幸福、それとも

 淡々と日々は流れた。


 和佐は仕事を調整しながら精力的に就職活動に励んだ。

 まじめすぎる彼は、採用担当者に自分の懸念事項をすべてぶつけてくるようで、少しでも納得のいかない点があるとその場で辞退して帰ってきてしまうのだった。

「だってさあ、規定の人数よりも多く預かりしちゃうのって法律違反じゃん? いくら人が少ないからってさあ」

 福祉業界に完全にクリーンな職場はあるのかな。そんな疑問とは別に、憤然と不満を漏らす和佐は幼く見えて、少しかわいかった。

 結婚モードも少しずつ高まってきた。

 週末はブライダルフェアに行き、婚礼用コース料理の試食をしたり、ドレスの試着をしたり、プランナーさんの話を聞いたりした。

 幸せの絶頂にいるように見える他のカップルたちも、難しい事情を抱えているのかもしれないな。ここに至って、わたしはつくづく思う。

 彼氏の、あるいは彼女の浮気に傷つきながらも乗り越えたり、あるいはひそかに進行中だったり。恋人たちの数だけ、歴史があるのだ。

「由麻……きれい。俺ちょっと、やばいかも」

 カップルで入れる試着ブースの中でウェディングドレスを着たわたしを、和佐は感に堪えたような口調で褒め、首筋にそっとキスをした。

 ブースの外で他のカップルとスマートフォンで写真を撮り合い、その写真を和佐は待受画面に設定した。

 「雨降って地固まる」ってことでいいのかな、今までの全部。和佐の愛をたしかに感じながら、わたしは脳内で合理化をはかる。

 真先くんからの連絡は、来ないままだった。


 見学したどの式場も素敵だったけれど、どれもいまひとつ決め手に欠けた。

 挙式費用の見積りが予算オーバーだったり、立地が自宅から遠かったり。

 和佐の祖母が脚が悪いので、バリアフリーであることも大事なポイントだった。

 3箇所回って、あとは大本命の式場の個別相談を2月の第2土曜日に残すのみとなった。

「ここはたぶん、いろいろ大丈夫だと思う。口コミでもほんとに何ひとつ悪いこと書かれてないよね」

「うん。予約できてよかった」

 チャペルとレストランを併設した教会。豪華すぎず質素でもなく、荘厳そうごんで温かみのある式が挙げられるとして、地元のカップル以外からも人気であるらしい。潮風が吹き渡り窓からは海も望める、抜群のロケーションも魅力だ。

 人気の式場なので、挙式日だけではなく見学をするにもずいぶん先まで予約でいっぱいだった。キャンセル待ちをしていた日時に運よく入れてもらうことができたのだ。

「あとさ、勤続5年以上だと一応、退職金の支給対象みたい。自主退職だからほんの少しだけかもしれないけどさ、できればそれで結婚指輪買いたいなと思って」

「あ……」

 結婚指輪。それを買って、式場も予約できたら、もう本当に結婚一直線になれる気がした。

 余計なことを考えずに――彼の実の弟に良からぬ気持ちを抱くこともなく。

「だからさ、この日に見学行くでしょ、その後にそのまま指輪見に行かない?」

 和佐は少しはにかんで言う。

 和佐の誕生日にプロポーズされてからも実にいろいろなことがあったので、なんだかその言葉が本当のプロポーズのような気がした。

 やっと、幸福に身を浸すことができるかもしれない。そう思った。


 和佐は半休をとって面接に行くことが多かったので、中途半端に時間の空く午後がたびたび発生した。

 なので、わたしの会社帰りに待ち合わせて普段行かない方面のレストランや映画館に行ったりと、外でデートする機会が増えた。恋人らしい、蜜のような時間。

 レイトショーを観に行った映画館で、上映直前に和佐が「映画泥棒までに戻るから」と言いおいてトイレに立った。

 何となく手持ち無沙汰になり、わたしはポップコーンをかじりながら、久しぶりにアサミのTwitterをチェックする。

 とりつかれたように頻繁に読んでいた頃を、少し懐かしく思う。幸せにも不幸せにも順応してしまうのだろう、人間という愚かしくも単純な生き物は。

「あさみん」のアイコンは相変わらず愛犬のザッシュだったけれど、写真は最近撮り直したらしいものに変わっていた。

 本当に存在感のない犬だったけれど、バターの溶けたような色の毛並みだけは何となく好きだったとぼんやり思う。きっともう、会うこともないけれど。

 正月に書き込まれていた「Kくんはまだ、あたしのことが好きだと思う。」以降、うんざりしてまったく見ていなかったので、だいぶスクロールしてツイートをさかのぼった。

「・・・・・びっくり!!(@_@)Kくんが児発管じはつかん目指すって!!!先輩としていろいろ教えてくれって頼まれちゃった☆ これはもー、張り切るしかないよね!?」

「んでもって! 明日行こうと思ってたセミナーにKくんもクルーーー!\(^-^)/きええええええ!!!!!!」

 相変わらずテンションが高い。「いいね」の数は200を超えている。

「急展開オメデトー! これはもしや奪還のチャンス?」

 フォロワーのひとりが付けているリプライに苛立ちながら、さらにそれに対するアサミのリプライを見る。

「ふふふー♪ でも、奪還は残念ながらなさそう。。。。本気で彼女と結婚するんだそーです(´・ω・`)」

 本気で、とはずいぶん失礼だ。本気じゃない結婚なんてあるのだろうか。

「セミナー前に、二人でランチ♡ 二人きりで!! agaru!!!!!!」

 やっぱり、午後の部が始まる前に落ち合ってお昼を食べたらしい。今更ながら腹立たしさと失望を覚えた。どこかの洋食屋と思われる店で撮られたふたり分のオムライスの写真が添えられていた。

 オムライスお待たせしましたー、と運んでくる店員。食べ始める前に、「ちょっと待って! 撮らせて!」とスマートフォンを取りだすアサミ。そんな彼女をやさしく見守る和佐。

 まるでこの目で実景を見たように、その様子がありありと想像できた。

「またこんな風に会えるなんて思わなくって、調子乗った。アホ。帰り道、駅まで歩きながら勇気を出してキスしようとして、失敗(>_<)」

 ずきん。心臓が痛む。こめかみのあたりが、大きく脈打つ。

 「もうふたりでは会わない」という約束をいつのまにかナチュラルに破棄した和佐に、あらためて怒りがこみ上げる。だからこういうことになるのだ。全然諦めていないじゃないか。

「結婚しちゃう前にもう一度だけ・・・っておねだりしてみた。でもダメだって。でも! 二度と会えなくなるよりはマシだから、あたしはこの気持ち封印するよ! だって」

 文字数を考慮したのかツイートはそこでいったん区切られ、

「だって、彼だって本当は、あたしのことを好きなはずだから。あたしとキスしたかったはずだから。目を見ればわかる。気持ちをこらえているってことが。もう、それだけであたしは満足♡」

 それ以降は、またあのポエムが延々と続いていた。

「間に合った~」

 和佐が戻ってきて席に座るなり、照明が落とされた。わたしは慌ててスマートフォンの電源を切る。

 映画は、封切られたばかりの全米大ヒット作だった。

 けれど、その内容はあまり頭に入ってこなかった。

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