第11話『シナリオブレイカー』


 アルストロメリアの行く手をふさいだ三体のアバターだったが、その正体は自分と同じプレイヤーだった事実に衝撃を抱く。


 ボスバトルはマッチング要素と言う事で、あまり考えもしなかった対人戦要素があった事実は――アルストロメリアにとって気付かなかったというべきか?


 困惑をしていたアルストロメリア、その状況を一変させた人物、それは――。


『シナリオブレイカーだと!?』


『どういう事だ? このフィールドはジャミングされていたのでは――』


 ある意味では『まさか?』と驚き、ある意味では『想定内』と言うつぶやきも存在する――シナリオブレイカーだったのだ。


 その出現方法は自分が使用しなかったCG演出――その唐突な展開にドン引きになっている。


「ここで運営通報で消されたくなければ、おとなしく引き下がるのだな!」


 シナリオブレイカーは両者に小型ハンドガンサイズで刃部分がビームで生成されたガンブレードを突きつけている。しかも、構え方等がご丁寧に二丁拳銃アピールと言う事か?


 本来使用するロングソードは右肩にマウントしていると言う事は――本来のメイン武装は拳銃なのか?


「それに、ジャミングは別のARゲームでは問題ないかもしれないが――リズムゲームではチート扱いだ」


 三人組の方を振り向いたシナリオブレイカーが警告をする。それに従うかどうかは別として、違法行為でゲームそのものを止められるのも興ざめだ。


 それを踏まえての警告だったのだが、三人組はあっさりと理解した。この状況に、シナリオブレイカーの方が逆にドン引きである。


『止めた止めた。シナリオブレイカーが相手では、確実に負けフラグだ』


 赤のアバターは完全に戦意喪失し、他の二人に対して抵抗を止めるように指示する。


 それに加えて、探している人物とは違う人物が現れたので、引き上げる――と言う事かもしれない。


『しかし!』


『我々の計画を知られた以上は、消すしか手段は――』


 二人も赤のアバターに反論はする。そして、遂には――シナリオブレイカーに襲いかかった。


 この反応には赤のアバターも驚くのだが、こうなってしまった以上は仕方がないと諦めるようである。


「こちらが想定していたシナリオとは違うが――そちらが抵抗すると言うのであれば――!」


 シナリオブレイカーも色々と事情はあるのだが、抵抗する以上は戦うしかないと判断し――銃の引き金をひいた。


 次の瞬間、放たれたのは実弾ではなく――展開されていたビームブレードであるのは、見ていたアルストロメリアが驚いている。



 決着は一瞬だった。シナリオブレイカーの圧倒的な能力、それは――様子を見ていた視聴者さえも沈黙させてしまう程のクラスだった。


 最強と言う称号を得るような能力ではないが、おそらくは参加しているプレイヤーの中ではレベルの高い人物か?


『これだけは言っておく、シナリオブレイカー。お前はファンタジートランスがどのようなシナリオを想定しているか知らないが、止めることは不可能だ』


 捨て台詞を残して赤のアバターは姿を消そうとステルスシステムのスイッチを作動、と思われたが、タブレットに表示されたスイッチを押しても動作しない。


 青のアバターは、まだ負けていないとアピールするかのように、展開した大型のアンカーシナリオブレイカーに向けて撃つ。


 それに加え、黒のアバターは青のアバターをフォローするかのようにスピアを構えている。


『こんな事をすれば――俺達の推しアイドルが大炎上し、それこそアイドルグループの活動が出来なく――』


 赤のアバターの発言を二人が聞き入れる事無く、シナリオブレイカーに攻撃を加えた。彼は何かを察した上での発言だったが、これが明らかに炎上フラグだったのである。


【やはり、そう言う事か】


【結局はARゲームも芸能事務所とのマッチポンプで運営されていた証拠――】


【あのプレイヤーの推しアイドルは特定できた。後は――】


 先ほどの発言を聞き、一部のまとめサイト管理人が彼らの推しアイドルが誰なのかを瞬時に特定し、芸能事務所に脅迫状を送り込む等――彼らの行動はエスカレートしていった。


 まとめサイトのアクセス数は、この瞬間だけでも数十万単位で上昇し――それだけARゲームと芸能事務所を紐付けたかった芸能事務所AとJの思惑もあったのだろう。


 これらの状況は、ゲームをプレイ中のアルストロメリア等が知る事は出来ない。知ったとしても、プレイ後――と言う位には外部との情報を知る手段が少ないのが現状だ。


「お前達の発言は、瞬時にしてネット上を炎上させるだろう。その代償――どうするつもりだ?」


 シナリオブレイカーも、モブキャラの台詞や負けフラグを気にしている場合ではない。それを気にしたら、いつの間にかネットが大炎上――細かい炎上案件まで面倒を見ている時間もないだろう。



 午後1時40分、シナリオブレイカーはアルストロメリアの方を見ている。おそらく、これ以上は関わるな、と言う事なのだろうか?


「アルストロメリア――まさか、他シリーズもプレイしていたとは――」


 ARバイザーの影響で素顔が見えないのは、他のプレイヤーも同じだ。つまり、彼女も――?


