臆病な恋

續木悠都

叶えたくない恋

 師が走ると書いて師走、職務歴が長くなるとこの月での残業は当然だというように感じるようになった。

「いやー、今日も残業しましたなぁ」

「しましたねぇ」

 世間では花金と言われている曜日だけど、私と一緒に建物を出た男は遅くまで残っていた。この時期の風は冷たすぎてコートやマフラー、手袋がないと直ぐに冷えてしまうから本格的な冬を感じる。

「佐伯はこのまま帰んの? それとも一緒に飯でも食う?」

「一緒に食べたいな」

 高校時代からの友人でもある同期の古内啓介と歩道を歩きながら会話をする。

 寒さと空腹もあってか、さっさと帰りたい気分になれない私はそう答えた。

 最寄駅が同じ私達は帰りが同じだとこうして一緒に食事をする話をする事もあれば、それもしないで帰ってしまう事もある。

「オッケ、今の時間だとファミレスはダレそうだよなぁ」

「そのまま帰るのが面倒になりそうだけど、家には帰りたいしねぇ」

 時刻は二十二時半で、よくもまあ二人だけでこんなに残っていたものだと思う。それだけ自分と他人の仕事もしていたという事になるのだけど。


「人が多いのは良いけれど、さっさか帰るからなぁ」

「私達だけだもんね、主に予定がないのって」

 それなりの企業でそれなりに人がいるけれど、家族が待っているからとか予定があるからで帰る人は多い。家族を大事にする人や予定があるのは仕方がないと思う。

 時間内に終わらせようと努力をして、それでもという場合は急ぎでもなければ翌日に回せばいいだけなのだから。

 けれどもそうでない人種――陰でコソコソ言うくせに人に頼りっきりの人種もいる。そういう人は他人に迷惑をかける楽の仕方をするから厄介だし、ある意味では賢いからこっちから何かを言うのも億劫になってしまう。

「佐伯さー、お前は無理することないんじゃねぇの?」

「どういう意味?」

「同期に女子はいなかったし野郎が多い職場だからさ、いっつも肩に力入ってんじゃん。無理ばっかしていてさ」

「あのねぇ、今更それを言うの?」


 入社当時は長かった髪はその半年後に邪魔にならない程度の短さまで切った。服装は華美過ぎない程度に、それでもそこそこに見られるように自分らしくないメイクをするようになった。

 怒鳴られても怯まないように、泣かないようにと色々と自分なりの戦い方を身に付けて今の私がいる。その結果、可愛げのない女だという評価を得たけれど私は自分からそうなったのだ。

 高校時代の私を知っているだけに変化を見てきた古内、どうしてこの男は今更言い出すのだろう。

「だってお前、本当はそんなに強くねぇじゃん」

「だから、なんでそれを……」

「言いたかったけど言えなかったんだよ。俺はバカだから何度も何度も飲み込んじまった」

 そっと視線を向ければマフラーに顔を埋める横顔があった。

「ずっとダチだったし、だからこそってのはあるけど。でも俺はお前が……」

「ごめん、お腹空いちゃった。いつものラーメン屋に行こう?」

 その先の言葉を聞きたいような聞きたくないような、気持ち的には後者が大きくてそんな事を言ってしまった。


「佐伯っ、あー……」

 古内が私の名前を呼ぶと同時、大きく鳴るお腹の音にその続きは消える。

「ほらほら、古内だってお腹減ってんじゃん。ラーメンでも食べてぬくまろうよ」

「……はいはい、そーですね」

 急かすように先を歩けば古内はわざと速度を緩める。別に彼の言葉を聞きたくない訳じゃないし、私だって古内の事は好きだからできれば付き合いたい。

 けれども――仕事を優先しがちな人間になってしまった私が付き合っても良い事なんてないんだろうと思っている。

 先を見据えてしまえば付き合ったは良いものの別れを考えると怖いのだ。我ながらズルい大人になってしまったなと考えつつ彼の様に顔をマフラーに埋める。

 臆病な自分を情けなく思うし自分勝手だとは思うけれども、どんな形でもいいから古内といられる事を望んでしまうのだった。

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