73.部活
蛇口をひねると、水では無い何かが出てくるのはホラーの定番だ。
だからと言って蛇口をひねるのが怖い、といった事は全くない。
とある県の学校でジュースの出る蛇口があるというほっこりしたニュースを見てからは、更に恐怖など抱けなくなった。
それなのに何故、私はここにいるのだろうか。
「ホラー同好会へようこそ。あなたを4人目の迷える子羊と認めてあげるわ。」
校舎をふらふらと散策していて、辿り着いた怪しげな雰囲気の教室。
好奇心から開けてしまったのを、私は後悔している。
目の前に広がる光景は頑張ったなという感想しか出ない。
ホラーのポスターを壁一面に貼り、カーテンは黒。
どこかから恐ろしい音楽が小さく鳴っている。
その中で肩を寄せ合って何か話している3人の女の人達が、一斉に私の方を見る。
そしていつの間にか、この怪しげな部活に入る流れになっていた。
最初は遠慮していたのに、部長らしき髪の長い女の先輩が言葉巧みに追い詰め、入部届にサインをさせられ歓迎を受ける。
彼女の後ろから、顔色の悪い背の高い人と少し太っている人が私を覗き込み恐ろしい笑みを浮かべた。
「やったー。若い子が来た。」
「新鮮だね。爽やかだね。今の内に養分を吸い取っておかなくちゃ。」
わざとらしいぐらいに、怪しい雰囲気を頑張って出そうとしている先輩達。
見ていて少し恥ずかしくなるが、本人は必死だろうから何も言わないでおく。
それでも悪い感じがしないので、入部をするのは不思議と嫌では無かった。
部活中の先輩達の奇行にも慣れた頃、こんな話をした。
「昔見たものや聞いたことで、今でも怖いと思う時はある?」
きっかけは部長の言葉からだった。
私達は顔を見合わせて、それぞれ話し始める。
「んー。怖いと思ったねー。私はあれかな。ぬいぐるみが自我を持って、持ち主を襲うようなやつ。なんか怖くない?無機物に襲われるんだよ?」
背の高い先輩に共感する人はいない。
次は太っている人が話し出す。
「私は普通かもしれないけど、コックリさんが怖い。霊を呼び寄せるのをわざわざやるなんて、馬鹿だし。」
それは私も同感だ。
ホラーでありがちだが、何でわざわざ自分を窮地に追い込もうとするんだろう。
そう考えていると、気が付いたら部長が話し出していた。
「私は順位を付けられるのが怖いわ。それによって生まれるのは、闘争心と憎しみだけ。大事という人もいるかもしれないけど、私はそうは思わない。無くなってしまった方が、みんな楽に生きられるわ。」
それは霊というよりも、人間が怖いという感じだろうか。
部長がそんなことを思っていたとは意外だ。
彼女には怖いものなどないと、勝手なイメージを私は持っていた。
格好とか言動とか色々変なのだが、それ以外を見ると完璧と言ってもいいぐらいちゃんとしているからだ。
「それで、あなたはどうなの?」
「え。ああ、はい。」
まだまだ先輩達の知らない所がいっぱいあるんだな。
私が感慨深くなって油断していると、急に話を振られて慌ててしまう。
「怖いと思った、ですか。うーん。むしろ逆に怖くないけど、ずっと考えてしまうのは蛇口の事ですけど。それは話が違いますよね。」
いくら悩んでも怖いと思ったものが考えつかず、私は昔からずっと頭に中にある蛇口の事を話した。
よりにもよって蛇口って。
私は自分が言ったけど呆れてしまう。
先輩達に話すことでは無かった。
すぐに話題を変えようとしたが、それを部長が制す。
「なかなか面白いわ。あなたも知っていると思うけど、ここはそういう所だから。あなたがずっと考えている蛇口も、きっと関係があるのよね。」
みんなくすくすと一斉に笑い出す。
私も釣られて笑いながら、次は何を話そうか考える。
永遠にも思える時間を潰すには、何か楽しいことが必要だ。
私達はどうせ、ここから離れられないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます