24.お年玉



 一年に一度、たくさんのお金を集められる時期。


 私はおばあちゃんの家に向かう車の中で、貰えるお年玉の金額の事だけを考えていた。

 隣りでは3歳の妹、ことのが間抜けな顔で寝ている。


 去年はまだ中学生になったばかりだったからそんなに貰えなかったが、今年はもう少し期待しても良いだろう。



 集まったお金で何を買おうか。

 お母さんがうるさいから少し貯金しなくちゃいけないけど、それでも色々と出来るだろう。


「亜希。ことちゃん。そろそろ着くわよ。」


「はーい。」


 見覚えのある景色。

 ようやく着くのか。2時間ぐらいはかかっているので、体が少し痛い。

 それでも貰えるものを考えたら、仕方ないと思うか。





「亜希ちゃん。ことのちゃん。大きくなったねえ。」


「おばあちゃん、久しぶり。」


 毎年、同じやりとり。

 大きくなった大きくなったって、それ以外言う事は無いのか。

 いつもの返しをしながら、私は内心でげんなりしていた。


 それでも顔に出さないのは、印象を悪くしない為だ。


「おじいちゃんも楽しみに待っていたから、顔を出してあげて。」


「……うん、分かった。」


 しかしニコニコとしたおばあちゃんが言った言葉に、顔が少し引きつってしまう。

 おじいちゃんか……数年前から寝たきりになってしまったおじいちゃんを、私はあまり好きではなかった。

 おじいちゃんのいる和室は、何だか暗くてじめじめしていて正直に言うと気味が悪い。


 だから行きたくないのだが。


「じゃあことちゃんも、一緒におじいちゃんの所に行こうね。」


「うん‼」


 ことのはお母さんに連れられて嬉しそうに歩いている。私はその後ろをゆっくりと歩きながらため息をついた。


「おじいちゃーん!」


「お父さん。」


「……。」


 やっぱりここは気味が悪い。

 ここで息をするのも嫌で、私は出来る限りおじいちゃんから離れたところに立つ。


 お母さんとことのは嬉しそうに話しかけているが、そうやって近づける意味が分からない。

 寝たきりのおじいちゃんは、今は眠っているようで動かず何も言わない。

 起きていると、この部屋にいる時間が長引いてしまうので良かった。


 私はさっさと部屋から出たくて、少しだけ障子を開けて外の新鮮な空気を吸う。


「じゃあ、お父さん。また来るからね。」


「またねー。」


 ようやく挨拶が終わったようだ。

 私はおじいちゃんに何も声をかけず、すぐに部屋から出た。


 お母さんがそんな私を少し怒った顔で見ていたが、いつもの事なので何も言わない。





 おじいちゃんの存在が無ければ、ここで過ごす時間は嫌いじゃない。

 おばあちゃんの手料理はお母さんのよりも美味しいし、田舎というのもたまになら楽しいものだ。


「はい。亜希ちゃん、ことのちゃん。お年玉だよ。」


「ありがとう!」


「ありがとー!」


 それにお待ちかねのお年玉ももらえる。

 私は手渡されたポチ袋を満面の笑みで受け取る。隣りでことのも意味は分かっていないが、私の真似をしてお礼を言った。


「トイレ行ってくるね。」


 私はそういうと部屋を出る。そして少し離れると、早速封を開けた。

 今年はどのぐらい貰えたか中身を確認するためだ。

 前におばあちゃんの目の前で開けた時に、お母さんにはしたないとものすごく怒られた事がある。

 だから一応、気を利かせて部屋を離れたのだ。



 中身を開けて、中身を確認した私はすぐに驚きの声をあげてしまう。


「何これ。少なくなってる!」


 去年よりもお金が少ない。

 増えるならまだしも減っているとはどういう事だ。


 もしかして入れるお金を間違えたのか。

 私はおばあちゃんに文句を言おうと、部屋へと戻る。


 しかし部屋に入る寸前、中からおばあちゃんとお母さんの話し声が聞こえて、開けるのを止めた。


「すぐに亜希ちゃんも気づくと思うけど、今年はお年玉の金額が少ないのよ。ごめんなさいねえ。」


「良いの良いの。気にしないで。」


 どうやらお年玉の話をしているようだ。

 私は声を潜めて、話を聞くために耳を当てた。


「おじいちゃんの病院代とか色々あって、お年玉に出せる余裕が無いのよ。亜希ちゃんにはあとでそう言ってあげて。楽しみにしていただろうから、がっかりするでしょう。」


「あの子。それだけの為にここに来るからね。お父さんにも全然挨拶しないし。やらなくていいわよ。あんまりここにも連れてきたくないんだから。」


 私は壁に耳を当てながら、恥ずかしくなるのを感じた。

 お母さんはそんな事を思っていたのか。確かに私の態度も良いものじゃなかったけど、そこまで言うほどだろうか。


 私は段々と怒りがわいてきて、その場を静かに離れた。

