待ちわびて

 ご機嫌だった美希ちゃんの眉尻が、ちょっとずつ下がってゆく。今日何度目かスマートフォンを眺めて、二十一時にはついに涙ぐんでしまった。

 美希ちゃんは彼――怜之さとしの従妹で、由美の弟、省悟の愛妻だ。大好きなお兄ちゃんがいつまで経っても現れないので、寂しくて仕方がないのだ。弟はこの一時間ばかしせっせと美希ちゃんのご機嫌を取ろうとしていたが、ついに根を上げた。

「ダメだ姉ちゃん。俺の手には負えん」

 カウンターのお皿の上からうさぎに切った林檎をひょいと摘まんで省悟が項垂れる。林檎を八等分にして更に横半分に切ったうさぎは、ずんぐりしていて可愛らしい。それに一口サイズだから、こういう席にはぴったりだ。美希ちゃんが用意してくれたうさぎ林檎をしゃりしゃりと咀嚼して省悟は恨めしそうに言った。

「何で今日に限って怜之さん仕事なの? こうなること予測出来るだろうに」

「今日だからでしょ」

 由美の言葉に省悟は盛大に溜め息を吐いた。

「だろうなあ。どんだけ人が好いんだ、あの人は」

 由美は笑った。ミルクを多めに入れたココアを差し出して、少し顔を顰める。

「それに、あなたが居るからだと思うわ。お兄ちゃんが安心して大事な従妹いもうとを預けてるんだから、もっとしゃんとしなさい」

 ばつが悪そうにココアを受け取って、カウンターの上から甘いものをいくつか見繕って、省悟はテーブルに帰っていった。美希ちゃんはココアを受け取りながら省悟の言葉に頬を染めて、それから少し笑った。

 由美は安堵の息を吐いてカウンターを片付けた。両親は既に帰宅し、客もちらほら帰り始めている。大皿に盛った料理を小さめの皿に移し替えて、カウンターの隅にスペースを作る。

 ほうれん草のミモザサラダ。なすと挽き肉とモッツァレラチーズのトマトパスタ。カリフラワーとプチトマトのマリネ。それからデザートに色とりどりのチョコレートを被った小さなシュークリームをいくつか。

 それらを自分用に皿によそって、温かいストレートティーを大きめのマグカップにたっぷり注いだ。

 本当なら怜之さんと一緒に食べたかったのだけれど、この分だといつになるか分からない。客も疎らに。というか、いつものお気に入りの席に陣取って本に没頭している数人しか居なくなったことだし、先に食べちゃおう。と由美は思った。美希ちゃんみたいに感情を顕には出来ないけれど、由美だって寂しがっているし、正直に言えば拗ねている。

 スマートフォンの画面は暗いままで、着信を告げるメロディーも響かない。


 初めてのイブなのよ?


 由美は少しだけ頬を膨らませて、シュークリームの山からもういくつか自分の皿に移した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます