パーティーの前に

 長谷川さんのたこ焼きパーティー参戦にあたり、彼女が志賀さんの元恋人であることは、迷った末に小平兄弟には話さないことにした。話がややこしくなるだけだ。

 ただ、いくらなんでも訪問先であるアサミと和佐の関係については、長谷川さんに伝えておかざるを得なかった。


 和佐の許可を得て、わたしは仕事納めの日、帰りのバスの中で長谷川さんにすべてを話した。生々しい話も多いので、声を潜め、ぼそぼそと。

 長谷川さんはしばし絶句した。

「……舘野さん、彼氏さんとラブラブかと思ってました。何も話してくれないんですもん」

「ごめんね。なんか、いつまでも先が見えなすぎて話せなかったんだ」

 工業団地をうねうねとバスは走る。巨大なガスタンクや煙突も、人の腸のような配管も、今年は見納めだ。

「あたしだったら、許せないかもな。いろんな愛の形があるんですね」

 長谷川さんは、しみじみとつぶやく。

 そのつやつやとした長い黒髪やぽってりとした唇に、志賀さんは触れたんだな。

 そう考えると、胸がちくりとした。

 志賀さんとのことは、恋にも愛にもならなかったけれど――わたしは長谷川さんの横顔を見ながら思う。

 情は、湧いていた。深い井戸の底に溜まった水のように。


 その翌日は、和佐と買い物に出かけた。

 互いの両親への挨拶のお菓子や、アサミへの手土産、正月飾りなど。

 帰ってきてから、年賀状も書いた。今から投函しても元旦には間に合わないだろうけど。

「舘野」姓で出す年賀状は、これが最後なのか。そう考えて、胸が高鳴った。

 それでも、無邪気に「結婚することになりました!」と書くことがどうしてもできなかった。何かが、わたしをためらわせた。

 互いの両親にも、直接会って伝えるまでは言わないことにしている。年末と年始にそれぞれ1泊ずつしに行く旨を伝えてあるので、既に予測はしているかもしれないけれど。

 家族を巻きこむのは、まだ少しだけ早いような気がした。


 和佐が夕食のタンドリーチキンを焼いてくれている。香ばしい匂いが、書斎として使っているわたしの部屋にも届いてくる。

 漬け込みはわたしが一昨日の夜にしたものだけれど、「花嫁になる人の腕に油でもはねたら大変」と和佐が気遣い、フライパンを使う調理はすべて和佐が担当してくれている。

 たくさん仕込んだので、明日のたこ焼きパーティーにも持参する予定だ。

 わたしは明日の準備をしながら、すっかり習慣となっているアサミのTwitterのチェックをした。

 クリスマス以降「あさみん@恋愛中」は「あさみん@失恋中」になっているが、完全に諦めてくれたのかと思いきや、ここ数日のツイートのテンションは高い。

「【お知らせ】Kくんにまた会えることになりました! 29日、自宅にて! たこ焼きパーティーうぃる! ただしもちろん彼女つき(>_<)」

「今日はウキウキで部屋を片付けたよ♡Kくんに早く会いたい(//∇//)」

 稲妻のような苛立ちがわたしを襲ったが、もっと腹立たしいのはこのツイートだった。

「ドキドキ! Kくんの弟さんも来ることになったーん!(°∀°) Kくんと同じくらいイケメンだったらどーしよー!? ときめいちゃったり?? おいおいwww」

 やめて。真先くんには、何もしないで。わたしは祈るように思った。

 和佐を魅了したアサミが真先くんにはどう映るのか、無性に不安だった。長谷川さんが来てくれることになって、本当によかった。

「うおー! Kくんがダメなら、弟くんを狙ってみては?」

 彼女のフォロワーから品のないリプライが付けられていて、わたしの怒りを増幅させる。

 真先くんは、和佐の代用品じゃない。


 ジハツカン。

 彼女がよく口にしていた彼女の職業を、わたしは検索してみた。

 児童発達支援管理責任者、略して児発管じはつかん。放課後等デイサービス、児童発達支援センター等の施設で、児童の療育をリードする役割の人。

 障害のある子どもの療育施設のサービスの質向上のため、一施設につきひとり以上の児発管の配置が法律で義務づけられている。

 …ということは、アサミの職場での立ち位置はかなり高いのではないだろうか。きっと、待遇だって無資格の人より良いはずだ。

 わたしは急に、時給1350円の派遣社員である我が身が頼りなく、小さな存在に思えた。


「できたよー。食おうぜー」

 キッチンから和佐に声をかけられ、慌ててスマートフォンを切った。

 久しぶりにアサミに会うことになる和佐の今の気持ちは、表情からは読み取れなかった。

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