第11話 約束

「呆気ないものだな。鈍重な鎧を身に纏い、見せかけの魔力を放ちはしても、所詮魔法を会得していない者達ではこの程度の雷も防げないか」

「――貴殿が魔王か。一手お願いしたい」 


 究極魔法「雷劫霹靂」によって次々と騎士が灰になっていくのを上空から観察していたジャックは、対象がいなくなったのを確認して地上に降りた。

 発動した魔法の成果を淡々と考察していたジャックの背後に歩み寄る者がいた。

 長い白髪を後ろで一つにまとめた男。防具らしい防具を身に付けていない、極めて軽装で、とても戦う者の格好とは思えない服装をしていた。武器である刀の柄に手を掛けながらも抜かず、ジャックが反応するのを待っている。 

 ジャックは男に興味を示すことなく、門の方を見ながら応えた。

 

「俺は剣士でも騎士でも、ましてや武士でもないぞ?」

「魔法使い――いや、魔法師と呼ぶのだったか?魔導院では」


 ジャックはここで初めて大きな反応を示した。

 自身の素性を知られていることに驚いたのだろう。片眉が一瞬だがピクリと上がった。

 しかし、振り向く時には内心の驚きをおくびにも出さなかったのは彼ゆえか。



「よく知っているな」

「俺は魔法師を見下しはしない。それどころか警戒しているほどだ」

「王国の人間にしては珍しいな」

「そういう人間も今ではいるという事だ。それで、お願い出来るか?」

「簡単に死ぬなよ?」

「では――参るっ!!」


 声と同時に駆けた男は目にも留まらぬ速さで刀を抜き放つ。

 しかし、その刀はジャックに届く前に地面から生えた黒い刃に防がれた。

 防がれたことを悟った男は即座に後退し、周囲に目を配って追撃を警戒。



「ふむ……影の刃、と形容すべきか。まさか俺の一太刀を防がれるとは」

「なかなか鋭いな。受け止められたのは初めてだ。だが、俺だけに意識を割いて大丈夫か?」

「っ!?」


 ジャックに言われて焦ったように周囲を見回した男は、背後に膨れ上がった気配を察すると同時に、横に体を倒して地面を転がることで自分の影から距離を取る。

 影からは狼の頭が飛び出ていた。その表情は酷くつまらないと物語っていた。


『避けるか。なかなか勘が鋭い』

「まさかそんな怪物を連れているとは思わなかった」

「反則などとは言わないよな?」

「もちろん。これは殺し合い。何でもありだ」

「だそうだ。シン、潜れ。俺の攻撃に合わせろ」

『了解した』

「まだまだ楽しめそうだっ!」

「楽しむのは勝手だが、簡単に死んでくれるなよ?俺も久々に昂っているからな」

「気配で分かるぞっ!『閃』――なに!?」

『舐めるなっ!!』


 再び影になって姿を隠したシン。

 男はそちらに神経を研ぎ澄ませて気配を追い駆けた。

 ジャックよりもシンの方を警戒していたようだ。

 ジャックが腕を振ると同時に、シンは男の側にある木の影から攻撃を仕掛け、男は見事に反応して見せたが、それはシンの陽動である尻尾であった。


「『渦焔槍』。シン、今だ」

『任せろ!』

「ぐっ……『燕返し』」


 尻尾に気を取られて背後から迫るシンの爪に対応が遅れた男。そこへさらに追い打ちのようにジャックが放った炎の槍が三本襲い掛かる。

 自身の圧倒的不利を悟った男は、これまで隠していた技を用いて脱出を試みた。

 シンの爪が背中を掠りはしたものの、炎の槍三本を同時に斬って退路を確保してなんとか猛攻を凌いでみせた。

 それを見ていたジャックは、驚くとともに感心していた。必中を確信していただけに、軽傷で済ませた男を再評価したようだ。



『チッ! 主よ、仕留めそこなった』

「まさか、炎の槍を切り裂くとは。しかも一瞬魔力を感じた。お前、魔力を使えるのか?」

「ふぅ……使える、と呼べるほどではないがな。武器に纏わせるのがやっとだ」

「鎧も身に付けずにか。さては、純粋な王国の人間ではないな?」

「そうだ。俺は――いや、今語る事ではないな。再開しよう。殺し合いを」

『次こそは貴様のその首噛み切ってやる』


 ジャックの横に移動していたシンは、牙を見せて威嚇していたが、ジャックの合図で彼の影へと飛び込んだ。また奇襲を仕掛けるつもりのようだ。


「今度はこちらから仕掛けよう。『氷柱雨』」

「むっ…… 誘い込まれたが関係なし!」

「分かっていてなお飛び込むか。『影牢』」

「はぁぁっ! 『断』!!」


 頭上から降り注ぐ氷の雨を掻い潜りながらジャックへと肉薄する男。

 誘い込まれていることに気付きながらも自ら望んで罠へと飛び込む男に、ジャックは心の中で敬意を表した。だからといって手加減するつもりはさらさらないが。

 

