すまんな、助かる

佐藤さんに励まされて僕は落ち着いた。

彼女は、優しくて聡明で、可愛い命の恩人、女神。


席についてる時には天使佐藤さんのお陰ですっかり心が落ち着いていた。


「おはよう初城」


「.....お、おはよう...」


隣の席の初城が、小さいながらも挨拶をしてくれた。

初城は、少しずつ僕に心を開いてくれたようで、いや僕がそう思いたいだけなんだけど。

いつもの初城は、僕に挨拶を返してくれるまでになっていた。そういや最近はアイを見てない気がする。

ストレスがたまると出てくるアイが出てこないという事は初城にストレスが溜まってないって事だからいい事なのだろう。



「亀有君....今日顔がすっきりしてるね...最近は疲れたような顔してたのに」


それもこれも、佐藤さんのお陰だ。


「まぁな.....色々あったのさ」


「.....何でそこで佐藤さんを見るの?」


「美しいものを目で追ってしまうのは人間の本能的行動だ。仕方ない」


「.......そっか。佐藤さん可愛いもんね」


語尾を落として俯いた初城に、


「いや、お前も...」


続きを言い切る前にガラッと扉が開いて犬飼先生が入ってきた。


「朝のHLを始める」


初城は、不服そうに前に向き直って僕も犬飼先生のチョークが飛んでくるといけないので前を向いた。


***


「亀有、ちょっと」


昼休み、いつものように斜め前の猫芥子とお弁当を食べ終わりトイレに行こうと教室を出た時、犬飼先生に呼び止められた。


「はい」


誰かに聞かれるとまずいというようにちょいちょいと僕を手招きして人気のない階段の踊り場に呼び込む。

何!?僕何かしたっけ!?


「な、何でしょう」


至近距離チョーク投げはやめて!!


