恋心

 弟のお嫁さんになる女の子が「お兄ちゃん、お兄ちゃん」騒ぐので。そして普段は偉そうな弟が「お兄ちゃんには勝てない」と涙ぐむので。いったいどんなに素敵な王子様なんだろうと思っていたのに。

 披露宴会場で花嫁に微笑みかける青年を見て私はがっかりした。


 普通の。

 人が好くて清潔感があるだけのごく普通の男の子だ。


 その子が、花嫁に向けた笑顔を一瞬引き攣らせる。何かに気付いたように目を瞠り、刹那絶望に面を曇らせて、それからまた柔らかく微笑んだ。


 ああ。


 何となく分かってしまった。可哀相に。




 とても不本意だけど。多分私は恋に落ちた。判官贔屓というか何というか、私は昔から弱っているものに弱い。傷ついた瞳を抱きしめて、守ってやりたくなるのだ。



     *



 新婚旅行から戻った花嫁はご機嫌だった。お兄ちゃんがこの古書店を覗きに来てくれるらしい。梅雨明けにはまだ程遠い曇り空を無理矢理お天気にしてしまう勢いでニコニコしている。少女のようなあどけなさで、またあの人の好いお兄ちゃんを泣かせてきたのか。だけど私も似たようなものだ。彼が来ると聞いて、今日はマカダミアナッツのケーキを作ったのだもの。

 子供染みているだろうか。私はもう一度、あの揺らぐ瞳が見たい。


 格子窓の向こうを通り過ぎかけた人影が、赤いポストに吸い寄せられるように扉を開けた。軽く響く鈴の音。喜んで駆け寄る義妹。戸惑いと、喜びと、それから悲哀が綯交ないまぜになったような彼の表情。

 それを私に向けて欲しいなんて欲張りかしら?


 彼が席を立っている間にコーヒーとケーキを運んだ。ちゃっかり座っている義妹には、そのままでいいわと耳打ちした。だってこのお店は、一度席に着いたらじっと本を読み耽るお客様ばかりだから暇だもの。


 席に戻る彼をちらりと見た。「転校生」だなんて。本のチョイスに自虐を感じる。くすりと漏れた笑いに彼が怪訝な目を向けた。



     *



 すっかり常連になった彼に私は嫌われている。

 恋心を態と暴いて揶揄ったからだ。

 だってこの世の終わりみたいな顔をするから悔しくて。


 もちろん、義妹は知らない。相変わらずの稚さで彼に纏わりついている。私のしていることは無意味だろうか。態と嫌われて、その実愛されたいなんて無謀だろうか。


 だけどお兄ちゃんは優しいから。可愛い従妹が慕っているお義姉さんを邪険には出来ない。だから私は窺っている。


 逆転のチャンスを。こっそり種だって撒いているのだ。人の好い彼に気付かれないように。



 そっと。

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