49.相席




 雑誌やテレビでよく出ている、有名なカフェに1人で来た。

 平日のお昼を過ぎた時間にもかかわらず、お店は開いている席が見当たらない程混んでいる。


「どのぐらい待つのかな……あまり長いならやめようかな。」


 私は並んでいる行列を見てげんなりとした。

 近くにいた店員に待ち時間を聞こうと話しかける。


「すみません。今から並んだら、どのぐらいでお店に入れますか?」


「えーっと、もしかしたら2時間ぐらいは……あ、でも相席でもよろしければすぐにご案内できますよ。」


 店員は今までに何度も聞かれているのだろう、すぐに答えてくれた。

 話を聞いた私は考える。


 相席か。

 一度もした事が無いから、どうしようかと思ってしまう。

 しかし2時間も待つぐらいだったら、知らない人が前にいても我慢するか。合わなそうな人だったら話しかけなければいいのだから。


「じゃあ相席でお願いします。」


「かしこまりました。では、こちらへどうぞ。」


 店員は営業スマイルで私の前を歩く。

 その後ろを歩きながら、相席の人が変な人じゃないと良いなと思った。





「失礼いたします。注文がお決まり次第、あちらのボタンを押してください。」


 案内された先には、私と同じ年ぐらいの女の人がいた。

 私はぺこりと、その人にお辞儀をして席に座る。


 その女の人は読んでいた本から顔を上げて軽く会釈し、また本に目線を戻す。


「失礼します。」


「どうぞ。」


 私はもう一度、頭を下げて静かに席に座った。

 人が多いからか少しざわめきがあるけど、良い雰囲気だ。


 私はメニューを広げる。

 長ったらしい何の種類か分からないようなものじゃなく、シンプルな写真すらものっていなくて、それも良い。

 その中から飲み物と食べ物を1つずつ選んで、私はボタンを押す。


 音が鳴らないタイプらしく、ボタンは何も言わなかった。

 こういうのは壊れているんじゃないかと不安になって何回も押してしまいそうになるが、我慢して店員が来るのを待つ。


「はい。」


 少し経ってから、先ほど案内してくれた人とは違う店員が来た。

 私はメニューをその人に向けて、注文をしようとする。


「ダージリンのホットと、本日のおすすめケーキを1つ。」


 しかし私が言う前に、前にいる女の人が先に口を開いた。

 そして女の人が言ったのは、ちょうど注文しようと決めていたもの。


「そうよね?じゃあお願いします。」


 彼女は私に微笑みかけた。

 反射的にうなずいてしまい、そのまま店員も去っていく。


「え。何で。」


「あなたとお近づきになりたくて。勝手にやってしまってごめんね。」


 私は別に彼女に何を頼もうとしたか教えていない。

 それなのに何で。

 そういう意味での問いかけだったのに、彼女は別の意味にとらえたようだ。


 面倒だから訂正しないで、彼女の顔を見た。


 真っ赤な口元が特徴的な女の人は、怪しげな雰囲気でとても綺麗だった。目と目が合うと、何だかとても恥ずかしくなってしまう。


「えっと。私、相席って初めてなんですよね。ちょっと緊張してて。」


「そう。私も初めてなの。いつもならこういうのしないんだけど、今日は何だかそんな気分になっちゃって。だから私とあなたがあったのは偶然で運命なのかもね。」


 同性なのに、まるで口説かれているみたいだ。

 さらに恥ずかしくなってしまって、私はうつむいた。


「あ。あなたの来たわよ。」


「お待たせいたしました。ダージリンのホットと本日のケーキです。」


 女の人の言葉に被さるぐらいのタイミングで、私の前に頼んだものが置かれる。

 顔を上げて店員にお礼を言った。

 そうすると自然と彼女の事も目に入る。


 彼女はまだ私を見ていた。

 それに驚いて、少し体がびくっと動いてしまう。


「冷めないうちに食べたほうが良いわ。ここのケーキも紅茶も出来たてが美味しいのよ。」


「は、はい。」


 彼女の視線にさらされながら、私はフォークでケーキを切り分け口に運ぶ。

 今日は苺のタルトで、普段だったら美味しいはずなのに全然味がしない。


「ふふふ。見ていたら食べづらい?ごめんなさいね。何だか食べている姿が可愛くて。」


 そう言ってずっと見てくる。

 何だか居たたまれなくなって、急いでケーキと紅茶を飲んだ。


 そしてそのまま立ち去ろうとしたら、ガシッと腕を掴まれる。


「な、何ですか。はなしてくださいっ。」


 腕を振って外そうとするが、見た目の予想を裏切って彼女の力は強い。

 変な人だと思って、私は周りの人に助けを求めようとしようとした。


 しかしその前に女の人が言った言葉に、固まってしまう。


「こころ。まだ苺が好きなのね。私のせいで苦労を掛けてごめんね。大好きよ。いつも見守っているから。」


 私がそれに何か答える前に、ぱっと手を放されて反動から倒れそうになった。

 いくらなんでも危ないと文句を言おうとした。その瞬間、彼女を見ちゃ駄目だと頭の中で警報が鳴って、怖くなってしまい急いで会計を済ませて店を出た。




 家に帰って冷静に女の人の事を、よく考えた。

 そしてすぐに1つの結論にたどり着く。


 あれはお母さんだったのではないか。

 苺が好きなのを周りに言った事が無いし、お母さんは私が小さい時に死んだ。そのせいで色々寂しい思いをした。



 顔もあまり覚えていないお母さん。

 ずっと私を見守ってくれると言っていた。

 思い出したら、どんどん涙があふれ出してくる。


 その思い出を大事にしたくて、私は押入れの中から古い写真の入った缶を取り出した。



 開けると、私が小さい時の姿がたくさんある。

 一枚一枚を眺めて懐かしみながら、写真を見る。


 大体が私か姉、お父さんが写っているものしかなくて、お母さんの写真がなかなか見つからない。

 しかしお父さんに頼み込んで、お母さんが写っているものをもらったはずだからどこかにあるはず。


 楽しみながら見続けていると、最後の写真になってしまった。

 それは裏返しになっていて、爪を使ってめくろうとしても中々取れない。

 きっとこれがお母さんの写真のはずなのに。


 焦る気持ちが邪魔をする。


 カリカリ


 カリカリ


 缶の上を爪が滑る音が部屋に響く。

 そしてようやく写真に引っ掛かり、私は勢いよく写真をひっくり返した。




 裏返された写真は家族の集合写真だった。

 私、姉、お父さん、そして。






 私の隣りで微笑む女の人は、全く見覚えの無い顔だった。





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