第10話 僕は万能な忍なのさっ!
「さあ、その首を差し出せっ!!」
「嫌だねっ!」
キンッ――互いの剣が交錯する。ガザは大木ほどの幅がある大剣を振り回し、ティルは手の先から肘にかけての長さ程の短刀でいなす。いなす。いなす。
攻めるのはガザ。守るのはティル。戦況は早速硬直しかけている。
ガザは力任せに大剣を振り回すだけ振り回している。刀身が長く、幅が広い大剣だからこそ、振り回すだけで狭い場所での戦闘はこれまであっけなく終わったのだろうが、今回は相手が悪い。
ティルは狭い場所であろうと、少しでも足場があればそれを踏み台にして跳び回ることができ、さらには忍として身に付けた忍術もある。こと一対一に関しては、互いに魔法無しの条件でミルティナに引けを取らなかったほどだ。
「ええいっ! ちょこまかと…!!」
「そんな大振りじゃ、いつまで経っても当たらないよ?」
「それを言うなら、貴様こそいつまで逃げているつもりだ?そんなことではいつまでも攻撃できんぞ」
忍術を駆使して跳び回るティルに段々とイラついてき始めているガザ。その動きは次第に単調なモノへと変化していっている。感情的なのだろう。
「なら、期待に応えて。風遁『塵介旋風』」
単調な攻撃を繰り返すガザをつまらないものでも見るような目で見ていたティルは、一度跳躍して距離を取ってから手で印を結んでからその名を呼んだ。
大剣を肩に担いでティルを蔑んだ目で見ていたガザの足下から、砂埃を巻き上げて竜巻が発生した。それは天まで届かんばかりの高さまで達し、上からの脱出は出来そうになかった。
「ぬぅ…!?前が見えん。土埃で視界を遮るか。コソコソと動き回る小心者らしい、小賢しい戦法だなっ!」
「バッカじゃないの?火遁『火渦地獄』」
ガザが竜巻で身動きが取れなくなっている隙に、ティルはさらなる攻撃を加えた。ティルの口から吹き出した火は、竜巻に吹き込まれて火の渦へと変化した。その温度、ゆうに100度を超えている。ガザも鎧が無ければすぐにでも焼け死んでいた事だろう。
「炎など効かぬわっ!!」
ガザは鎧に付与されている魔力によって火の攻撃は防いでいた。ただの鎧ではなかったからこその、ある種の奇跡だ。ただ、この場合不完全な鎧であったことを呪うべきでもあった。
「はたしてそうかな?磁遁『自重磁縛』」
「ふんっ! このようなつまらぬ事ばかりしていても我は倒せんぞ!!……ふぅ」
ガザは竜巻から逃れようとアテも無く歩き回るが、竜巻はガザを中心にして発生しているため無駄であった。
それに加えて、三つ目の忍術によって歩くこともままならなくなったため立ち尽くしている。一歩踏み出すたびに、鎧の重さも相まって大きな地響きを出していたが、三歩目を踏み出して以降、足が止まってしまった。
初めは多かった口数も、今では無言だ。
荒い呼吸を繰り返し、段々と体が傾き始め、ついに大剣を支えにして立っているのもやっとの状態になっていた。
「どうしたの?さっきまでの威勢はどこへ行ったんだい?」
砂嵐と炎によって前が見えなくなっても、ティルの声はしっかりとガザに届いていた。その声は嘲るというよりもおちょくるような響きだった。
「だ、黙れ……この、ふぅ……竜巻が消えた時が、はぁ……お前の最期だ」
「随分と息が上がってるね。その鎧でもさすがに熱は防ぎようがないかな?」
「ぜぇ……き、きさま……正々堂々と、はぁ……戦わんかっ! ふぅ……」
「嫌だよ。騎士相手に忍が正々堂々と立ち合うわけが無いでしょ?」
ガザは大剣で体を支えていたが、とうとう膝をついて頭を垂れてしまった。
それでもティルは竜巻を解除しようとしないのは、ルナリアの時の教訓か。油断して負傷し、仲間に尻拭いさせたくないという事だろう。
このまま放置すれば一時間としないうちに死ぬだろう。ティルもそれを疑っていなかったはずだ。
だが、突如空からそこに割って入る人物があった。持っていた剣を振って竜巻を両断。竜巻は真っ二つに割けて霧散した。中にいたガザは無事だった。ただ、歩くのもままならないほど疲弊していたが。
「なっ!?」
「はぁ、はぁ……ザドウェル王子、助太刀感謝致します」
「構わん。時間だ、戻るぞ」
「……了解しました」
ようやくまともに呼吸が出来たと喜ぶ間もなく、ガザは片膝をついて突如現れた男に頭を垂れて謝辞を述べた。顔は伏せて見えないが、返答までに少しの間があったことを考えると、自らの手で決着をつけられなかったことに対する悔しさで顔を歪めているのだろう。
それに対し、王子と呼ばれた男はガザではなく、ティルの方へと油断なく顔を向けて注視していた。しかし、鋭く険しいその目には、感情ではなく好奇心が宿っていた。
「爪を隠していたか」
「…………」
「話すことはない、という事か。次の機会を楽しみにしておこう。行くぞ」
「はっ!」
ティルが攻撃を仕掛けてこないと判断した王子は、ガザを引き連れて飛び降りて行った。――王子は胸当てと手甲しか身に付けていなかった。
それを見届けたティルは緊張を解くことはなく、けれど大きく息を吐き出して構えを解いた。果たしてそれは、守り切れたことに対する一安心からか、王子が戦わずに去ったことに対する安堵だったのか。
「ティル殿、御無事かっ!」
「問題ないよ。そっちはどうだった?」
「御三方のおかげで無事に門を守り切れた。感謝してもし足りない」
壁に背を預けて物思いに耽っていたティルの元に、別の場所にいたアズマがやって来た。怪我をしていないか確認するためしげしげと眺めていた。
その後、御礼を述べつつアズマは深々と頭を下げた。それを見たティルは照れ臭いモノを感じたのか、話題を変えることにした。
「それは良かった。彼女も無事?」
「うむ。今は巫女様方が看病しておられる。魔力を大量に消耗したため、一時的に熱が出た程度だと仰っておられた」
「そっか。よかったよかった。それで、敵は撤退した?」
「ティル殿が相対した者が退くと同時に撤退したのを確認した。とは言ったものの、ジャック殿が半分以上消してしまわれたため攻勢はほとんど無いようなものであったがな」
「あはは……。アレには一瞬ビクッてしちゃったな」
「うむ……アレにはさすがのワシも背筋に冷たいモノが流れた。ジャック殿は神の遣いだったのか?」
「そんな生易しい人じゃないでしょ、彼。雷で無敵と言われた騎士たちを一瞬で灰にしてたからね。敵にしたらあれほど怖い人間はいないんじゃないかな?」
「一人で軍を相手取れる者など、この大陸に果たして何人いることやら……」
ティルとアズマは顔を見合わせ、お互いに苦笑いを浮かべながら乾いた笑い声をあげるのであった。
神皇国の兵士たちは安堵の声を漏らしていたが、ティルの顔色は優れなかった。
王子の存在。それが嫌でも脳裏にこびりついて離れないのだろう。
だが、目的は達した。自らが招いてしまった外敵を排除したのだ。この時ばかりは喜ぶべきだ。
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