宿り木の下でキスを

Green1 宿り木の下で


宿り木の下でキスをせがまれたら拒んじゃいけないのよ――



 いつもはとてもきちんとしたそのひとは、イブの夜、宿り木の下で、いたずらな瞳を輝かせて笑った。



   ❄❄❄



 僕は店の照明を落として溜息を吐いた。まだ営業時間内ではあるが致し方ない。扉には既に「CLOSED」の札を下げている。最後の客が苦笑しつつ店を出たのは随分前のことだ。店内には控えめにクリスマスソングが流れている。カウンターを照らすダウンライトのみを残して闇に包まれた店内にその音は静かに降り積もり、奥のソファ席からかすかに聞こえてくる寝息とそっと混じり合う。

 音を立てないように気を配りながらスツールを引いた。ダウンライトの明かりを頼りに文庫本を開く。ページをめくるが、目で追ったはずの文字は意識の端からぽろぽろと零れ落ちるばかりで一向に頭に入って来ない。だから諦めて本を閉じた。くるりとスツールを回して気を散らす原因を見つめる。明かりの届かない店の奥。だから、もちろん姿は見えない。だけど、息遣いが聞こえる。身動みじろぎをする衣擦れの音が聞こえる。


 これまで意識していた訳ではない。ちょっと苦手な知り合い、というのが彼女に対する認識だ。それをひっくり返された。

 完全に。

 徹底的に。

 完膚無きまでに。


 ほんと。何考えてるんだ。


 膝の間に両手を垂らして天を仰いだ。次に顔を合わせるとき、どうすれば好いのか分からない。彼女が目覚めたときが、その「次」だ。酔いつぶれた女性をひとり店に残して帰る、という選択肢が僕には無い。そして、女性から言い寄られたことなど、生まれてこの方ただの一度も無かったのだ。



   🎄🎄🎄



 僕はこの夏失恋した。梅雨の真っただ中のことだ。


 ずっと恋焦がれた相手に振られたのならまだ格好もついたが、そうではなかった。

 僕には年の離れた従妹がいる。五つも歳下の異性なんて、いくら従兄妹同士とは言え普通ならあまり接することはない。けれど親戚のなかには子供は僕ら二人だけだったから、祝い事や悔み事で皆が集まると決まって二人で遊んでいた。と言うよりは、懐かれて仕方なく相手をしていた。

 その従妹が結婚したのだ。この夏に。

 微笑む従妹を見つめながら僕は悟ってしまった。己の気持ちを。


 何で今更気づくかなー。

 最悪だ。間抜けにも程がある。

 届かないものに焦がれたところでどうにもならない。どうにかするつもりもない。僕はほんの幼い頃から、その従妹を喜ばせることばかりを考えていた。全幅の信頼を寄せてくるその表情を曇らせるようなことなど、決してしない。


 そして、幸か不幸か従妹は僕にとても懐いている。

 結婚後も、新婚旅行の土産を持って訪れ、お義姉さんのやっているカフェでアルバイトを始めたと言っては呼び出し、何故か家族のイベント事にまで毎度招待され、今や家族ぐるみのお付き合いだ。恋敵であるはずの旦那さんともすっかり仲良し。

 皆いい人で、我が従妹ながら人を見る目があると、誇らしさと同時に安堵を覚える。


 皆いい人なのだが、僕はお義姉さんが苦手だ。

 第一印象がちょっと悪かったから。


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