第3章 エスケープゴート②

 待ち合わせ時間の5分前。でも彼女はもうそこにいた。


「待った?」

「全然、待って、ない」

 

 ベタな回答。遅れてないのに申し訳ない気持ちになる。

 横須賀の花火大会当日、私の最寄り駅で集合し、電車で一緒に向かうことになっていた。湘南と横須賀、近いようで、実はそんなに近くない。江の島以上に南下し、海は千葉方面を向いている。乗り換えが多く、30分以上はかかる。

 現地集合でも良かったが、せっかくなら一緒に行こうと、このように待ち合わせしたわけだ。

 凪沙をまじまじと見る。

 本日の凪沙は水色のストライプのシャツに、ホワイトのチノパン。キャンパス生地のサンダルで、紐は赤い色をしており、可愛らしい。今日も帽子を被ってはいなかった。 

 一方の私の格好は、白いTシャツに、ジーパンにビーチサンダル。

 すでに格好から女子力の差を見せつけられている。昔はパーカーや、雑な格好だったのに私と出かける時はいつも気合が入っている。自分で買っているのだろうか。凪沙がお店に行ったら、店員さんの押せ押せスタイルに負けて、全部買わされそうで怖い。


「服、可愛いね」

「うへ、そんなことないよ」

「あ、もちろん服だけじゃなく、凪沙は可愛いよ」

「うええ、そ、そんなこと」


 本音は言えない癖に、軽口ならいくらでも出てくる。


「希依も夏っぽくていい」

「どうも」


 ただTシャツを着ただけだが、お世辞でも受け取っておくものだ。


「じゃあ、行こうか」

「うん」


 地下へと潜り、少しの間夏の日差しからサヨナラをする。



 電話では緊張するが、いざ対面してしまうとそれほど緊張しない。

 すでに一駅乗り換え、次の乗り換え地点、大船に電車は向かっていた。


「服って自分で買いに行っているの?」

「ううん」

「じゃあ、お母さんが買ってくれるの?」

「ち、違うよ!」


 じゃあ、お父さんが買ってきてくれるのだろうか。


「ネ、ネットで買っているの」

「ネットショッピング!?」


 なるほど、その手があったか。それなら店員と話さずに買うことができる。


「でも、ネットで買ってサイズ大丈夫?」

「合わない時もあるけど、それも運」


 運ですか。凪沙は細いので、着られない心配はないと思うが、なかなかのギャンブルな買い物だ。私にはできない。無駄金を使っている余裕がないのだ。


「もったいなくない?」

「そういう意見もある」

 

 どういう意見だ。

 大学には制服がなく、私服で行かなければならない。「またあの服着ているよ」と思われないために、毎朝服のチョイスに悩むのだが、服の組み合わせも尽きてくる。どうせ私の格好なんて誰も気にしないと前期は徐々にテキトーな格好になっていた。

 でも、凪沙と付き合うことになって、少しでも可愛い自分になりたい、よく見られたいという気持ちも芽生えるわけだ。ただそのままテスト期間に突入したので、その意志はまだ発揮できていない。

 それならちょうどいい。


「今度一緒にショッピング行こうか」

 

 凪沙が顔を輝かせ、食いついてきた。


「うん、行きたい!希依に服着せたい!」

「いやいや私こそ凪沙のファッションショーしたいのだけれど」


 女子同士なのに何故今までショッピングという選択肢がなかったのか疑問だが、何にせよ、楽しみだ。

 今度の土曜行こうねと約束し、予定を記載する。

 スケジュール帳に予定が埋まると安心する。何もない空白は詰まらなくて、寂しい。


「まもなく、大船、大船ですー」


 車内アナウンスが呼びかける。


「乗り換えだね」

「うん」


 知らない土地、知らない場所。

 未知の場所に行くのはワクワク感があって、ささいな冒険だ。

 それも一人じゃないと色々な感情を分かち合える。

 やっぱり凪沙と過ごす時間は楽しい。

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