22.ランキング



 私は常に一位。

 それ以外をとったことの無い、いわゆる勝ち組だ。


 皆、私の足元にも及ばない愚民。

 ライバルにもならなすぎて、つまらなくなる時がある。




 しかしそれが最近、脅かされている。



「月乃ちゃん惜しい。1位とあと3点差だったね。」


「ええ。今回は頑張ったから、2位でも嬉しいわ。」


 貼り出された定期テストの順位表の前で、私はいつもと変わらぬ順位を確認していると、そんな声が聞こえてきた。

 私はもう一度、表を見る。


 確かに私のすぐ下にある名前は、私と3点差だ。


 また、あいつか。

 隣で話す2人組を見て、下唇を嚙んだ。



 この前のテストでも、あの名前は見た。

 しかし、もっと点数の差は開いていたはずなのに。


 それなのにあと3点で追いつかれてしまう。


 初めは気にも留めていなかったが、今は私の下にある名前が憎いと思った。


 蓮杖月乃。

 私はその名前を睨む。


 今までまったく気にしていなかった愚民に、ここまでかき回されるのは私のプライドが許さない。

 蓮杖には格の違いというものを見せつけてあげなくては。


 私は鼻で笑うと、その場を振り返らず帰った。





 それから次のテストに向けて、いつもはあまりしない勉強を少しだけやってみた。

 もともと理解出来ているから、つまらないし面倒だった。


 それでもやる気が無くなってきたら、あの女の顔を思い出せば勉強がはかどる。

 これなら次のテストも完璧。


 段々と私は楽しみになっていった。





 何故?どうして?

 私は声も出せず愕然とする。


 今日は万全の準備をしてのぞんだ、テストの結果が貼り出される日だった。

 どうせ圧倒的な差をつけて1位だろうと、私は余裕をもって見に来た。


 しかし貼り出されている結果は、私と蓮杖が同率1位。

 ありえない。

 私があそこまでやったのに。

 怒りから私はいつもの笑みを浮かべる事が出来ない。


 容姿端麗、品行方正、誰にでも分け隔てなく優しくいこの私が、今の顔を他の人に見せるわけにはいかない。


 とにかくこの場から離れよう。

 私はきびすを返す。


「きゃっ。」


「あ。ごめんなさい。怪我は……。」


 その時、ちょうどテスト結果を見に来た人とぶつかってしまった。

 その子は転んでしまい、慌てて私は手を差し出す。


 しかしその子が顔をあげた瞬間、私の顔は引きつる。


 そいつは蓮杖だった。

 打った腰をさすって、涙目になっている。

 隣りで、いつも蓮杖と一緒にいる女が心配そうに声をかけた。


「大丈夫?月乃ちゃん?」


「いたたた。大丈夫大丈夫。ごめんなさい、私の方こそ前をちゃんと見ていなかったから……。あ、あなた。いつもテストで1位の。」


 私は出してしまった手をひっこめる事が出来ず、蓮杖が握ってくるのを我慢するしかなかった。

 触られた手を、早く洗ってしまいたい。


 さっさとその場から立ち去ろうとしたが、私の顔を見た蓮杖がぱっと顔を輝かせて話しかけてくる。


「ええ。あなたは蓮杖さんよね。あなたも凄いじゃない。」


「私の名前知っているんだ。……あ!今回のテストあなたと一緒の点数だったんだ。自信が無かったから嬉しい!!」


 話しかけていただけでも最悪なのに、あろうことか蓮杖はとんでもない発言をした。


 今回は自信が無かった?