 向かう先は決まっている。





「おじいちゃんなんか死んじゃえばいいんだ。」


 私はおじいちゃんに近づいて、耳元で囁く。

 まだ眠っているおじいちゃんは何も言わない。


「いつまでも寝たきりになっているから、みんな迷惑しているんだよ。私だっておじいちゃんのせいでお年玉も貰えなかったし、色々と言われたんだから。本当、死んじゃえ。」


 言うだけ言ったら、少し怒りも収まってきた。

 私は満足しておじいちゃんの部屋を出る。





 それからおばあちゃん達のいる部屋へと戻ると、2人とも先ほどの話は嘘かの様にいつも通りだった。

 私も特には何も言わずことのの相手をする。


 3歳だからまだ何も知らないことのは、のんきで少しむかつく。

 しかし可愛い時もあるので、好きでもないが嫌いでもない。

 時々、私はほっぺを軽くつねったりしてストレスを発散しつつ時間を過ごした。





 何だかおばあちゃんとお母さんが騒がしい。

 バタバタと動き回ったり、どこかに電話をかけたりしている。

 どうしたのか聞いても何も答えてくれないので、私は気になるが深くは聞かなかった。

 それが悪かったのか、2人は私とことのを置いてどこかへと行ってしまう。


 残された私達は少しの時間、遊んでいたがそのうち疲れてしまいいつの間にか寝てしまっていた。







 ドン


 ドン……ドン……ドン


 どこからかそんな音がして、私の意識は覚醒する。

 何の音だろう。


 未だ鳴り続けている音は、廊下から聞こえてくるようだ。



 お母さん達が帰ってきたのかな?

 そう思って起き上がろうとした時、ハアハアと野太い男の息遣いも聞こえてきて私は固まってしまった。


 お母さん達じゃない。

 一体何?

 ドンドンというのは、どうやら歩いてくる音のようで、しかもこの部屋に近づいてきていた。


 来ないで、来ないで。

 目をつむって必死に願うが、とうとうその足音は部屋の前で止まった。




 するすると障子が開かれる音。

 それは静かに中へと入ってきた。


 私はその時、入ってきたのがおじいちゃんだと分かった。

 おじいちゃんの部屋に入った時と同じ匂いが、急に匂ってきたからだ。



 でもおじいちゃんは歩ける力はもう無い。

 だからここに来られるわけがないはずなのに。




 まさか、私が死ねって言ったから。本当に死んじゃったの?


 私は目を深くつむりながら、震える手を必死に抑えた。

 もしかしたらそんな私を怒って、おじいちゃんは一緒に連れて行こうとしているんじゃ。


 そこまで考えたら、私は恐怖からとっさに叫んでしまった。


「ごめんなさい!お年玉が少ないから死んじゃえって言ってごめんなさい!!だからおじいちゃん連れて行かないで‼ごめんなさいごめんなさい!!」


 その足音の主は一瞬、動きを止める気配がした。

 私は怖くて目を開けられず、必死に謝った。















「分かったよ。連れてかない。」


 生臭い息が顔にかかり、笑いながら耳元でそう囁かれる。

 あまりの恐怖に私はそのまま意識を失ってしまった。



















「亜希。亜希。」


 お母さんの声がする。

 私は強く揺すられ、意識を取り戻した。


 目を開けると必死な顔をしたお母さんの顔が見える。

 安堵から、私の目から涙があふれてきた。


「ご、ごめんなさっ。私、おじいちゃんにっ。酷い事言ってっ。おじいちゃん、死んじゃっ。」


 お母さんの胸に顔をうずめ、息も絶え絶えに私は泣く。

 背中をゆっくりと擦りながら、お母さんは私に話しかけてくる。


「怖い夢でも見たの?おじいちゃんは死んでなんかないわよ。」


「……え?でも。さっきバタバタしてた。」


 意味が分からず、私は顔をあげた。

 驚いて涙も止まってしまった。


「ああ。さっき不審者が出たって連絡があって。詳しい事を聞きに行ってたのよ。それで勘違いしていたの?まったく。」


 お母さんは呆れた顔をする。

 私は自分の勘違いに恥ずかしくなって、また顔をうずめた。


 何だ。

 あれは夢だったのか。



 でも私が酷い事を言ったから、そんな夢を見てしまったのかもしれない。

 後でおじいちゃんに謝らなきゃ。


 私は今までの行動を反省した。

 そして夢だった事に、安心する。




























































「ねえ、亜希。ことちゃんはどこにいるの?トイレ?さっきから呼んでいるのに出てこないのよ。」


 しかし続くお母さんの言葉に、私の顔は凍り付いた。





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