 自身の足下に展開された魔法を感知してそれを切り裂いた瞬間、男の左右から影が襲い掛かった。


『穿て我が尾、我が爪よ!』

「まだまだっ!『回』!!」

『それも囮だっ!!』

「なっ!? しかし、諦めぬ!『駆』」


 シンとの攻防を無傷で切り抜けた男は息を切らすこともなく、しっかりと武器を構えてジャックとシンの一挙手一投足に集中している。



『チッ! また噛み損ねた』

「魔法を使わないで俺達と渡り合うか……いや、なんとなくティルと同じ感覚があるな。たしか、気力、というモノだったか。自らのうちにある命を媒介として生まれる力を利用するとか。食物から力を得るとも言っていたな」

「よく知っているな。そうだ。魔力と似て非なるもの、それが気力だ」

「魔法のように大規模な攻撃は出来ない代わりに、魔法よりも素早く肉体を強化したり小規模な攻撃が可能らしいな」

「残念ながら俺はそこまで優秀ではないゆえ肉体を強化することしか出来ぬがな」

「その肉体強化が並外れているだろう?」

「さて、それは試してみてからの御楽しみということ――でっ!!」

『主よっ!』

「気配は把握しているぞっ!『巻き大蛇』!!」

「……見くびってもらっては困る。俺は『魔王』だぞ?」

「なっ…に……?」

「目で見て対処するのは三流だ。俺は常に防御魔法を展開している。その程度の攻撃で俺を傷付けられると思わないことだ」


 これまでとは比べ物にならない、傍目には瞬間移動と錯覚するほどの速さで移動し、シンの咄嗟の迎撃もあっさりと避けてジャックを必殺の間合いに収めた男は、神速の抜刀でジャックを斬り殺そうとした。

 しかし、その切先はジャックの体に届く前に空中で静止。

 ジャックの防御魔法によって攻撃が防がれたのだ。


「…………」

『どうした?ようやく観念したか?』

「……ふふふ………はっはっは!!」

「どうした。ついに壊れたか?」

「いや、すまない。これまで俺と対等にやり合えた人間など数えるほどしかいなかったゆえな。それに、生き残ったのはさらに少なかった。だからこそ、今の絶望的な状況は望むべくもなかったモノだ!!」

『主よ……』

「ああ。こいつは自分の命を燃やしてでも戦いを楽しもうとする、ヤバい部類の人間だ。こういうやつほど燃えたら厄介だ」

「ああ……ようやくだ。ようやく本当の殺し合いが出来るっ!!」

『主よ、下がれっ!!』

「邪魔だっ!」

『っ!?』

「くそっ……『砂鉄結盾』」

「その程度では止まらんぞっ!『猪穿ち』!!」


 眼前に形勢された六枚の花弁を模した砂鉄の盾。男は正面から突きの体勢のまま突撃して盾を粉砕し、勢いそのままにジャックに向かって突撃を仕掛ける。


「逃がさん!『追い猫』!!」

「……惜しかったな」

「なんと……幻影を斬らされたか。まこと、魔法とは凄いものだな」


 盾を破壊し逃げるジャックを追って攻撃を繰り出す。

 しかし、男が斬ったのはジャックが作り出した幻影だった。

 本人は男から数メートル離れた場所にいた。その顔にはまだ余裕が窺える。



「シンの攻撃を掻い潜り、俺の盾を砕くとは。つくづく恐ろしい男だな」

「御褒めの言葉とは光栄なかぎりだ。魔王に認められたということか」

「さて、そろそろ俺も剣を抜くとしよう」

『主よ、本気か?』

「こいつにはそれくらいしなくては殺しきれないだろう」

「昂るぞ。ここからは一つでも喰らえば死に直結する本当の――邪魔をしおってからに。ようやく本気のぶつかり合いが出来るところなのだぞ。失せろ」


 ジャックが剣を抜いたのを見た男は、尋常ではない殺気を放ち始めたのだが、背後に近付いて来た気配に気付いて霧散させた。その代わりに、背後の人間に対して侮蔑と怒りが入り混じった鋭い目で睨みつける。

 予想外の事態にやって来た少女は泣きそうになりながらも、自分の役割を果たすために震える足を必死に動かして男に近付いた。


「カナタ兄様。ざ、ザドウェル兄様からの伝言、です。御楽しみは次の機会に取っておけ、と」

「………魔王。この勝負、次にまみえる時まで御預けだ」

「いいだろう。今回は見逃してやろう」

「ふっ……行くぞ、マアナ」

「は、はいっ!」




『主よ、よいのか?』

「構わん。次に会った時には確実に殺す。シン、お前も初めから本気でいけ」

『了解した。次こそは、この牙と爪でヤツを引き裂いてくれる』



 男と少女を何もせずに見送ったジャックに対し、シンは不満たらたらの声で問いかけた。まだまだ戦いたかったのは、その声を聞いただけですぐに分かる。

 ジャックもそれに気付いていたため、次は逃がさないことを伝えることで矛――牙の方が正しいか?――を収めさせようとした。

 シンはその意図を察し、今回は素直に従った。ただ、言質を取られたのはジャックの方で、次戦でシンが大暴れするつもりであることに今のジャックは気付いていなかった。

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