いちいち泣いてたらキリがないわ

桃花さんが、目の前で消えてしまったのを前にして、僕達は呆然と立ち尽くしていた。


「消えた.....?」


目を見開いて呟くアイ以外、僕と春川君は声も出せずただ、立ち尽くしていた。


「亀有君と戦っていた彼みたいにTKBに負けて彼女は"退学"したんだ」


しばらく立ち尽くしていた僕達だったが、やっと体が動き、帰りの廊下で俯きながら春川君がポツリと呟いた。


「僕と戦っていた...彼」


ちらほらと耳にしていたが、僕は前回のTKBで仲の良かったらしい相手と戦って勝ってしまった。

その後委員長の座をこうして譲り受ける事になったわけだが、僕は彼の事をよく覚えていない。

退学した生徒の記憶は消えていく。

しかも、その相手に近しい人程早く消えていくらしい。


「退学した相手の記憶は徐々に消えていくらしい。しかも、相手に近しい人程」


春川君は目を見開いた。


「じゃあ、そうだな。私が一番桃花さんの記憶が消えるのが早いって事になるのかもしれないな。彼女の周りにはよく人がいたけれど、深い付き合いはしていないような感じだったし」


春川君の目から、一粒涙が流れた。


「誰かを忘れるって、辛いな。嫌だな。その人が生きていた記憶を、忘れてしまうなんて」


どんどん涙が溢れてきて、春川君は自分の顔を両手で覆った。


アイが、バンッと春川君の背中を叩いた。


「いっ!」


「あんたはTKBに勝ったんだから、またこういう事は起きるのよ。いちいち泣いてたらキリがないわ」


はっきりと強い口調でいうアイに、


「.....君は、人があんな風に消えて悲しむ気持ちさえわからないのかい?」


アイなりの、"励まし"だったのだろう。

僕には分かった。アイなりの春川君を元気付ける声かけだったんだ。


「わ、私は」


「私は、彼女をTKBの対戦相手だとは思わない。1人のクラスメイトとして、友達として涙を流しているんだ。キリがない事なんてないよ」


あの温厚で優しい春川君は低い声で淡々と話す様子に、僕は何だか怖くて声が出せなかった。

ただ、春川君らしい言い分だと思うし、それはそれでその通りだとは思う。


「少なくとも私はもう、戦いたいとは思わないけどね、初城さんもTKBをやってみればわかるんじゃないかな」


春川君は、ふらふらと僕達から遠ざかっていった。

アイを見ると、メガネをかけて泣きそうな顔をしていた。


「また.....やっちゃった」


絞り出すような声でそういったのが、僕には聞こえた。


***


「おはよう」


次の日、登校直後の靴箱で唐突に綺麗な声で挨拶され振り向くと、そこには超絶美少女が笑顔で立っていた。


「つかぬ事をお伺いしますが...その、どなたでしょうか」


僕にはこんな美少女の知り合いはいない。


「やだなぁ。亀有君、俺だよ」


にっこりと微笑む茶髪のショートヘアに巨乳黒ニーソの美少女は、微笑んだ。


「あの...まさか、その、春川君とか言わないよな」


「そのまさかなんだよ〜」


ピースピースじゃねえんだよ。

超絶イケメン男子から、超絶美少女にシフトチェンジしてきたよこのお方。


「どうしたの」


「これが本来の私の姿だからね。っていってもいろんな姿を試してきたからあれなんだけど、でもこれからは私ありのままの姿でクラスメイトと過ごそうと思ったの」


「...すごいな。いいと思うよ」


「うん、でも教室が私の新興宗教みたいになったら皆の洗脳を解いてね」


「さらっと怖い事言わないで」


「あはは、私は亀有君を信じているからさ。TKBで助けてくれたもの。君が困っていたら助けてあげるよ。豆種さんが、亀有君は男の子が好きっていってたけどイケメンの方がよければそっちにもなれるよ」


「変な誤解を受けるからやめて」


天然なんだよなぁ....。


「じゃあこれからは、春川さんでいいのかな」


「よくないよ亀有君」


春川君は、僕の前に恐ろしく整った顔を近づけて、


「委員長同士なんだし、呼び捨てか名前にちゃん付けで」


「春川ち...」


「勇希ちゃん」


にっこりと返される。


「いや僕ほら、女の子をその、名前でちゃん付けとかした事ないし」


ぐいぐいと近づいてくる積極的な春川君に僕はどこを見たらいいかわからずずっと天井を見上げていた。


「じゃあ私で初めてを卒業しちゃおうよ...」


「誤解を生む言い方は控えてくれます!?」


「ふふ、分かったよ。意地悪言ってごめんね。これから亀有君が私の事名前で呼んでくれるようになるまで頑張るよ」


「何を!?」


「いろいろ。じゃあ、私クラスの皆に事情を話してくるね」


落ち着いた様子に戻ってキラリと光るバッジを胸に、春川ちゃんは教室に足早に向かっていった。



彼女なら大丈夫だろう。

彼女は、人に好かれる天才という才能に輪をかけても優しくて謙虚で、心が綺麗だと思う。

だから、きっと受け入れてもらえるよ。


僕は、今回のTKBで初めて僕とは別の人がTKBで勝負してその勝ち負けというものを見てしまった。

後で正門さん達が春川ちゃんに事情を聞いて勝ち負けが確定し、春川ちゃんと、桃花さんのTKBに終止符が打たれた。



この学校には、色んな天才がいるが僕は演技の天才も、人に好かれる天才も長所しかなくて、生まれつきそんな才能を持っているというのは素晴らしい事だと思っていた。


でも、彼女達の話を聞く限り、いい事ばかりでもないらしい。


才能を持つものは、才能を持つものなりにその才能に対して苦労だったり、いろんな思いを抱いて苦しんでいたりするものなんだ。


僕は、ここ最近ずっと春川ちゃんのTKBにつきっきりだった為、猫芥子とマサムネのTKBに協力すべくその夜は足早に猫芥子の元へと向かった。






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