俺なんかの為に

「どういう事なんだ?」


僕は、本当に訳がわからず初城の姿をした桃花さんと、雅ヶ坂の姿をした春川君を交互に見た。


「全部嘘だったんだよ」


初城の姿をした桃花さんは、ゆっくりと手を後ろに組んで僕に見せつけるように春川君の後ろに隠れるように回った。


「ばあっ」


春川君の後ろに隠れて一瞬見えなくなった桃花さんは、春川君の後ろから現れた時には初城の姿ではなく桃花さん本来の姿で微笑んでいた。


「こんな風にさ」


「...こんな風にって言われても。どこからが嘘だったんだ?春川君が演技の天才で、桃花さんが人に好かれる天才で...そもそも春川君が演技の天才なのに人に好かれる天才だと嘘をついていた事が始まりだったんだろう?」


「そこから既に間違っていたんだよ。演技の天才は私。彼女、春川勇希ちゃんは普通に人に好かれる天才だよ」


「人に好かれる天才が春川君...?でも春川君は女の子で、イケメン男子の演技をしてて」


「そう、そこなんだよね。彼女のそういう所が君達を彼女が"演技の天才"なんだと信じ込ませてしまっていたんだろうね」


桃花さんは、腕を組んでうんうんと頷いた。

申し訳なさそうに俯いている春川君が、ポツポツと話し始めた。


「ごめんね。騙してしまって」


「ちゃんと説明してくれればいいよ。春川君にもそうしないといけない事情があったんだろう」


「...ありがとう。うん、そうだよ。俺が女なのにこうして男をやっているのには理由があるんだ。前に話した好きな女の子にイケメンの格好をして惚れさせて大人しくさせたって話。あれは半分本当で半分嘘だ」


「半分本当で半分嘘?」


「わがまま放題だったのは、俺で、イケメンだったのは、彼女、桃花愛子さんだったんだ」


「えぇ!?って事はつまり、その話の登場人物がまるっと逆って事か!?」


「そうだよ。俺は、その後地味子になった訳だけど、地味子になってもなんかよくわからないけど人気は衰えなくてね。色んな格好しても変わらなかった。最終的に諦めて開き直ってイケメンになったよ。美少女だった時は男子のストーカーがいたからさ」


人気者も大変なんだな...。


『もっと自分をコントロールできるように、自分をもっと抑えて他人を尊重して生活できたら、かな。少なくても今は無理』


「俺は、初めて好きになったイケメンの男の子に「自分をコントロールして、他人を尊重して生活できないと好きになれない」って言われたんだ。まぁ、当然だよね。俺が何も考えずに生きてた時は教室が俺が神の宗教みたいな感じだったし」


春川君は、思い出すように天井を見上げた。


「色んな自分になっていくうちにどんどんコントロールできるようになってきた。ただ、俺の才能は無意識的なものでさ、俺、一人になったり、ハブられたりする事なかったんだ」



「それは、いい事なんじゃないのか?」


人に嫌われない。

人に好かれる天才。

なんて素晴らしい事なんだろう。


「俺は、ずっと考えていた。人に好かれるっていい事だけど寂しいんだ」


寂しい?

人に嫌われない、人に好かれる人生。

僕はとても羨ましいと感じるものだけれど、それを持っている彼は苦しそうに言う。


「ムカつかない?こいつ」


桃花さんが、いつのまにか僕の隣にいて春川君を指さした。


「ムカつく。ムカつくよ。さっきから黙って聞いていれば何よ人が喉から手が出るほど欲しいものをあんたは辛そうにする」


桃花さんは、口調を強めて春川君を責めた。

ムカつく、か。

僕は、直感的に絶対に春川君を初城には会わせたくないと思った。

相性が悪すぎる。


「あんたにはわかんないよ。教室の隅で本を読んでる人の気持ちや、トイレから教室に戻ったら勝手に椅子に座られてて、自分の居場所がなくなったりしないでしょ?自分中心の世界で生きてきたんだからさ」


桃花さんは、自分の辛かった事、体験した事を春川君に八つ当たりしているようだった。


「分からない」


「私が、演技の天才になってしまったのはあんたみたいに幸せな人生を送っていたからじゃない。自分が本当に影が薄くてこの世界に存在しているのかそれすらも怪しくて、誰かになりきらないと幸せを感じられなかった。誰かの幸せを感じるのが幸せだった。家の中でも家族は優秀な兄を優遇して家族の中にいないも同然だった」


桃花さんは、今までの自分の思いを吐き出すように春川君に叫んだ。


「いつも人に囲まれて、生きてるだけで認められて、そこにいるだけでそこにいるってちゃんとしてるあんたが羨ましくて、羨ましくて、ずっと引きずり下ろしてやりたいと思ってたけど、いつのまにかあんたを見ていたらこのままじゃ私みたいな歪んだ奴に呪われちゃうんじゃないかって何かよくわかんないけど、「他人を尊重して自分をコントロールしろ」だなんてアドバイスしてた」


桃花さんの話を聞いて、彼女は春川君の事が憎いとか嫌いとかそういう感情ではなく羨ましい、ほっておけないと言う気持ちで彼を見ていた。

彼の、人に好かれる才能は本物だ。


「...ごめんなさい」


春川君は、声を押し殺して謝った。


「俺は、人に好かれるけど、好いてくれる相手の気持ちに答えられない。それはいつも重かったり軽かったり、俺じゃどうしようもできなかったり、人間は好きな相手を自分のものに、自分一人のものにしたがる傾向にある。俺は、いつもこうやって謝ってた」


「人に好かれる天才のくせに、そうやって...生きてるのが申し訳なさそうに生きないでよ」


僕は、桃花さんの言葉で思い出した。

春川君がよく言っていた。


「俺なんかの為に」


春川君は、人に好かれる天才だ。

もっと自信に溢れていてもいいはずなのに。


「君は、人に嫌われる天才じゃなかったね」


春川君は、寂しそうに僕を見た。

人に嫌われる天才である初城が、春川君を見たら──。


唐突に、ドスドスと階段を上がる音がした。

嫌な予感と、背中に寒気が走る。


「ちょっと!!よくも嘘ついたわね!あんたさっき見失ったから下の階探してきてっていってたじゃない!」


階段を上がってきた初城に、僕は今一番あってはいけない二人が会ってしまったと頭を抱えた。


人に好かれる天才の春川勇希。

人に嫌われる天才の初城焔。


相対する二人をどうして同じクラスにぶち込んだのか切実に知りたい。

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