僕に勝った副賞のようなものだ

「亀有一人──100点。堅道祐悟──95点。今回のTKBは、亀有一人の勝利です」


どういう事だ。

いや、え?

教室は凍りついたように静まり返り、張り詰めた空気が僕の心を震わせた。

1秒が長く感じ、声を出す事も、動く事もままならない。


「...どうしましたか。亀有一人さん。そこは勝ったのだから喜ぶところでは?」


リトル理事長が、目を細めて首を傾げた。

そこでクラスメイトが僕に集中する。


喜ぶ?

わぁい。勝った!って?


「あの、すいません」


僕は、リトル理事長の顔を見ずに言葉を落とす。


「はい?」


「採点、間違えてませんか?」


「...」


目を見開いて、リトル理事長は僕をじっと凝視していた。

三つ編み秘書子も、ギョッと目を見開いて僕を見た。

リトル理事長は、ハッと我に帰り、キッと僕を睨み、


「すいません。絶句していました。貴方の事を心底失礼な人だと思いましたが、確かに全ての教科を一気に執り行ったテストで100点と95点という採点はおかしいですよね」


確かにそうだ。思わず口について出てしまった一言。失礼だな確かに。

最後のは全く気がつかなかったわ。

失礼だけど、信じられなくて思わず言葉に出してしまった。

でも、それは採点の天才の人を愚弄している事になるのだ。

物凄く失礼だ。

そんな事、わかってるさ。でも、僕にはどうしても信じられない。

そりゃ、僕はこうなる為に勝つ為に、必死に努力したさ、勉強もしたさ。

そしてまさか100点、満点を取ることができるなんて、信じられないし、もうそれで僕はめちゃくちゃ驚いているわけだけれど、それよりもっと驚いている事があって、自分が満点を取って凄い。という事実を踏み倒していた。


「いや、その。僕の採点ではなく、相手の堅道祐悟さんの方なんですが」


「あっているに決まっています。採点の天才の彼女に間違いはありませんよ。100点と95点というのは私が言い方を間違えましたね」


こほんと咳払いをし、リトル理事長は堅道と僕を交互に見た。


「お二人は本当に凄いです。二人共お二人の才能らしく戦いましたね。最後にお配りした数学以外は全て同じ点数でしたので、思わず採点用紙の100点と、95点という所だけ読み上げてしまいまして、言い換えると正しくは500点──亀有一人。495点──堅道祐悟ですね」


そこはどうでもいい。


「褒めてくれてありがとうございます。ちょっと答案を見せてもらってもいいですか?」


「やめてくれよ。亀有君」


堅道が、ゆっくりと立ち上がった。

そして、僕を振り返り、弱々しく微笑んだ。


「初めてだよ。テストで100点を取ることができなかったなんて」


一問一点のテストだった。

他の教科のテストは普通のテストだった。

だが、数学だけ問題がおかしかった。

ラストでどういう勉強法をしたか、苦手科目は何か、など数学に割と関係ない問題も出て、テスト全体を、TKBへの取り組みまでを含めてあなたはどうだったか?

そんなテスト内容。TKB用に作られた特殊問題5問。

そういえば、堅道が落とした点数は5点だ。

でも、あんな問題間違える。という事がないような気がする。


「やっぱり答案を」


「白紙で出したんだ」


僕の嫌な予感の真ん中に矢を放つように言い放つ堅道に、僕は目を泳がせた。


「は....?何でだよ。僕に情けでもかけたのか?情で書かなかったとか言ったら僕はお前を許さないぞ」


「違うよ。そうじゃない」


歯を食いしばって僕を見返す堅道は、消え入りそうな声で呟いた。


「書けなかったんだ」


「書けなかった?」


「書けなかった。わからなかった。わからない問題が、僕には理解ができなかった。今までなかったんだ。わからない問題が。わからない問題が、わからない。理解できない。脳が停止して、手が震えて、怖かった。勉強なんて、した事がない。人に勉強を教えた事がない、苦手教科なんてわからない。ない。体育とかこうとしたけど5教科かな。体育は間違いかもしれない。そう思ったら書けなかった。余白なんてできた事がなくて、今余白ができている事実に対して何か書こうとしたが、何を書いたらいいのか、ぐちゃぐちゃな頭でどうしたらいいかわからなくて書けなかった。書けなかったんだ」


堅道は頭を抱えて、プツリと糸が切れたように心の中のぐちゃぐちゃを吐き出した。


「堅道祐悟──貴方は自分の才能に溺れ、努力を怠った。元々生まれつきできてしまう系の才能を持っている天才は努力を怠る習性がある。何故なら努力をする必要がないからです」


リトル理事長は、ぐちゃぐちゃの堅道にとどめを刺すようにだが優しく言った。


「あぁ...重々承知している。それを気づく事ができたのにな。負けたから退学...なんだろう?あぁ...あぁあ、はは、ははは。僕は、終わり?ここで、終わりか?」


「待てよ。終わりじゃないよ堅道。な、なぁ、堅道は委員長なんだよ。このクラスにいないと困るんだ」


僕は、すがりつくようにリトル理事長に交渉を試みる。


「委員長なんて他の人でもできますよ。その人じゃなくても」


バキリと堅道の心の支えが、ひび割れる音がした。


「堅道は、委員長として頑張ってくれてたんだ。皆も困るんだよ、堅道がいないと。堅道が委員長じゃないとだめなんだ。勉強だって、僕と違って堅道は委員長の仕事で忙しかったんだ。だから──」


