第5章 最低で最悪の答え②

「あーせいせいした」


 全屋台のチェックが何とか開始時刻前に終わり、安堵したところに、白崎先輩の晴れ晴れとした声が響いた。


「古瀬は去年もやりたい放題でむかついていたんだ。だから、今年こそは目に物見せてやる!と思っていた」


 そしたら勝手に自爆した。本当は営業中にとっ捕まえるつもりだったらしいけど、

未然に防ぐことができたと上機嫌に彼女は話す。

 あの後、彼はサークルの仲間に、「出店停止ってどういうことだよ!?」、「もうやだ帰るー」、「もう打ち上げの店予約しちゃっているんだけど」と責め立てられていて少々気の毒であった。

 中には、「お前、委員長なんだろ?もみ消して来いよ」と言い出す暴論もあったが、彼は何も言えず、ただ「ごめん」と謝り続けていた。もう委員長ではないことを言っていなかったようだ。いや、言えなかったのか。

 ラウンジワンの人たちに恨みはないが、ルールはルールだ。勝手は許されない。学生がやることだからと甘く見てはいけない。規律があるからこそ、自由が許される。勝手な自由は自分たちの首を絞めるだけだ。

 時計を見ると10時、5分前だった。

 でも、まだお客さんはあまり来ていなく、学生たちがいるだけだ。


「だいたいはお昼頃に合わせてやってくるからねー」


 開始時刻に合わせてくる人も少ない。


「でもね」


 白崎先輩が声を暗くする。


「声優のイベントは別だよ・・・」


 思わず後ろを振り返ると階段下が騒がしかった。

 初め、見た印象は黒い、と思った。

 徐々に数は増えていき、思わず、ひっ、と声を上げてしまう。

 上下、黒い服を着た眼鏡の男の集団がどどどと押し寄せてきた。

 彼らは屋台を見向きもせずに、屋内ステージにダッシュする。


「ほら、ね」


 次の私の仕事は、屋内イベントの誘導だった。



 吉野佑末、というらしい。

 今日来る声優さんの名前だ。

 初めて聞いた名前で、気になったので携帯で名前を検索する。なるほど、なかなかの数の作品に出演しており、私の知っている作品もあった。年齢は30代らしく、アイドル的な売り方もしていない。顔はめちゃくちゃ美人、綺麗!とは言えないが、優しそうな雰囲気のある、可愛らしい見た目だ。

 そんな彼女に会うために、沢山の人が並んでいる。

 年齢層は高めで、私の親ぐらいの年齢の人もいる。開場は10時半、イベント開始は11時であり、席も指定席で先着順じゃないのに、今か今かと列をなしている。


「凄い人だね」


 と言うと、屋内から外の様子を眺めている三澄さんも頷いた。

 10時半になったら、私たちはこの扉を開き、彼らが無事、自分の席につくように案内する。イベントが始まったら、後ろで待機し、途中で入ってきた人、体調が悪くなった人の案内、誘導を行う。それが私たちに課せられた役割だった。


「はわわー、仰山人おるでー」


 ひと際高い声がし、私と三澄さんは振り返る。

 そこには、先ほど携帯電話の画面で見た人がいた。

 並んでいた人も、中に吉野さんが現れたのに気付いたのか、ざわつき始める。


「二人ともめんこい子やね~。何年生~?」

「いっ、一年です。二人とも一年」


 街中で見たら声優かどうかわからない。でも、この独特な声は、まさしく声優だーと意識させられる。


「一年ってことは10代!?ピッチピチやね~」

「そ、そんなことないです」

「うふふ、お肌つやつややわ~。私もそんな時が、はっ、今は落ち込んでいる場合じゃないわ」


 一人でどんどん喋って、突っ込んでいき、話を進めていく。


「私もこの学校出身なの~。今日は宜しくお願いしますね~」


 そう言って、私の手を握り、次に三澄さんの手を握って、また後で~と言って控室に去っていった。

 卒業生だったとは知らず、知らなかった人から急に身近に感じられた。実際、距離は近かったのだが。

 握手してもらった手を顔に近づける。いい匂いがする気がした。



 開場した時は慌てたものの、イベントが始まってからは後ろに立っているだけなので幾分気が安らいだ。トークは1時間に満たないものであったが、吉野さんの魅力あってか、会場の人は終始笑いっぱなしで、私もイベントが終わるころにはすっかりファンになっていた。

 少し離れて立っていた彼女も、何回か口を抑えてくすくす笑っていたので、後で感想を聞きたい


 ステージイベントが終わるとお昼の時間だ。

 お客さんはまっすぐ帰らず、なんか小腹も空いた、あっ、屋台からいい匂いが、という感じで屋台に並んでいく。それに吉野さんもトークで、「うちの後輩たちが頑張っているから他も見て、食べて、満喫してね~」と言ってくれたので、従順なファンたちは彼女の言葉通りに色々と楽しんでくれるはずだ。

 これがお昼後、夕方のイベントだったら屋台に並んだり、他も見ていこうかなと思ったりしないだろう。しっかりと考えてタイムスケジュール練っているんだなと素直に感心する。

 さて、朝からずっと働いていたので、私たちも2時間の休憩タイムとなった。


「何処に行こうか」


 隣に並んで歩く三澄さんに問いかける。実行委員として働いている時には帽子を被らないのに、休憩タイムの今は何処から取り出したのか、私の上げた白いキャスケットを被っていた。その気持ちの切り替えは何なのだろうか。


