Red2 お兄ちゃん

 嫌われてしまったな、という自覚はある。

 最初のチョコレートケーキは失敗だった。

 だけどあのときは確かめたくて。


 私のことを嫌いなはずなのに、怜之さとしさんは足繁くお店に通ってくる。

 初めは美希ちゃんに逢いに来ているのだと思っていた。だけど、美希ちゃんがいないときでも彼は店を訪れる。もう定位置も決まっていて、いつも奥まったソファ席で静かに本を読んでいる。


 嫌われていると分かっているのに近寄っていくのは難しい。それでも何とかこちらを向いてもらいたくて、小賢しい真似をしてしまう。

 私が彼に運ぶトレーにだけ、小さなお菓子を添えてみた。美希ちゃんのいない日には、いつ彼が来てもいいように毎日お菓子を作った。ちょっとしたお店からのサービスに見えるように出しているから、彼は気付いていないかもしれない。

 いろいろなものを作って出したから、彼の好みが少し分かった。


 初めの時には顔を顰めたけれど、チョコレートが好き。

 シナモンとミントはあんまり得意じゃない。

 抹茶やあんこを使った和菓子も結構いける。

 甘党。

 洋酒を効かせたものも平気そうだったから、お酒も好きなのかも。

 嫌いなものが出てもちゃんと食べてくれる。

 トレーを置きながら私が微笑むと笑みを返してくれる。

 私のことが嫌いなくせに、怜之さんはとても優しい。


 他のひとを見ている人を見つめるのは、とても苦しい。


 怜之さんはどんな気持ちで美希ちゃんを見つめているのだろうか。どんなに苦しいだろうか。


 私は怜之さんみたいに優しくない。

 ギリシャ神話を読んでいた彼にまた余計なことを言ってしまった。


「我が身がかわいいですから」


 素っ気ない怜之さんの答えに私も同感だ。傷つくのは怖い。相手を困らせて去られるのはもっと怖い。


「意気地なしね」


 彼に返した言葉は、そのまま自分に向けたものだった。


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