#4

 カサッ


 いつも聞こえるあの音が、図書室に響いた。今日、カウンターに町野の姿は無かった。

鈴木は驚きもしなかった。風邪でも引いたのだろう、と心の隅で、本人に気付かれぬ様…頭は考えているのだろう。



 「…!」

声にならない声とはこの事を言うのだろうか?鈴木は大きな瞳を少しだけ開いた。

本が、少し埃を被っているのだ。町野がいないだけで図書室は寂しそうに表情を変える物である。

鈴木はカウンターから出来るだけ綺麗な雑巾を持ってきて、少しずつ丁寧に拭いていった。




――翌日――


 カサッ


 今日も、町野の姿は無かった。

しかし、雑巾を持ったところで鈴木はうずくまった。頭痛に襲われたのだった。鈴木も感情が少ないとはいえ、立派な人間である。

「っ……」


 「何してる、んですか」

彼女は顔を上げた。町野だった。

「埃を被っていたから…」

「そうじゃなくて。頭、痛いんでしょ…。本なんか置いて、保健室行けば良いじゃ…ないですか」


 すると鈴木は言い返しそうになったが言った。

「…すみません」

「反省は求めていないから結構…です」

町野は人と余り接した事が無いからか、敬語が入り混じり不安定な日本語になっていた。


 「全く……」

町野は彼女に聞こえぬ様に呟いた。

彼は彼女から雑巾を奪い、本を拭いていった。


 「何で行かないんですか」

「……我慢出来るからです」

「幼稚園児の様な意地っ張りは求めていないから結構です」

「それじゃ強制的では無いですか…」

鈴木は言い返して我に帰った。先輩に対し――目上の人に逆らう行為を嫌う彼女が逆らってしまったのだ。

鈴木ははっとして言った。


 「……失礼しました、申し訳有りませんでした」

「反省は求めていないから結構です」

町野は即答した。

「……でも大丈夫です。落ち着きましたから」

「懲りない人ですね。僕と良く似ている」

町野は、鈴木にも、町野自身も気付かないほどの笑みを浮かべた。

その微笑みが何の意味を表すのだろうか。


 「……僕が」

町野は呟いた。鈴木は顔を上げた。

「僕がいなくなったら」

苦しそうに、町野は表情を見せた。

「この図書室を頼みます」


 鈴木は訳が分からず、頭に疑問符を浮かべた。

「卒業……?」

「卒業、出来たら良かった」

町野の顔が、また歪む。


 「引っ越しするんだ」






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