「ちょっとお前に頼みがある」


「何でしょう」


「日向の様子を見てきてくれないか?」


相変わらずの無機質無感情の犬飼先生だったが、頭をかきながら少し困ったようにいうものだから僕は目を見開いて食い気味に詰め寄った。


「マサムネがどうかしたんですか!?」


「あーあー、落ち着け落ち着け。いや、ただちょっと気になってな。ずっとゲームをして引きこもりっぱなしだと空気も悪いし体調崩したりするかもしれないだろう」


犬飼先生らしからぬ、いや、そんなこと言ってはいけないんだろうが、何だか違和感を覚えるな。

失礼だとは思うけど、いつも感情がなさそうな犬飼先生がそんなにいい先生だとは思わなかったというか、意外だったというか。


「お前、委員長だろう。見てきてやってくれ」


「電話とかはして見たんですか?」


「電話したがでない。そもそも学生寮に教師が入ること自体が異例中の異例。生徒に頼んで見てきてもらいたいのが本音だ」


いつもぼーっとしているような無表情の犬飼先生の真剣な眼差しに僕は断る事が出来なかった。


「.....はい」


全然嫌ってわけではないのだが、猫芥子に協力している身としては何だか複雑だ。

一応猫芥子には伝えておこう。


「すまんな、助かる」


犬飼先生は、僕に背を向けて階段を降りて行った。

僕はトイレに行きたかったことを思い出してトイレに向かった。


***


犬飼は、黒いバインダーを持ち歩いていた。

バインダーには何枚も紙が挟んであり、その内容は、この天才育成学校の教師であるには。という事が細かく記されている。

犬飼は、大事な項目にいくつか線を引いていた。その項目の中で、

「生徒を退学以外で死なせたら教師失格」

という項目には少し濃いめに線が引いてある。


体調不良などは、保健の先生に要請してなんとか直してもらわないといけないし、保健の先生にもきっと同じ事が言われているのだろう。

きっと命がけで生徒を助けてくれるはずだ。だが、犬飼は少し前から明確な考えが一つ浮かんでいた。


「自分達教師は使い捨ての捨て駒なんだと」


教師失格になった時点でこの世界から必要とされなくなり、消滅する。

教師達も、常に命がけで生徒達と接しているのである。

犬飼は神様の選別で教師に選ばれた際、真っ先に一つ思ったことがある。


「どうして俺なんかが選ばれたのかと」


もっと他に愛想が良くてしっかりしていて、頭も良くて生徒達に愛されるような教師がいただろうと。

だが、ここで生活しているうちになんとなくそれがわかってきた。

こんな狂った世界まともな奴が生きていけるはずがない。ましてや、常に自分が死ぬか生きるかの状態で教師なんて続けられる奴は俺みたいな生徒に対して何の感情も抱いてない俺みたいな奴が適任なのだと。

情がある奴は、こんな状態を続けていたら心が壊れてしまうから。

きっと俺は選ばれたのだ。


生徒を心配するのも紙に生徒を退学以外で死なせたら失格って書いてあるから。

生徒が授業中に寝ていたり私語をしていて怒るのは、それが教師というものだから。

生徒が疑問に思ったことが答えられないのは自分もよく知らないから。

ただ犬飼は教師という職についてマニュアルを、ルールを、教師というものを守って生きてきた男だった。

生徒に情なんて湧かない。興味がないから。

生徒の名前を覚えるのはそうしなくちゃいけないから。

教師になったのは、大学の先生がなったらどうだって言ったから。

全て彼の意思ではなく、操られた人形のように生きてきた犬飼にとって、素直に言うことを聞く委員長は、とても扱いやすくいるだけで助かる存在なのだ。


「そもそも俺が心配してるって電話したところで信じてもらえなさそうだしな」


犬飼はぽつりと呟いて、バインダーに挟んである紙をぺらりと一枚めくった。


別のクラスでは、何人かTKBやクラス内で死者が出ている所もあるというデータ。

俺のクラスではまだ出てない。


「殺しの天才」がいるクラスで、まだ何も起きてない。

嵐の前の静けさというか、そもそも犬飼には誰がどの天才かということさえも知らされていなかったりする。

こういう天才がいるということだけは張り出されていた。

犬飼はそれを元にこいつは何の天才だと推理して書き出したりはしているが確証はない。

ため息を一つついてバインダーを持つ手に力を込め、今日も暗い雰囲気の職員会議へと向かうのだった。



***


「よろしくお願いしまーす!」


トイレから出たら、にっこり笑顔の超絶美少女に一枚の紙を渡された。


「総選挙 桃花愛子(チェリー)をよろしくお願いします!」


成る程....これは。


「あっあれ、君同じクラスの...亀有君..亀有一人君だよね」


くるりと振り返った桃花さんが僕につかつかと近づいてきた。

まさか名前を覚えてもらっているとは思わなかった。

近くで見ると更に可愛いなこの人。オーラがすごい誰をも吸収しそうな体から溢れ出る眩しい光。

この人常にこんな光放って生きてるのか?


猫芥子の話からすると性格めちゃくちゃ悪そうなんだけどなぁこの人...。


「体調は、大丈夫なの?」


「え?」


予想外だった。でも、彼女は本当に真剣に心配してくれているようだった。


「八日後に私と春川君の人気投票があるんだ。是非応援に来てね」


そうにっこり笑って、僕に手を振った。

他の人にチラシを渡しに小走りで走る彼女の後ろ姿を見送った後、改めてチラシを見て驚かされた。


「人気投票開催!超絶イケメン委員長春川優希vs元アイドル桃花愛子(チェリー)!皆楽しんで行ってね!」


春川君のプロフィールやアピールポイントなども的確に書いて、自分のプロフィール、アピールポイントも同じくらいしっかり書かれている。


普通自分のだけ書いたり、そもそも相手のことなんてかかないだろうが.....彼女は一体。もしかして本当に普通にいい子なのか?いや、それも罠?




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