第3章 エスケープゴート③

 アメリカンな街、軍港がある場所、横須賀。

 横須賀駅に降りた時は、「あれっ、普通の街じゃん」と思ったが、汐入駅付近に向かい、どぶ坂通り商店街に入るとそのイメージは一新された。

 異国だ。別世界に迷い込んだ気がする。アルファベットだらけの表記に、お店も日本の色合いとは違ってポップ。観光客に混じり、海軍の兵隊さんもちらほら見え、日本ではないところにいる気分になる。

 商店街の先には、基地があるらしい。なんだかすごい街だ。


「さて」


 時間にして12時。

 花火大会は19時から行われ、屋台の手伝いは15時からでいいよと言われているので、それまでの時間を有効活用させてもらう。

 せっかく来たのだから楽しまなきゃ損。デートというと仰々しいが、観光の始まりだ。


「向かいますか」

「うん、お腹空いたね」


 向かう先は、ハンバーガーショップ。

 『横須賀 グルメ』で調べるとまず出てくるのは、「海軍カレー」だった。海軍のカレー?味の予想がつかず、食べてみたい。しかし、カレーである。

 カレーは何日食べても飽きないと言われるが、週2、3レトルトカレーを食べているので、外食ぐらいはカレー以外を食べたい。贅沢をしたい。いや、絶対美味しいのは知っている。知っているけど、この後家でレトルトカレーを食べると、「何か物足りない……」となりたくないのだ。苦渋の決断。生活が懸かっている。

 で、次に出てきたのが、「横須賀ネイビーバーガー」だった。普通のハンバーガーと違い、大ボリューム。肉も分厚く、見ているだけで涎が出そうだ。

 デートでハンバーガーはどうなの?と思うが、ファーストフードではなく、名物なのだ。大丈夫、問題ない。

 凪沙も「いいよ」と言ってくれたので、遠慮する必要はない。


「ここだね」

「うん、おじさんがいるね」


 おじさんと言われたのは、髭をたくわえた、帽子を被った陽気でメキシカンな叔父さんの人形。来たのは、「TSUNAMI」という、ネイビーバーガーブランドをけん引する存在のお店だった。全てネット情報だが、レビューも多かったので信用している。


「行きますか」

「行きましょう」


 ワクワクする。美味しいものを食べるのが観光の醍醐味だ。



「凄い」

「大きい」


 ドドーン!!と効果音がつきそうだ。

 私たちの前に置かれたのは、存在感たっぷりの巨大なハンバーガーだった。

 これが、横須賀ネイビーバーガー。

 ステーキのように分厚く、香ばしい匂いを奏でるパティ。挟まれる赤いトマト、レタスは瑞々しさを感じる。

 そして、パンズもまた巨大で、焼き上げられた色が美しい。

 圧倒的貫禄。


「これ、どうやって食べるの?」


 凪沙が疑問を呈する。


「口でガブっと?」

「さすがに無理」


 ナイフとフォークが用意されているので、細かく切って食べるのが正しい食べ方だろう。


「でもね」


 ハンバーガーを持ち上げ、がぶりと噛みつく。

 こうやって食べるのが、ハンバーガーの醍醐味っていうやつじゃないですか。


「あー」

「もぐもぐ」


 しかし、強敵であまり齧れなかった。こいつ、やるな。


「もう、ケチャップ口についているよ」


 彼女が紙ナプキンを持ち、私に近づける。


「こっち向いて」


 私は素直に顔を向け、彼女に委ねる。

 彼女の手が私の頬に触れる。口の中の美味しい味も飛んでしまいそうに、緊張する。


「かたじけない」

「もう、女の子なんだよ」


 ぷんぷんと怒られる。たまにはこう甘えるのもアリだな。いつもは私がお母さんなので、たまには逆転。けど、精神持ちそうにない。以降はちゃんとナイフとフォークを使い、食す。

 ハンバーガーを綺麗に食べるのは難しく、デートには適さない。

 けど、私たちは女同士だし、そこらへんは見栄を張って生きていないので、気兼ねない。


「少し交換しよう」

「わかった」


 私はチーズバーガーを注文したが、凪沙はアボカドチーズバーガーを注文していた。


「うん、アボカドも美味しいね」


 私のチーズバーガーを食べる彼女も満足そうだ。女の子が美味そうに食べる姿っていいですね…。

 評判以上の美味しさで幸福だった。当分、普通のファーストフード店には入れない。

 最初の店でだいぶ満足してしまった。もうこれだけで十分いい思い出だよね?と躊躇ってしまう。けど本番はこれからだ。フィナーレにはまだまだ遠い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る