どどどどうしたらいいんだ!

「成る程。そういう事だったの....」


初城に僕が何故人に嫌われる天才だなんて嘘をついたのかという事を事細かに説明すると、初城は納得するように頷いた。


僕は努力の天才らしい。

手紙が届いた。

信じられないが、人類の選別があったあの日──僕の所に来た手紙によれば、僕は.....。


「あっ」


「どうしたの」


眼鏡をかけた初城が、ぽんと手を打った。


「手紙にあなたは努力の天才ですって書いてあったんだから、それを見せて皆に貴方は努力の天才だって言えばいいんじゃないの?」


「あっ.....いや」


僕は目を伏せ、気まずそうに苦笑いを浮かべた。

初城は、ん?と首を傾げる。


「な、ないんだ。その、家に...忘れてきたかもしれない。バタバタしてて」


「.......はぁ」


やめて、そんな救いようのない奴を見るような目で見ないで。

本当になかったんだ。

僕は、あの後あの手紙をどうしたかも本当に覚えてない。


「家にあるにしても、私達はもうこの学校で暮らさなくてはならないんだよね....閉じ込められた籠の鳥だもの。鳥同士の共喰いをしあって、勝ち残った者が優遇を受ける。異常な世界....」


何か格好いいことを言って初城は僕に背を向けて歩き出した。


「帰るのか?」


「うん....随分話し込んでしまったみたい。ごめんね亀有君」


顔だけ僕の方に向け、初城は寂しそうに言った。

眼鏡をかけた初城は優しい。絶対アイだったらそんな事言わないだろう。


「いや、全然いいんだけどさ。僕こそごめん」


「いいよ...それより、亀有君。気をつけてね」


「え?」


また僕に背を向け歩き出した初城は、


「努力の天才、って言ったあの人。きっと私と一緒で、自分の天才名を言いたくない、もしくは言えないような天才名の人なんだよ」


ごくりと喉がなった。

風が吹いて、初城の髪を揺らし桜の散る中、怪しく振り返る初城は、


「だから....気をつけてね」


意味深な言葉を桜の花びらに乗せ、彼女は立ち去った。

何故か鳥肌が止まらなかった。


「帰って勉強するか」


次の日もギリギリの時間帯で学校に到着。

前みたいに無理な徹夜は少しだけ控えている。

校門の前で何故か待っていた堅道に睨みつけられ、首根っこを掴まれる。


「かーめーあーりーくーん!」


怒っているのはどこからどう見ても明らかだった。


「何だい堅道君。こんなにいい天気だというのにそんなに不機嫌そうな顔をして」


堅道の迫力に思わず声が裏返ってしまう。


「遅刻ギリギリだぞ!君が1番Cクラスの中で最後だぞ!全く君という奴は、また前みたいに無理して勉強して寝坊したのか?昨日は勉強会が行われたのではなかったのか?大体君はいつもだらしないんだ。しっかりするんだ!」


ガッタガッタと肩を揺らされ、脳がぐちゃぐちゃになりそうだ。

一気に眠気も覚めてしまった。


「わかったわかった。それより、何で今日は校門に立ってんの?」


さらっと話題転換を試みる。


「クラスで君を見かけなかったからな。他のクラスメイトに聞いても、見かけなかったと」


「お前僕の事好きすぎだろ」


僕にそういう趣味はないので勘弁してください。


「委員長としてだらしない奴を取り締まるのは当然の事だ」


眼鏡を中指でくいっとあげ、僕の手を引いてクラスに向かう堅道に、僕は心のうちにあった疑問をぶつけた。


「お前は....さ。委員長って、疲れないのか?皆の為に、自分を犠牲にして次第に感謝もされずそれが日々当たり前になっていく....でも責任だけはいつも付きまとう」


堅道は僕の手を引いていたが、目を見開いてくるりと僕の方を振り返った。

予想外の反応に思わず目をそらしてしまう。


「好きなんだ委員長という仕事が」


堅道は、真っ直ぐに僕を見た。


「たとえ認められなくても、責任が重くても、僕はクラスの皆の上に立つのが好きだ。僕は、委員長になるまでは頭のいい自分を隠して生活してきた。過去に全てのテストで100点を取った時、不正を疑われたからだ」


確かに、テストで全て100点しかとらないって事は、凄い事なんだろうけど怪しいって思う奴もいるだろう。


「僕は、勉強が中の上の大人しいただのクラスに一人はいるモブキャラAのような存在だった」


今の堅道を見ると想像できないな。


「だが、ある日そんな僕に担任の先生がクラス委員長やってみないか?と声をかけて下さったんだ。僕は戸惑いながらもその時一歩踏み出した」


そして、僕にぱあっと輝く笑顔を見せた堅道は、大きく手を広げた。


「そこから僕の人生は変わったんだ」


堅道は、僕と違う。

そんなことを直感的に察する事ができるような、そんな笑顔だった。


「委員長になってから、クラスメイトから、先生から、よく話しかけられるようになった。勉強だって、クラスメイトに宿題をやってあげると全てあっている為喜ばれた。その時は、「委員長として勉強を頑張った」と言えばいい」


