50.バス停で





 最悪だ。

 まさか車のバッテリーが上がってしまうとは。



 私は寒さに凍えながら、バスを待っていた。

 今日は、どうしても大事な授業の日だった。


 それなのにいつも乗っている愛車が、こんな日に限ってエンジンがかからない。

 運転席で頭が真っ白になりかけた私は、急いでスマホを取り出し最寄りのバス停を検索した。

 そして思っていたよりも近くにあるのを見つけると、一度家に戻る。


 車で行こうと思っていたので、あまり防寒対策をしていない格好だった。だから家の中をひっ繰り回して、マフラーと手袋を見つけてつけた。

 もう一枚着こもうかとも思ったけど、動きにくくなるのも嫌だったのでやめる。




「うわ。さむ。」


 歩道を歩いていると、向かい風が私の顔を攻撃してくる。

 マフラーを鼻の下まで引き上げるが、寒さは全くやわらがない。


 私は顔をしかめて、歩いた。

 百メートルほどを歩くと、前の方にバス停が見える。

 一応、風よけがあるようなのでありがたい。


 風邪から早く逃れたくて早歩きで行くと、何人かがすでにいた。

 私は根っからの人見知りなので、少し気まずい気持ちになりながら近づく。


 そうすると大体の人がこちらをちらりと見て、そして興味の無い顔をする。

 普通の反応なのだろうが、気分のいいものでは無い。


 私は俯いて、こそこそと列の後ろに並んだ。



 バスが来る時間までは、まだ少しある。

 スマホを取り出し時間を確認すると、暇つぶしにゲーム画面を開いた。

 今流行りのゲームは、乙女ゲーム要素とRPG要素が混ぜこまれていて面白い。


 ちょうどイベントが始まっているので、集中してやっていると、バスが来たようだ。

 慌てて画面を消し顔を上げる。


「……あれ?」


 私の前には誰もいなかった。

 バスにもう乗ったのかと思ったら、まだドアは開いていない。

 4~5人はいたであろう人が誰もいなくなっているとは。


 ゲームに集中している間に、別のバスでも来ていたのだろうか。

 首を傾げながら乗り込んだ。





 次の日。

 何時も頼んでいる業者が休みだったので、今日もまだ車は使えなかった。

 仕方なく私は昨日と同じバス停に向かう。

 一緒の時間帯だからか、また昨日と同じ人達が並んでいた。

 同じ様に顔を見られて、気まずい思いをしつつ列の後ろに行く。


 イベントをする気になれず、イヤホンを耳にさして音楽を聴いていた。

 好きなアーティストの新曲はバラードで、その歌詞が共感出来ると話題になっている。私もこの曲は聞いた瞬間から好きになった。

 低く甘い声はイヤホン越しに聞くと、囁かれているみたいで悶えてしまう。


 聞き終わると、ちょうどバスも来たようだ。

 私はイヤホンを外して、そして固まった。


 いない。

 今日も私の前に誰もいなかった。


「え。何で。」


 驚いて私は呟いてしまう。

 今回、音楽を聴いている時は少し視線をそらしていたが、しかし誰かがどこかへ行こうとしたら分かるはずだった。

 誰も動いた気配は無かった。

 それなのにいない。


 いくら何でもおかしいと思ったのだが、バスのドアが開いて中の人がこちらを見ていたので、慌てて乗った。





 あれは何だったのだろうか。

 帰りのバスに乗りながら、私は外を眺めた。


 一日中ずっと考えていたが、答えは出ない。

 気が付いたらいなくなっていた人達。


 思い出してみても、あのバス停にいたのは普通の人だった。

 私の事をからかうような感じでもなかったし、老若男女様々だったのでお互いが知り合いでもないはずだ。



 それなのに何で全員が消えてしまったのか。


「もしかして幽霊?……そんなわけないか。」


 段々と暗くなっていく外の様子を眺めながら、私はひとり言を言って笑った。

 それじゃあ、あまりにも現実味が無い。



 そんな事を思っていると、アナウンスが最寄り駅の名前を言った。

 近くのボタンを押す。

 軽やかな音を立てて、そして次に止まるというアナウンスが流れた。


 財布の中からあらかじめ用意しておいたお金を取り出す。

 ゆっくりとバスが停まると、私は立ち上がりお金を機械に入れて降りた。


 家までは横断歩道を渡らなきゃ帰れないので、少し回り道をするが安全の為そこまで歩く。

 その途中、道路の向こう側にあのバス停が見えた。

 まだバスが来る時間なので、顔がはっきりとは分からないが何人かがいる。



 何だか私は違和感があって、立ち止まり向こう側を目をこらして見た。

 視力が良い方じゃないから最初はよく分からなかったけど、よくよく観察していると気づく。


「嘘……何で。」


 それは昨日も今日の朝も見た。

 同じ人達、同じ格好、同じ並び。


 私は数歩後ずさる。

 その時、少し音が鳴ってしまった。地面と靴底がこすれただけの本当に小さな音。


「ひっ‼」


 それなのに向こう側にいる人達が、その音に反応してこちらをパッと見た。

 驚いてしまってしりもちをついてしまう。

 襲い掛かった鈍い痛みに、私はうずくまった。


 じんじんと、骨折したのではないかというぐらい痛くて涙が出た。

 いつの間にか目を閉じていて、怖かったが恐る恐る顔を上げる。



 バス停には誰もいなかった。

 今はそのことにほっとして、私は安心からため息をつく。





 その時、私の肩を誰かが叩いた。

 恐怖から声も出せない。


 ただ震えて、震えて、震えて、震えて。




「大丈夫ですか?」


 後ろから聞こえてきた声は、若い女性のものだった。

 あの人達の中にいなかった若い女性。


 転んでいる私を心配してくれた優しい人か。私は大丈夫だと伝えようと後ろを振り返る。



「あ。大丈夫です。すみませ」



「「「「「それは良かった。」」」」」









 今、私はバス停に並んでいる。

 誰も見えない。バスもとまらない。


 いつか仲間が増えるのを、ただ待ち続けるだけ。




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