常夜灯
アサミのTwitterアカウントを見つけた。
和佐が先に眠りに落ちたある夜、わたしは布団にくるまり、闇の中でスマートフォンを操作していた。
あの大震災以降、インフラがすべてだめになったときのための連絡手段として、和佐もわたしも一応Twitterアカウントを持っていた。新聞をとっていないので、主にニュースを読むためにチェックしている。
割り出すのはあっけないほど簡単だった。ボランティア団体「うさぎのしっぽ」をフォローしているユーザーを一覧でチェックしてみると、見覚えのある犬の顔がアイコンになったユーザーを見つけた。
@zassyu_my_loveとある。Twitterネームは「あさみん@恋愛中」。間違いない。1000%間違いない。震える指で画面をタップする。
プロフィール欄を見て、一瞬息を飲んだ。フォロー:386、フォロワー:9047。
そう言えばあの初めて対峙した日、「Twitterのフォロワーは結構いるんだけどね」などと言っていた。結構どころではないのではないか。
プロフィールには、「愛犬と二人暮らしの淋しい女のつぶやきです。彼氏のことも、赤裸々に。時々発狂します(笑)。フォロー・リムーブ御自由に」と書かれている。
「あさみん」のツイートをいったん夏頃までぐんと遡り、下から徐々に目を通してゆく。
和佐と出会う前の頃はほとんど犬についてのつぶやきだらけで(「やっぱり専用の餌は高いなあ! 1日800円。くすん。ぢっと手を見る」「今日のザッシュ、鼻がやたらいい匂いがする。何故にー!?」等たわいもない内容だ)、愛犬家アカウント以外の何物でもなかった。
しかし、ふたりの出逢いがあった7月末から一気に赤裸々恋愛アカウントへと変貌している。
「えー、お知らせです。運命の人に出逢い、一気に結ばれちゃいました!(照)ずっと一緒にいられますように。Kくん、愛してる♡」
そのツイートには、主に犬アイコンのユーザーたちからお祝いのリプライがたくさんぶら下がっている。わたしは吐き気がした。でも、スマートフォンの画面をスクロールする指が止められない。
その数日後に、彼女はようやくわたしの存在について書いている。
「皆さんのお祝いリプライ、ちょ~嬉しくお読みしました! ただ・・・実はね、彼にはもう一人彼女がいるんだ。付き合って10年目らしいけど、奪っちゃって・・・いいよね!? だって好きなんだもん(>_<)」
血が沸騰しそうな思いでわたしはそのつぶやきを読んだ。
リプライ欄には、「えー! 彼女持ちやったんか! びっくり。でも頑張れ! 負けるなっ」「10年目の彼女なんて古女房だ! キミの方が美人だよ!」等とエールがひしめいている。古女房、という言葉にわたしは胸を突かれる。古女房……。
やめておけばいいのに、わたしは7月以降の彼女のツイートとそのリプライをつぶさに読んだ。頻繁にリプライを飛ばしているユーザーはほとんどが犬のアイコンで、愛犬家仲間からの熱い応援を受けていることが窺えた。
恋愛に関するツイートの割合が増えるにつれフォロワーも激増したようで、11月の中頃には
「ひぇー! フォロワー様9000人突破! 感謝感激雨嵐♡ そしてその中にリア友が一人もいないっていう(笑)」
と自虐で締めたつぶやきをしている。
デートした日は、律儀に報告している。その間隔はだいたいわたしの記憶にある通りで、わたしが危惧していたような昼間からの逢瀬などは本当になさそうだった。
二人のデートコースは
彼女の部屋で過ごしたことはなさそうだ。わたしはあの部屋を一度訪れただけで、タイツが犬の毛だらけになった。彼が犬の毛をうちに持ちこんでいたらすぐにわかりそうなくらいだったので、この辺は信頼できそうだ。
キスをした日は、テンションが高い。
「前回は拒まれたけど、今日は腕を掴んで『んーっ』てしたら、キスしてくれました! 溶けちゃうよー♡ 幸せ・・・」
心臓を素手でつかまれるような思いがした。
このあたりになると、「いいね」の数が3桁に達している。よくない。何もよくない。隣りで眠る和佐をぶん殴り蹴り飛ばしたい衝動に駆られ、懸命にこらえた。
あの3人で対面した日のことは
「彼女がやってくるの巻! いかにも男が好きそうな、きれいな人でした( ; _ ; )勝ち目ないかも。くすん」
と珍しく弱気に綴られ、応援のリプライが30件近くも付けられている。
気づけば口の中が喉の奥までからからに干上がっていた。飲み物がほしい。この際、炭酸水でも何でもいい。
それでもわたしは布団から抜け出せなかった。恋人が心を移した相手のSNSを漁るという後ろ暗い行為に没入していた。
和佐がアサミとの別れを宣言した、あの波乱の土曜日のつぶやきを確認する。
「【報告】いつもたくさんの応援、ありがとうございます。残念ながらお知らせがあります。彼に振られてしまいました。まだ、こんなに好きなのに・・・。突然すぎて、気持ちがついていかない。鬱。(続く)」
「辛いけど、詳細書くね。午前中に彼女がアポなしでうちに乗り込んできて、別れろとわめきだし、シュラバ。鞄を投げつけられたよ! ザッシュにぶつかったら許さないとこだった。(続く)」
「気づけばあたしも号泣。だって勝てるわけないじゃない。そして午後になってKくんから電話が来て、突然の別れ話。友達として会う時は彼女を同伴するとか、ふざけてるよね?」
意外にも、このあたりは素直に現状を受け入れているようだった(「別れろとわめきだし」には異論あるけれど)。
そして別れ以降、彼女のつぶやきは安っぽいポエムのようになってきている。
「このナミダはキミに届かない
この空は本当にキミの住む町につながっているのかな?
逢いたいよ・・・」
「キミの温もりがまだこの肌に残ってる
その温もりは今、彼女に捧げられているんだね
友達なんて、無理だよ
死ぬより辛いの my lost love」
「突然の出逢い。
突然の別れ。
キミはあたしの全てをさらっていった。
カラダも、ココロも・・・」
読んでいるだけで気恥ずかしくなるような、薄っぺらい感傷に浸ったポエジーの欠片もない凡庸な言葉たちが、多数の人に支持され、拡散されている。わたしは今度こそ本当に吐き気がした。
中には「恋愛アカというのはなぜこうもメンヘラが多いのか」「二股かけられても自分に酔ってる女、イタいね~」といった誹謗中傷のリプライも混じっていたけれど、それらが届いている気配もなく、ポエムもどきは連綿と続いている。
息もつかずに現在の分まで読みきると、目の奥がしくしく痛んだ。わたしは布団の中で目頭を揉み、深い溜息をつく。
彼女は病んでいる。そしてきっと、わたしも。
その原因を作った男のかすかな寝息が、常夜灯だけ点した部屋の中に低く聞こえている。
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