第6話 ぼくのかみさま


 ぼくは「ロウレンティアしんでん」にいくことに なってしまった。


 ぼくのむらに「けんぞく」さんと「しんかん」さんが なんにんか きて、ぼくを つれていく ことになった。

 ぼくは「ネママイア」さまの「うつわこうほ」にえらばれたんだって。


 むらじゅうの ひとは、みんな よろこんで ぼくの ために おいわいを した。おとうさんも おじいちゃんも よろこんだけど、おかあさんだけは へんなかおを していた。


 しゅっぱつの まえのよる、おかあさんは ぼくを だきしめて ずっと ないていた。

 ぼくが、どうして ないているの、ときいても おかあさんは おしえて くれなかった。

 そのまま、ひとばんじゅう、おかあさんは なきつづけたんだ。


 つぎのひ、ぼくは しゅうらくじゅうの みんなに みおくられて しゅっぱつした。

 なんだか ぼくは うれしくて わくわくした。

 みっかぐらい あるいて、「マスカダイン」という やまを のぼりつづけて、ぼくは ようやく 「ロウレンティアしんでん」 にたどりついた。

 むらさきいろをした おおきな たてもののまえに、ずらりと おおぜいの ひとが ならんで ぼくのことを むかえてくれた。

 そんな おおきな たてものを みたのは、ぼくは うまれてはじめてで、びっくりしてしまった。

 そのなかで しろいふくを きた せのたかい かみの まっくろな おとこの ひとが ぼくの としを だれかに きいていた。


 ――ろくさいの こどもを つれてくるとは。


 その おとこの ひとは ぼくの かおを みて まっくろな めで にらみつけた。

 そのひとは すごく かっこいい ひとだったけど、すごく こわかった。


 ぼくは なにか わるいことを したのかしらん。

 ぼくは そんなに こわいかおをして にらまれたのは、はじめてで ないてしまった。


 ないてしまった ぼくを、けんぞくや しんかんの おんなのひとが だっこして、しんでんの なかに つれていってくれた。


 ――あなたが こわがることは、なにも ありません。すべて、しんれい「ネママイア」さまの おみちびき。みを ゆだねるだけです。


 しがみつく ぼくを、おんなの ひとたちは やさしく なでて、なぐさめて くれた。


 ――あなたは これから しばらく、このへやに いるのです。ぎしきと じゅんびが おわるまで。なんでも すきなもの をもってきて あげます。なんでも ほしいものを いいなさい。


 ぼくは、おうちに かえりたいです、といった。


 あんなに こわい おとこのひとが いるところには いたくないです。おかあさんに あいたい。


 おんなの ひとたちは こまった かおをして、ひっしに ぼくを なぐさめてくれた。


 しばらくしたら、あまい おかしや おおきな ぶどう、おいしそうな おにくや ぱんが つぎつぎに でてきた。

 ぼくは いつのまにか なきやんで、めのまえの ごちそうを、めいっぱい たべてしまった。

 おなかが くちくなった ぼくは、ねむくなって そのまま、ふかふかの おふとんに よこに なって、すぐに ねむってしまった。

 だって、おうちを はなれたのは、これが はじめてで、ずっと あるきっぱなしだったし、とっても つかれちゃったんだ。



 * * * * *



 よるに なって、ぼくは ゆさぶられて おこされた。

 めを あけると、まえに らんぷをもった、おんなのこが いた。

 ぼくよりも、すこし、としうえの おねえさんみたい だった。

 むらさきの ながい かみのけを していて、ほうせきみたいな きんいろの めをした、とても きれいな おんなのこで、ぼくは どきどきした。

 おまけに そのおんなのこは、まるで おとなの おんなのひと みたいに みょうな かんじで、とっても いいにおいがして、ぼくは くらくらして しまったんだ。


 ――いっしょに あそびましょう。


 おんなのこは、ぼくのてを にぎって、にっこり わらった。

 なんて やわらかいて、だろう。

 ぼくは もっと どきどきして、ぽーっと なってしまった。


 ――いっしょに そとへ いきましょう。


 よるに あそぶなんて はじめてだ。おこられないのかな。

 ぼくたちは よるの しんでんを ぬけだして、もりの なかに はいっていった。

 まっくらな もりでは、おおかみの こえや、ふくろうの なく こえがして、きみわるかったけど、おんなのこは ぜんぜん こわくない みたいだった。

 だからぼくは、ほんとうは こわかったけど、おんなのこに まけたくなくて、こわくないふりを したんだ。


 ――なにをして あそぶの。


 と ぼくが きくと、おんなのこは たちどまって、ぼくを じっと みた。

 そして、いきなり じぶんの きている ふくを ひっぱって、びりびり ひきちぎったんだ。


 ――きゃあああああああああああ!!


 おんなのこは、みみが やぶけるかと おもうくらい、すごく おおきな こえで さけんだ。ぼくは、あまりの こえの おおきさに びっくりして しまった。


 おんなのこは さけびつづけた。

 どうしたんだろう、とわけが わからなくて、ぼくが ぼうっと たちつくして いたら、しんでんのほう から、おとなの ひとたちが いっぱい でてきた。

 そして、ぼくたち ふたりを とりかこんで、がやがやと さわぎだした。


 ――なんて、いまわしい こなの! このわたしに ミダラなことを しようと したわ!