「ご飯、食べる?」


 問いかけたのに、疑問形で返ってきた。確かにお腹が空いてきたので肯定する。


「じゃあ屋台回ろうか」

「うん」


 食品チェックで一通り回っているので、何処に何屋さんがあるか把握している。把握しているが、いざ食べようとなると何を食べていいかわからない。三澄さんも特に主張してこないので、私が主張しなければこのまま一周してしまう。

 どうしたものかと悩みながら歩いていたら、屋台で焼き鳥を焼いている壮太と目が合った。


「あっ、壮太」

「あっ、希依じゃん」


 三澄さんがこの人誰?という目で私を見てくる。

 そういえば説明したことなかったな。


「おお、隣にいるのは噂の三澄さん!?いつも希依がお世話になっております」


 お前は私の母親か。彼女は目線を下に、


「いえ、こちらこそお世話になっております」


 と話す。お前は私の仕事の上司か。


「飯は食べたの?焼き鳥丼どう?」


 目の前で焼かれているものを宣伝してくる。

 なるほど、文化祭では何を食べたいかではなく、知り合いのよしみで買っていくものなのか。確かに知り合いに話しかけられたら、買わざるを得ない。買わないで去るのはなかなか勇気がいる。


「食べてない。せっかくだし買うよ。三澄さんもどう?」


 こくんと頷き、彼女も承諾する。


「いいよ、お金はいいよ。俺からサービス」

「えっ、悪いよ。払うって」

「いいの、奢られて。実行委員会さんにはお世話になっているしね」

「わかった。お言葉に甘えよう」

「はい、焼き鳥丼2つ入りました~」


 ところで、気になっていたことを一つ。


「ここって、何サークルなの?」


 どのサークルも自身と関係した物を売るわけではないので、正直何をやっているサークルなのか、サークル名からしか想像できず、ほとんどが良くわからないサークルの食べ物となってしまう。


「ここはスノボーサークル」

「スノボーねー」


 皆でスノボーに行ったりするのか。冬はいいが、夏はいったい何をして過ごすのか。

 そんな私の疑問を読み取ったのか、


「夏は特に活動しないんだ。ただ文化祭に出るだけ。それに5つサークルに入っているしね」


 いつの間にか4つから、5つに増えていた。

 5つも入っていたら、情報がこんがらがってパンクしてしまう。まず名前と顔が絶対に一致しない。やっと七夕祭実行委員会の人の名前を憶えられたというのに、リア充って大変だな、と余計な心配をする。


「はい、焼き鳥丼」


 箸と器を渡される。ご飯の上に焼き鳥のももとネギがのっており、ご飯までタレがしみ込んでいる。

 三澄さんも「ありがとう」と受け取り、「じゃあねー」と壮太と別れる。

 立ちながら食べるのも行儀良くないので、座れる場所を探す。ちょうど良く、屋外のベンチからカップルがどいたので、そこに座る。


「さっきの人誰?」


 座り、落ち着いたところで三澄さんが尋ねてきた。


「さっきの人、焼き鳥丼くれた人?」

「そう、榎田さんと仲良さそうだった」


 確かに名前で呼び合うと、仲が良く思われるかもしれない。


「あー、あいつは壮太って言って、中学からの友達、悪友?って感じ。たまたま同じ大学に受かって、いやあいつがオープンキャンパスに連れてきたから私もここ受けたのか」


 そう思うとたまたまということではなくなるが、まあ約束していたわけでもない。


「ふ、ふーん、何だか、凄く仲良さそうだったけれど」


 仲の良さを詮索してくる。


「別に付き合いが長いだけだよ。あいつは本当冴えない奴だったんだけど、大学デビューしてイケイケになっちゃってさー」

「二人は付き合っていたの?」

「付き合う?」


 壮太と付き合う?ない、ない。そんな発想一ミリもない。


「ないない。あいつは同性の友達のようなもんで男としてみたこともないし、それに私、誰とも付き合ったことないし」


 年齢=彼氏いない歴とは悲しい限りで・・・。


 いや、別に必要ないし、告白された経験もあるし、と虚勢を張り、余計に悲しい気持ちになる。

 大学生になったら彼氏ができるのかなーと考えたことはあるが、全くヴィジョンが浮かばなかった。私が甘えるとか想像できない、吐き気がする。


「そ、そうなんだ、付き合ったことないんだ」


 何だか嬉しそう。人を憐れんで楽しいかい?


「三澄さんは付き合ったことあるの?」


 首を横にぶんぶん振る。


「ない、ないない。全くない、全然ない。絶対ない」

「そんなに否定せんでも」

「嘘ついてないよ?」

「わかったって。じゃあ私達仲間だね」


 いえーいと右手を上げ、彼女も照れながら「いえーい」と手を上げ、合わせる。ここに悲しい同盟ができたのであった。


「彼氏彼女は置いといて、三澄さんはどうしてこの大学受けたの?」

「それは、兄さんがいた大学だから」


 もういないというお兄さんがいた大学。


「来たことあるの?」

「うん、高校1年の時に連れてきてもらった」

「そうなんだ、だからあの屋上のことも知っていたんんだね」

「うん、兄さんに案内された」

「第一志望?」

「第一志望。他も芸術系の大学受けたけど、やっぱりここが好きだなって思って、ここを選んだ」


 芸術系に詳しくないけれども、彼女の実力ならそっち系でも十分に活躍することができただろう。

それでもここを選んだ。ここが好きだなって思った。私と同じだ。


「本当にここに来て良かった」


 私も彼女の言葉に同意する。

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