「委員長の仕事が忙しい?委員長に立候補したのも、勝負を受けることを了承し、同意の上で始めたのも彼。勝負は終わりましたよ。そういう事でしたら、答案を確認しますか?」


氷のように冷たく言うリトル理事長。

人の心はないのだろうか。


「退学ってどういう事かわかっているのか?堅道は、クラスは違ってもあんたの同級生でもあるんだぞ!?」


「そうだ。彼は委員長として頑張ってくれました。私はそれを目撃していましたし、退学させるには惜しい存在ではないでしょうか」


雅ヶ坂も立ち上がり僕と一緒に意見してくれた。


「堅道は正直鬱陶しいと思ったこともあったけど、すごく委員長として頑張ってくれてた

ぜ」

「堅道さんは、責任感が強く掃除当番も委員長も、真面目にこなしてましたわ!」

「誰にもできるわけないだろ!堅道が頑張ってここまでこんな変なクラスをまとめてくれてたんだろ」


他のクラスメイトも口々に意見する。

だが、対照的に堅道は俯いて動かない。


「堅道も何か言ってやれよ!」


「もういいよ....やめてくれ」


堅道は、眼鏡を外し僕を見た。


「敗因は自身の才能に傲れた自分の甘さだ。勉強に関しては何もしなくてもできていたからできていることに慣れてしまっていたんだ。全く、才能は怖いんだな」


堅道は、泣いていた。


「僕は....委員長をやりたかった。クラスメイトの役にもっと立ちたかった。けど、きっと

僕は、君に今ここで勝ってもいずれ負けていただろう。僕は自分の才能に溺れていたんだ」


堅道は、ツカツカと僕の方に近づいてきた。


「完全に負けたよ。テストの時点で、テストの時点でもうわかっていたんだ。何となく、君が白紙の僕より間違えて5点以下の悪い点を取るようなら僕はそれで勝ってもきっとお前なんて嫌いだと言っていただろう。もっと勉強しろと、手を抜いたのか?と言っていたかもな」


全てを解っているような顔をしている堅道に、胸が苦しくなった。

何が何でも委員長を続けてやる!何が何でも勝ち上がってやる!という堅道を見てきた僕は──いや、所々。所々あったのかもな。

堅道が不安気な表情を見せる時が。

堅道は、自分の才能に溺れている自分を薄々理解していて、だがそれを認められなくて、本当はこれでいいのか?と悩んでいたのかもしれない。

だから、負けてこんな表情を、こんな解っていたような表情を────。


「最後に頼みがあるんだ。亀有君にしか頼めない事だ」


堅道は、僕の肩をがっしり掴んだ。


「委員長を君に引き継ぎたい。僕に勝った副賞のようなものだ。委員長は僕の人生だからな」


「堅道.....」


「完全に僕の負けだ。僕がいなくても規則正しい生活をするんだぞ。皆も、ありがとう。僕を、委員長だと認めてくれて」


堅道はクラスメイトを振り返って微笑んで、パシュッ────空を切った。

風船のように、割れてふわふわと肌色の残骸が僕の目先を通った。

それもサラサラと消えていき、目の前には何もなくなった。


声もなく呆然としていると、その凍りついた空気を一人の生徒がたたき壊した。


「あぁ、才能ある私の同級生が、この世に必要がなくなった。今この瞬間。異常ですね。この世界は。才能がないものはこの世に必要がないなんて。神様は理不尽ですね」


俯いて自分を抱きしめるようにつぶやくリトル理事長は、僕達に背を向け三つ編み秘書子と一緒に教室を出た。


***


「あぁ.....♡なんて事でしょうね。私は、はぁ....なんでこんな気持ちに。だめ....」


いかにも厳格で真面目そうな顔が恍惚に歪んだ。

口元を歪ませ、頰を両手で包み込み理事長の一人娘、正門真水は一人の世界に入っていた。


「素敵....だわ。綺麗だわ。何て、思ってしまうわ。たまらないわ。だめだわ。興奮してしまう。たまらないわ。もっと、あの瞬間を見たい。もっとしましょう。TKB....あ、そういえば、今回は"長かった"わね。


「そうですね。いつもなら一瞬でパシュッていくのに。神様はあの亀有一人という男がお気に入りのようですし...」


「えぇ、あの後の彼がどうなるかも楽しみだわね。見た感じ友達同士だったのかしら?珍しいタイプだったわね。普通、命がかかっているといったら、友達ではなく仲良くない相手、もしくは見ず知らずの相手と戦うものではなくて?」


「勝負を通して仲良くなる事もあるのかもしれません」


「あはは、どちらかが消えてなくなるのにどうして仲良くしようなんて思うのかしらね?心底訳がわからなくて面白いわ。人間って。採点ありがとう。日々垣。さぁ、次のTKBの場所を教えて頂戴」


「はい。正門様」

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