51.診断




「ねえねえ。ちょっと面白い診断アプリを見つけたから、一緒にやらない?」


 昼休み中、隣りの席の桃子とくだらない話をしていた時、突然菊池さんが話しかけてきた。


 うわ。始まったよ。

 私は近づいてくる姿に、顔をしかめそうになる。



 クラスメイトの菊池春奈は、大の診断好きで有名だ。

 あまり仲良くも無いのに話しかけてきて、強引にやらせようとしてくる。

 そのせいで彼女はほとんどの人達に、うざいと思われていた。


 私もその中の一人で、前に前に巻き込まれて嫌な思いをしてからは、出来る限り避けていた。

 それなのにまさか話しかけられるとは。


「あ。でもね、これ1人用だから2人のうちのどちらかだけなの。どうする?」


「じゃあ私がやる!」


 面倒だと思っていたら助かった。

 申し訳なさそうに菊池さんが言った言葉に、私はほっとする。

 桃子は、私が彼女を苦手に思っているのを知っているのでフォローしてくれた。


「私は見ているよ。」


 本当に良かった。

 私はようやく彼女に、普通に笑顔を向ける事が出来た。





「じゃあ。いくつか質問をするから正直に答えてね。」


「はいはーい。」


 桃子はわざとらしいほど明るい声を出す。

 場を盛り上げようとしているのか、ふざけているのか分からないけど菊池さんは無視した。


「1、あなたの目の前に道があります。その道の先に何かがいるのが見えました。それは何ですか?」


「大きな熊!」


「2、道を歩いていると、街が見えてきました。それはどれぐらいの大きさですか。」


「えーっと。大きさ?東京ドーム5個分かな。」



 次々と質問をしては桃子が直感で答えを言う。

 それを何問か繰り返していくのを、私はただぼーっと眺めていた。


「はい。質問終わり。じゃあ診断結果ね。……ちょっと待って。今読み込んでいるから。」


 ようやく終わったのかスマホの画面を眺めながら、楽しそうな顔をする菊池さん。

 その顔に何となく不気味さを感じていると、突然私のカバンから音楽が流れた。


 一瞬驚いたが、すぐに電話の着信音だと分かり私は2人にごめんのジェスチャーをすると、電話に出るために教室から離れる。

 電話はお母さんからで、何時に帰ってくるのかというしょうもない用事だった。

 さっさと話を終わらせると、教室へと戻る。



「ごめんね。……あれ?もしかして終わっちゃった?」


 中に入ると、もう帰る準備を始めていた。

 私は驚きつつ、桃子に近寄る。


「どうだった?」


「え。ああ、ええと。うん。」


 どこかボーッとしている桃子は、遠くを見つめてちゃんとした返事をしなかった。

 それに怖くなって、今度は菊池さんを見る。


「ちょっと診断結果に驚いているみたいよ。その内、いつも通りになるわよ。」


 桃子とは反対に活き活きした顔をしている彼女は、私に笑いかける。


「そ、そっか。帰ろう。もう暗くなるし。」


 この場にいる事が息苦しくなって、桃子の腕を掴んで教室を出た。

 菊池さんは何も言わずに、ただ手を振る。

 私にされるがままの桃子を引きずって、その日は家に帰った。





 それから数日が経って、学校中が現在大騒ぎしている。

 何故かというと、みんな菊池さんに診断をしてもらおうと必死になっているからだ。



 あんな事があった次の日、桃子は晴れ晴れとした顔で教室に入ってきた。

 そして真っ先に菊池さんの元に行く。


「すごいね!菊池さん!!昨日の全部当たってたよ!」


 1人で本を読んでいた彼女の手を掴んで、大声で言った桃子に教室中の関心が集まった。

 それだけ異様な光景だったのだ。


「そう?それなら良かった。」


「本当にありがとう!」



「ねえねえ何の話しているの?」


 みんなが遠巻きにしている中で、勇気のある子が恐る恐る話しかけた。


「昨日、菊池さんに診断をしてもらったんだけど、それが見事に全部当たっていたの!」


 桃子は興奮していて、今にも踊りだしそうだ。そんないつもとは違う彼女の様子を見て、みんな何か思うものがあったらしい。


 気がついたら1人、また1人と菊池さんに診断をやってもらっていて。

 そして彼女の信者と言っても大げさじゃない人達が、どんどん増えていった。




 私はそれを遠巻きに見つめながら、ため息をついた。

 あれから桃子とは疎遠になっている。


 彼女もまた、菊池さんにいつもくっついて気持ち悪い笑みを浮かべているのだ。



「みんな、おかしいよ。」



 そう呟いた言葉は、むなしく響いた。





 ある日の放課後。

 私は先生に色々な用事を頼まれて、1人教室に残っていた。


 普通は違う人がやるような仕事。

 しかし今はみんなが、変な状態だから仕方がないのかもしれない。



 静かな教室で黙々と作業を進めていると、突然大きな音を立てて扉が開いた。

 驚きながら音のなった方を見ると、そこには菊池さんの姿があった。


「まだ残っていたの?えらいね。」


「いや。そうでも無いよ。」


 何で菊池さんが。

 舌打ちしたくなる気持ちを必死に抑えながら、私は作業に集中を戻した。





「ねえ。」


「何?」


 早くさっさと帰れ。

 そう思って視界に入れないでいたのに、彼女は空気を読まずに私の前の席に座った。

 しかも話しかけてきたので、仕方なく顔を彼女に向ける。


 頬杖をついてこちらを見ている彼女は、この前みたいに楽しそうな顔をしていた。



「何であなたは私の診断を受けないの?他のみんなは受けたのに。」


「そ、そういうのあまり信じてないから。」



 息苦しい。

 すべてを投げ出して、彼女から逃げたいと思ってしまう。

 しかし体が、私の意志とは裏腹にピクリとも動いてくれない。


 そうこうしているうちに、さらに菊池さんは話を続ける。



「まあ勝手に診断しておいたから聞いて。あなたは周りに流されない。そして興味が無い。さらには馬鹿にもしているでしょ?」


「ちがっ。」


 声を出すのも苦しくなってきた。

 目の前の彼女からとてつもないプレッシャーを感じる。



「ずーっと、そんなあなたを見ていた診断結果は。」



 私はゴクリと息を飲んだ。





「じゃーん。帰り道に気をつけろ!……まあ気をつけた所で結果は同じなんだけどね。さようならだ。この世から。あはは!!」



 とても楽しそうに笑う菊池さん。

 だから嫌だったのだ。彼女と関わるのは。












 傲慢、自己中心的、人を見下す、自分には何か特別な力を持っていると考えている。

 私の診断では、こういうタイプはすぐ調子に乗る。だから邪魔になる前にどうにかしなくては。

 しかしいちいちそれを矯正するのは、手間がかかってしょうがない。

 それでも今回は、向こうが悪い。

 何もしてこなければ、関わらないままで終わらせてあげたのに。



 私は彼女を見つめながら、最短で出来る計画を頭の中で組み立て始めていた。






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