 おんなのこは ぼくを ゆびさして さけんだ。

 ぼくは また びっくりして しまった。

 ミダラ、という ことばの いみは わからなかったけど、おんなのこの ふくを やぶったのは ぼく、ということに しようと していることは わかったんだ。


 ――こどもの くせに、なんてこ! しんじられない!


 まわりの おとなの ひとたちは、みんな びっくりした かおをして、ぼくを みつめた。

 ぼくは なにがなんだか わからなくて、ことばが でてこなかった。

 おとなの ひとたちの なかには、ひるま、ぼくに こわいかおを した おとこの ひともいた。

 でも、そのひとだけは ほかのひとと ちがって、へんな かおを していた。

 なんていうか、わらいたいのを いっしょうけんめい がまんしてる ような、へんなかおを していた。

 めがあった ぼくに、そのおとこの ひとは、また こわいかおを した。

 そのひとの まっくろな めで、みつめられた ぼくは、なにも いえなくなって しまった。


 ぼくの せいじゃない、といいたかったのに。

 だって、おんなのこの ふくを やぶって なにが おもしろいんだろう。そんな わけのわからないこと、ぼくが するわけが ないじゃないか。


 そういいたかったのに、のどまで でかかっていたのに、ぼくはどうしても こえがでなかったんだ。


 ぼくは しんかんの おんなのひとに、てをひかれて、また しんでんのへやに もどされた。

 おとなしく ねなさい、といわれたけど、ぜんぜん ねむれなかった。


 だってくやしくて、かなしくて。

 どうして、あのおんなのこは こんなひどいことを ぼくに したんだろう、っておもったら。

 ぼくは、なみだが でてきて、あさまで ないてしまった。


 * * * * *


 つぎのひ、しんかんや けんぞくの おんなのひとが、ごはんや おかし、のみものを もって へやに きてくれたけど、みんな、きのうとは ちがっていた。

 あんなに みんな やさしかったのに、すごく つめたく なったり、なんだか むりやり わらったみたいな えがおで、ぼくを みた。

 そのようすに、ぼくは とっても かなしくなってしまった。


 あのきれいで、いじわるな おんなのこのせいだ。みんなが、ぼくのことを わるいこだと おもって いるんだ。

 どうして あのこは、あんなことを したんだろう。ぼくのことが きらい なのかな。でも、きのう、はじめて あったばかり なのに。


 そのひは いちにちじゅう、へやで すごして、よるがきて、ぼくはまた、おふとんに よこになると、すぐに ねてしまった。

 きのうの よるは、ねむれなかったから、すごく ねむかったんだ。


 * * * * *


 ゆめの なかで、ぼくは ふしぎな こえを きいた。

 おとこのひとが ふたり、はなしていた。

 そのうちの ひとりのこえは、なんだか ふしぎな こえ だった。

 あたまのなかで きこえるような かんじなんだ。


 ――『おいヨシュア。おまえ、ちが きらいなのに よく こんなこと かんがえつくナ』


 ――なら、おまえが、かわって くれりゃいい ものを。ひんけつを おこしそう だったんだぞ。


 ごそごそ、とものおとも していて、ぼくはすっごく きになったけど、それいじょうに すっごく ねむくて、どうしても めが あけられなかったんだ。


 ――それに しても、さくばんの ミラルディさまには わらった。よくやる。


 ――『……しんかんたちの なかでは、ミラルディさまを うたがっている おとこが、なんにんか いたよナ』


 ――きにするな、アラン、そいつらは「かこのおとこ」だ。ミラルディさまの「おとこ」は いまは おまえだけだ…………たぶん。


 ――『たぶん、かヨ!』


 ――まあ、いいものを みせてもらったな。かえって ああいう かっこうのほうが まっぱだかより、ソソルだろ、おまえも。


 ――『あぁ、まぁナ』


 ふたり? ひとり?

 ぼくの そばに いるのは ひとりだけの ような かんじなのに、こえが ふたりぶんするのは どうして なんだろう。


 ――……よし。こんなものか。


 ――『あしたの しょくじは ごうせいだナ。にくざんまいかヨ』


 ――にくか……きついな。さいきん、いもたれ するように なって……つぎのひまで くる。


 ――『なさけない こと いうなヨ。おまえ、まだ、ミソジにも なってないんだからヨ』


 おにく?

 わあ、うれしい。

 ぼくの いえは そんなに よゆうが ないから、おにくが しょくたくに でるのは、めったに なかった。あした、ここで おにくが いっぱい たべられるんだ。――



 ぼくは、あさの ひかりに めを さました。

 もりから、ことりの なく こえも きこえる。


 あれ、なんだろ、このにおい。

 ぼくは ひどく なまぐさい においに、かおを しかめた。

 たしかに しっている、この におい。

 にくやさんで かいだことが あるような……。


 うっすらと めを あけると、まっかな いろが めに ついた。

 ぼくの かおの ちかくには、ちのついた まるいものが、なんこもなんこも、おいてあったんだ。

 ひめいを あげて、とびおきると。

 ぼくは、おおきな ちまみれの ナイフを、いつのまにか、てに にぎっているのに きがついた。


 ぼたり。


 ぼくの おでこから、なにかが すべりおちた。

 それは、めだまだった。

 ぼくたち にんげんとは ちがう、ひとみがよこに なっている、ヤギやヒツジの めだま。

 それが、ぬらぬらと ぼくを じっとみつめて――――。


 ぼくは、きを うしなって しまった。


 * * * * *


 ――供物の部屋に忍びこんで、献上された家畜を全部殺したのだと。


 ――そのうえ、殺した全ての家畜の目玉をくり抜いたそうだ。その目玉を飾るように自分の周りにおいて、眠っていたのだとよ。


 ――なんと恐ろしい。どうしてそんな子供を連れてきたのか。


 ――アマランスの辺境の集落から連れてきたのだというが、邪神を信仰する民の子じゃないのか。


 ――ナトギの判断が間違ったのにちがいない。とにかく、こんな子供はここには置いておけない。


 ――帰せ。その気味の悪い子供を早く帰せ。


 ――早く、この神殿から出すのだ。



 * * * * *



 ぼくは、おうちに かえされることに なって しまった。



 むらさきいろの れんがの しんでんから、ぼくは おいだされた。

 きたときと ちがって、だれもぼくを、みおくろうとは してくれなかった。

 ひとりの「アマランス」ちほう しゅっしんの しんかんさんが、ぼくを おうちに、おくって くれることに なった。


 ――おまえは、「アマランスの つらよごし」だ。こんなことは、はじめてだ。「うつわこうほ」として きたのに、しんでんから おいだされる ことに なるとはな。


 その しんかんさんは、ぼくに、いやそうな かおを して いった。

 ぼくは かなしくなった。


 さいごに、ロウレンティアしんでんを みようと ふりかえったら、ながいながい かいだんの うえに、あの いじわるな ふたりが ならんでたって、ぼくの ほうを みていた。


 しろい ふくを きた せのたかい、まっくろな かみの おとこの ひとと、むらさきいろの ながい かみをした きんいろの めの、きれいな おんなのこ。

 そのふたりは、ぼくを みて ほほえんで いるように みえた。


 このふたりは ぼくの ことが そんなに きらい だったんだ。だから、そんなに うれしそう なんだ。


 そうおもうと、すごくすごく かなしく なって、ぼくは なみだが にじんだ。


 おうちに かえることに なって よかった。

 あんな いじわるな ひとたちの いるところに いたくないもの。


 ロウレンティアしんでんは だいきらいだと おもった。

 もう にどと、こんなところに きたくない。――


 それから ずいぶんあるいて、ぼくは ぼくの すんでいた しゅうらくに かえった。

 しゅうらくの ひとたちは みんな、ざんねんそうな かおを して ぼくを むかえた。

 ぼくは、はずかしくて、うつむいて あるいた。


 やっぱり、しんかんさんが いったとおり、ぼくは「つらよごし」なんだろうか。


 そのとき、むらの おくから、ぼくの おかあさんが はしってきた。

 おかあさんは ころがりそうに なりながら はしって、はしって。

 くしゃくしゃの かおをして、おかあさんは、ぼくに だきついた。


 ――ああ、オルニオ!


 そのとたん、ぼくは むらのひとの つめたいめも、ロウレンティアしんでんの いやなおもいでも。

 すべてが どうでも よくなったんだ。


 ――おかあさん!


 なきながら、おかあさんに だきついた。

 もういやだ。おかあさんと はなれるのはぜったい、いやだ。


 ――「かみ」のごいしだわ、オルニオ……ああ、かみよ、かんしゃいたします!


 おかあさんは そういって、なきながら ぼくの からだを さすりつづけた。――



 * * * * *



 これは、私の物語である。


 六十年前、子供だったときの私の物語だ。



 あれから私は病のひとつも罹ることなく無事に成長を終え、同じ集落の同じ歳の娘と所帯を持った。

 子供を五人授かり、その子供たちもそれぞれが家庭を持ち、今では孫が二十人いる。


 孫に囲まれ、満ち足りた生活を送りながら、ふと、私は今でも時々思うのだ。

 想像もつかないが、私は今とは全く違う人生を送っていた可能性があったのだろうと。


 あのとき、ロウレンティア神殿から集落へ帰ってきた私に母が言った言葉。


 母の言葉の「神」とは何だったのか。


 もし、その「神」というものが存在するならば、「あの二人」こそ「神の使い」ではなかったのか、と私は考えるのである。


 私が今まで出会った中で一番美しい女性である菫色の髪の金目の少女と。(妻も含めて、私はあの少女以上の美しい女性を見たことがない)

 恐ろしいほどの魅力を持った漆黒の髪の長身の青年神官。


 実はこの二人とは、私は過去に一度だけ再会を果たしたのであるが、その話はまた別の機会に語る事とする。


 今はただ、あの二人に出会えた幸運を感謝するばかりである。

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