堅道の勉学の天才は、ここからきているのか。

委員長として、クラスメイトの為に自分の才能を役立てた所から。


「委員長としてクラスメイトや先生とのコミュニケーションも、地域での美化活動も、生徒会活動も参加した。沢山褒められたし、それから僕はモブキャラAから、頼りにされる委員長になった。クラスでいないと困る存在になったんだ」


僕にも、こんな風に思える未来があったんだろうか。


「だから僕は委員長を継続して続ける為にクラスメイトの為に何でもするし、学校にも継続して残り学級委員長を絶対に続けなくてはならないんだ。だから何としても単位獲得バトルで単位を獲得してみせるよ」


押し付けられた仕事を全てこなしているのに、それが当たり前で、いつのまにか委員長の仕事全てを「やらされている」と感じ、クラスメイトを憎んだ僕と違う。

彼と僕は根本的に考え方が違った。


彼は、"自分の為"に委員長を継続している節がある。

モブキャラだった自分を委員長という肩書きで変えた。

委員長になってからクラスメイトに感謝され、自己肯定力が上がり自分に自信がついた彼は、なんとしても委員長としてい続ける為にクラスメイトの為ならなんでもするようになったのだ。

委員長として、クラスにい続ける為に佐藤さんに勝負を挑み単位を早く獲得してしまおうと考えたのか?


なんて事だ。


クラスメイトの為に、委員長として頑張っているのかと思ったら、そもそもの考え方が歪んでいた。

俯いていると、ふと自分の腕時計が目に入る。

やばい。もう少しでチャイムがなる。

完全に遅刻コース一直線だ。


「堅道。時計」


腕時計を見せると堅道は凄い勢いで焦り出した。


「ど、どどどどうしたらいいんだ!委員長である僕が遅刻だなんて!どどどどうしたらいいんだ!委員長としての信用が!」


あわあわと慌てる堅道の手を今度は僕がひっ摑んだ。

そんなことより遅刻したら死ぬぞ。

この学校すぐ死ぬからな。やばい。チャイムまでに教室に入らないと命がない。


「この学校クソ広いけど、教室まで一階上がって全力で廊下をダッシュすれば間に合うぞ」


「ろ、ろろろ廊下を走る!?な、何を言っているんだ校則違反だ!」


「僕に引っ張られたって言えばいい!急ぐぞ」




格好いい事を言ったはいいが、僕は忘れていた。

壊滅的に運動ができない事を。


そして驚いた事に堅道は運動が壊滅的にできない僕よりヒィヒィ言いながら走っている。


「もしかして堅道」


「いっ...言うな」


胸を苦しそうに抑え、堅道はふらふらになりながら僕に手を引かれて走っていた。


「運動だけは...どうしてもできなかったんだ」


僕もできないから大丈夫。


この学校は広いので、階段も長い。

虫の息で走っていると、同じく階段を走っている黒髪ショートヘア、赤いジャージに短パンの女子生徒の後ろ姿が見えた。


「なんだ....僕達以外にも遅刻者がいたんだ」


何て、ホッとしている暇はない。


長い階段を抜けて廊下に...意識が朦朧としてきた。運動不足圧倒的学校生活不利!


「むむ?」


女子生徒がくるりと僕達を振り返り、首を傾げたと思ったら、階段の10段以上先にいたのに、すっと飛んだかと思うと、僕達の方にドンッと飛び降りてきた。


「亀有...君僕はもうダメかもしれない。雲の上からここまで天使が飛び降りてきたよ」


やばい。堅道は限界っぽい。


「何してんの?こんな時間に」


飛び降りてきた天使は、本当に天使みたいに可愛かった。近くで見るとかなり背が高い。170センチくらいだろうか。黒髪ショートヘアと、日焼けした褐色肌が健康的で、引き締まった体がすぐ運動部だろうなと連想させた。

汗ひとつかいてない髪をかきあげ、僕と堅道を交互に見る。


「いや、遅刻寸前で、今必死に走って」


こんなところで立ち止まっている場合じゃないんだ。

女の子にこんなところを見られて普通に恥ずかしい。


「へぇー、オッケー。後ろの子死にそうじゃん。あたしが教室まで届けてあげるよ。どこ、教室」


よいしょっと、屈伸運動をしたかと思うとイケメンかよと思うほどに歯を見せてにかっと笑い親指を立てた彼女に、今の僕は頭が全く働かなかった。


僕達を迎えにきた天使だ。僕達を天国へ連れて行ってくれるんだ。


「ありがとう。Cクラスだよ」


「オッケー、じゃあ行くよ」


ジャージの天使は、僕と堅道を予想外にも横脇に抱え、肉食動物が獲物を狙うように姿勢を低くした。

男二人をこんな女の子が....そう思った時には僕は風を切っていた。


その後のことはよく覚えてないが、教室に僕達は放り出された。


「ここは....天国か」


ぱちりと目を覚まし眼鏡をあげる堅道に僕はスッとクールに立ち上がる。


「堅道、教室だよ」


少ししてからキンコンカンコンとチャイムが鳴った。

彼女にはまた今度お礼を言わなくてはいけない。


命の恩人がまた増えた。

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