「私の名前を知っている? どういう事なの?」


 シナリオブレイカーから自分の名前が出た事には驚くが、知名度的にも自分は知られていないと思ったので――尚更である。


 あのシリーズをプレイしていたプレイヤーならばライバル登録で気付くかもしれないが、シナリオブレイカーと言うプレイヤーネームに聞き覚えがない。


「今は話せないが、前から知ってはいた。それだけの事――」


 シナリオブレイカーの方は、何かを知っていそうな気配もするが――その話からそらそうとしている意図がある。


 どうしても自分の正体を知られたくないと言う事なのか? それとも別の事情なのか?


「まさか、あなたも有名プレイヤーの――」


「仮に分かっていても、それ以上は――」


 シナリオブレイカー側がこの話題を嫌がったように見えたので、それ以上は話すのを止めた。


 しかし、あの慌てた様子は、明らかに何かを知っているようなリアクションだったのは間違いない。



 同刻、ラーメンを食べ終わって運営本部へ戻ろうとしているカトレアにショートメールが届いた。


 その内容は一部のまとめサイトがファンタジートランスを炎上させようと言う情報だが、メールを開封する事無く削除する。


 他にも類似のスパムメールが来ていたので、同じようなスパムと思って削除したのだろう。しかし、メールを削除した直後に別のメッセージが出現した。


【別の動画サイトの動画投稿者が、自分の宣伝する為に暴れている】


 このメッセージをチェックした後、カトレアは先ほどのメールを削除した事に関して後悔をしていた。どうやら、アレはスパムではなく本物だったらしい。


「これが新たなステージの始まりだと言うのか――」


 カトレアは色々と思う所はありつつも、冷静に状況を整理して本部へと駆け足で急ぐ事にする。


 仮に動画サイト側が自社サイトの宣伝を目的だとすれば、タダ乗り便乗もいい所である。こうした暴挙は芸能事務所AとJの絡んだ超有名アイドル商法事件だけで――たくさんだと考えていた。


 しかし、彼女は後に類似の事件はいくつか発生する事は避けられないとも考えている。その証拠として――別のARゲームのロケテストで起きた謎の事件、小規模では済まないようなライバルコンテンツ潰しとも言える炎上行為が確認されていた。


 コンテンツ流通に関与している以上、炎上マーケティングや様々な炎上案件には目を通しているし、そうした事件が起きないように対策はぬかりない。


 それでも、確実に起きないとは言えないのが、一連の芸能事務所が絡んだ炎上マーケティング案件だ。


 唯一神と言う存在に芸能事務所AとJのアイドルを位置づけ、ありとあらゆる世界をメタ的に支配しようと言う――WEB小説サイトの夢小説も逃げ出すような内容に、カトレアは本気で悩んでいる。


 大抵のスタッフからは失笑が出る事もあった案件だが、ネット炎上でARゲームがあっという間にオワコン化する事は避けたいし、負債として歴史に刻まれるのも避けたいのは、同じだろう。


「何としても――」


 カトレアが運営本部へ到着する1分前、自分と似たような賢者を思わせるローブを身にまとった人物とカトレアはすれ違った。


 自分とは体格も若干異なると思ったが、カトレアはそれを意識することなく本部前の自動ドアを開く。


『君はネット炎上がどういった物か、軽く見過ぎている――』


 銀髪のロングヘアは風で揺れる事はないが、その一言を聞いてカトレアは足を止める。


「君たちガーディアンでは、安易に特定コンテンツのアンチを増やすだけだ。結局は――」


 カトレアはローブの人物の方を振り向き、ARガジェットを展開しようと身構える。


『デスゲームが全世界で禁止され、過去に起こったウォーゲームは幕を閉じた。しかし、君たちはコンテンツの売上を目当てに炎上を利用して――』


 明らかにARゲームのアバターを連想するこの人物は、カトレアも知らない場所で存在するデータの可能性もある。


 賢者のローブ自体がCGのようなオブジェクトに見えたというのもあるが、それ以上にこの人物の声もボイスチェンジャーだ。


 女性の声だが、男性の可能性だって否定できない。ガーディアンのやりそうな典型的な戦術だろう。


「ネット炎上、SNSテロと言った物が第三次大戦と明言するまとめサイトがいる以上、そうしたイメージを払しょくする為には――必要な事でもある」


『ゲーマーの肩書が風評被害で炎上している以上は、メーカーのやっている事が正しいとも限らない』


「平行線か。これ以上のガーディアンに語る事は――」


『そう考えているならば、それでもいい。しかし、利益至上主義としてのコンテンツ流通は――芸能事務所AとJがやっている炎上マーケティングと同じなのを忘れるな』


 賢者は姿を消す訳でもなく、そのまま歩いて別の場所へと移動した。どうやら、ガーディアンが別所でアイドル投資家を捕まえたと報告があったので、そちらの方へと向かうらしい。


(誰かがやらなければ――日本は炎上マーケティングと言うデスゲームを行っているというレッテル貼りをされかねない。だからこそ――)


 カトレアの真意は何処にあるのか、それは誰にも理解されないだろう。しかし、彼女はどういった形でもデスゲーム禁止と言われている世界で、再びデスゲームが始まる事を懸念していた。

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