 それで私と同じ点数。こいつは私を馬鹿にしているのか。


 私は意識して笑みを作っていたが、少しでも気を抜いたら蓮杖を睨んでしまいそうだった。


「そう。これからもお互い切磋琢磨しましょう。」


「うん。今度は順位を落とさないように頑張るよ!」


 ニコニコとしまりのない顔で笑う蓮杖を勢いで叩いてしまう前に、私は話を終わらせて去ろうとする。

 後ろで何か言っていたが、私の耳には届かない。


 ただただ頭の中では、憎しみの感情が渦巻いていた。






 次のテストまでは少しの期間があり、私はその間に段々と落ち着きを取り戻していた。

 たまたまだったのだ。

 偶然が重なって良い点数が取れただけ。


 そう結論付けて私はいつもの日常を送っていた。





 最悪だ。

 私は誰もいない廊下を、荒々しい足取りで歩いていた。むしろほぼほぼ走っている。

 そうでもしないと何かにあたってしまいそうだった。


 思い出すのは先ほど聞いた会話。

 教室に忘れ物をしたから取りに言った時、まだ残っていた数人の男子達が話していた。


「なあなあ。蓮杖さん可愛いよな。腰まである髪がさらさら過ぎて、一度触ってみたいわ。」


「分かる分かる。それにテストでも1位だったし。可愛いのに何でも出来るって最高じゃね。」


「だよな。じゃあ可愛い女子ランキング1位で、みんな文句無いな。」


 私は扉を開けようとしていた手を下す。

 そして中の人達に気が付かれない為に、静かにその場から立ち去った。


 歩いている内に、私は怒りが沸き上がっていくのを感じた。



 またか。

 またあの女は私の前に立ちふさがる。


 しかも1位だと。

 そんなの許せるわけがない。

 何のために私が、嫌々ながらも優しくしてきたのだ。



 許せない。

 許せない。

 次のテストで覚えていろよ。


 私は帰りながら強く決意した。




 その日から私は寝る暇も惜しんで、勉強をし始めた。

 全てを完璧に。全て出来るまでやった。


 その為、テスト当日は頭は痛いし体も不調を訴えていたが、休んでいられるわけが無いので私は気力だけで学校に来た。


 テストの時間ギリギリまで見直しを欠かさず、納得のいく答えで用紙を埋める。

 全教科が終わる日には、疲労で今にも倒れそうなぐらい私はやり切った。





 結果がこれか。

 私はもう怒る気分にもなれない。


 もう願うぐらい待ち望んでいた結果発表の日。

 全ての苦労が報われると見上げた順位は、2位だった。


「は、はは。あはは。」


 私は1教科だけ99点で、あとは全部満点だった。

 しかしその私の上がいるという事は。


 蓮杖は全ての教科で満点を取っていたのだ。


 もはや笑いしか出ない。

 それぐらい私の心はぽっきりと折れていた。


 あいつが来る前にどこかへ行こう。

 話しかけられたら、どんな取り乱し方をするか分からない。


 私はふらふらと歩いた。




 1位じゃない私にどんな価値があるのだ。

 馬鹿にしていた奴等と同じじゃないか。


 チャイムが鳴ったのがどこかで聞こえたが、私はただただ彷徨っていた。


 どうしようどうしよう。

 テストの結果をお母さんに何て伝えればいいんだろう。


 家に帰るのが怖い。

 教室に行くのも怖い。


 私は気が付けば、誰も来ないような空き教室の中にいた。

 初めて来た。

 使われていないからか薄暗くてほこりっぽい。


 普段だったら絶対に来ない場所だが、今の私にはお似合いだ。

 私は中を見回し、壁に貼られた模造紙に目を止める。


 比較的新しい紙には、何かのランキングが書かれていた。

 何だろうと目を凝らして、その文字を確認した私は笑う。



 これなら私にも出来そうだ。

 1位になれる。


 私は1位になれる喜びをかみしめながら、教室を出た。

 目指すは屋上だ。
































 彼女が出ていった後、私は入れ違いに教室の中へと入った。


 あの様子なら上手くいったはず。

 私は真っ先に模造紙の所へ行くと、丁寧にそれを取る。


「人って追い詰められると、こんなのでも信じ込んじゃうんだ。面白い。本当、頑張ったかいがあったわ。」


 くすくすと耐えきれない笑いが出てしまう。

 勉強をする時間が無駄にならなくて良かった。


「……そろそろかな?」


 私が耳を澄ますと、窓の外から重いものが落ちる鈍い音がちょうど聞こえてくる。


「上出来ね。」


 私は彼女を称賛して拍手を送った。





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