気の持ちよう

 クリスマスシーズンが到来したが、コロナ禍で浮かれてもいられない……と思いながら歩く男の足取りは重かった。仕事帰りの男は、いつもの人家のない裏通りに『やる気! 元気! エーキ!』という文字がチカチカと左から右へと流れていく電飾看板を見た。

 あれ? こんな店あったかな――男は、エーキの意味は分からないが何か気分を上げてくれそうな店だと思い、自然と店の中へ吸い寄せられていった。

「いらっしゃいませ」

 穏やかな声でカウンターから声を掛けたのは、黒地に白のドット柄のシャツを着た痩身の男だった。カウンターの奥へ通された仕事帰りの男は、病院の診察室のようなところで椅子に座り、ドット柄の男と向かい合った。


「私、あなたの気をクリエイトするおにあたまと書いて、鬼頭きとう元気げんきと申します」とドット柄の男が穏やかな声で自己紹介した。

「看板の元気っていうのは先生の名前だったんですね。体が元気になるようなマッサージ的なのかと思って……それにしても先生、今でこそあれでしょうけど……いじら――」

 鬼頭は男の話を遮り「今から!」と大きな声を出した。

「!?」

「あなたに気をあげます」

 再び穏やかな声で言うと、鬼頭は男に向かって手をかざした。

「発射します!」

「急に大声! やる気って、気をくれるってことなんですね……」と男は看板の文字を思い出した。

「これであなたにも気を感じることが出来るはずです。手をこう……おにぎりを握るような感じで……手と手とは触れずにちょっと離してください。」

 男は鬼頭の真似をする。

「どうです? 少し温かい感じがすると思いますが?」

「ええ、まあ――」

「それが気です。その気をさらに高めていきます。手を頭の上に高く伸ばしてください。そう、そして手の平を天に向けて気を持ちます」

「このポーズは――」

 男は子供の頃に友達と遊んだ時のことを思い出した。


「――私に続いて言ってください。イーキ! はいどうぞ」

「また急に大声! 良い気……ですか?」

「イェーキ! はい」

「ん? イェ―キ?」

「さあ言ってください。ィエーキ!」

「だんだん変わって……まあ、良いか。じゃあ……イーキ!」

「違います! ィエーキ! はい!」

「ィ、ィエーキ!」

「しゃくりが足りない! もっとしゃくって! はい、エーキ!」

「エーキになった! 看板のエーキってこのことね……最初っからエーキって言えばいいのに」

 男は顎をしゃくり、「エーキ!」と大声を出した。

「もっと出して! セイ!」

 鬼頭がもっと声を大きく出すように指示する。

「エーキ!」

「続けていきますよ! セイ!」

「エーキ!」

「セイ!」

「エーキ!」

「出して! 世界中から気を集めるようにもっと声出して! セイ!」

「エーキ!」

「もっと! もっとかけて! 世界中のみんなに声かけるように! セイ!」

「エーキ!」

「もっとかけて! 声かけてこー! 枯れるまで! セイ!」

「エーキ!」

「シャッ! セーイ! 出して! 枯れるまで! セイ!」

「エーキ!」


「どうですか? さっきより体全体が温まってきたんじゃないですか?」

 鬼頭は荒くなった息を抑えて穏やかな声で男に聞いた。

「そう……ですね。さっきよりは――」

「高まった気が体中を巡ったということです」

「ん~、いや……気というよりはなんか普通に声出しで温まったというか……しゃくり続けて顎も疲れたし、腕も――」

「あなたにはこの持ち方が合わなかったかもしれないですね……」

「持ち方ですか?」

「はい。私のように気に精通してる者は持ち方などは関係なく、夢の中でも出せるくらいの気があります。ただ、フーゾク慣れしてない方には――」

「風俗慣れ!?」

「あ、風の属性のことです。この業界では略して風属フーゾクと言います。これからは風の時代となりますので、素人で風属フーゾク慣れしてない方にはあの持ち方は合わなかったんですね。いくら声を出しても持ち方が合わないと――」

 じゃあさっき、あんな激しくやる前に――と男は鬼頭の話を聞きながら思っていた。

「――気は持ち方が非常に大事なのです。持ち方によって変わってきます。気の持ちようが大切です」

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