。『魔王』の実力を知りたいのだろう。だから、わざわざティルを逃がして俺達に情報を渡し、ここを襲撃して実力の一端を測り、そして闘うに値するからヨルハを餌に王国へ来るように仕向けた」
「そこまで分かっていて、それでも行くのか?」
「自分の不始末だ。自分で片付けねば大人失格だ。それに、年の功というものをそろそろ教えてやらねばな」
ジャックが真剣な表情で実に建前らしい理由を述べるのを見守っていたのだが、ふとアズマは気になることがあったので訊ねることにした。
「ちなみにだが、ジャック殿は何歳なのだ?」
「途中で数えるのを止めたから曖昧だが、30歳は過ぎているぞ」
「「「「「………え、ええぇぇぇ!!?」」」」」
余談だが、この中で最年長は見た目の上ではアズマなのだが、実はジャックが一番年上なのである。アズマはまだ30歳になっていない。28歳だ。見た目は完全に40歳半ばの、髭を蓄えたおっさんであるが。
年齢順でいけば、ジャック、アズマ、タチバナ、サクラとミルティナ、ティル、ラルカの順番になる。最年少は13歳のラルカ。タチバナとサクラの年齢差は一歳である。
「ミルティナは知っている……いや、そうか。俺が行方をくらました時、ミルティナはまだ3歳くらいだったな。覚えていないのも無理はないか」
「あ、えっ……と、年上であったか……いえ、年上でしたか」
「アズマ、いきなり敬語にされると違和感を覚えるから、今まで通りで構わんぞ」
ジャックが苦笑いを浮かべながら言うが、アズマはなおも恐縮したらしく、オドオドしていた。年功序列を意識し過ぎるあまり、今まで通りになるには多少時間が掛かりそうだ。
「――し、師匠ってそんなに年が離れてたの…?」
「だから常々言っていただろう?お前はまだまだ未熟だ、とな」
こちらも二度目の衝撃に襲われていた。祖父から年齢に関することを聞いていなかったのだろう。自分とそこまで年の離れていない、ある意味で兄のような存在だと思っていたからこそ、その衝撃は他の者よりも大きかったようだ。
事実、今も放心しているのか、一度口を開いて以降何も反応を示していないし、微動だにしていない。こちらも、復帰するまで時間が掛かりそうだ。
「ジャックが僕の倍近い年齢だなんて……」
「兄様が現在30歳前後ということは……私とは5歳以上歳が離れているということですか?」
「たしかあの時に10歳だったはずだから、7歳差だな」
「兄妹なのにだいぶ年が離れてるんだね?」
「ミルティナの、う~う~言いながら後を追いかけて来る姿は可愛かったぞ」
「うぅ~~!! は、恥ずかしいのであまりそういった話はしないでください! 記憶にありませんがなんだかとっても恥ずかしいですっ!!」
「ミルティナの狼狽する姿は珍しいね。これはこれで可愛いんじゃない?」
「あまり妹を虐めすぎると後が怖いからな。このくらいでやめておこう」
ジャックが皆に聞き取れるように声を少し大きくして話すと、騒めいていた他の者たちは静かになって続きを待った。それを見てジャックは苦笑した。
「また話が脱線してしまったな」
「――脱線させたのは師匠だけどね」
「うるさいぞ。――さて、先程も言ったが、俺とミルティナ、ティルの三人で王国に向かう。この一連の出来事に決着をつけるためだ」
「御姉様を迎えに行くのも忘れないでね?」
「アレはどうせ出てくるだろうから、放って置いても構わんだろう」
「御任せ下さい、兄様。私が」
「ミルティナ、御姉様を助けるのが目的だからね?そこを忘れないでよ?」
「…………うっかり斬ってしまうかもしれませんが、構いませんよね?」
「いいぞ」
「ダメだからね!?」
酷薄な表情を浮かべながら笑いかけるミルティナに、即座に頷くジャック。そんな二人に焦ってツッコミを入れるティル。
そんな普段通りの三人に、残る四人は安心して知らずほっと一息吐いていた。
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