第66話 来たる日のために
フロントを往来する大勢の人々。
彼らが立てる足音が、ばらばらと壁に反響して雑然とした音楽のように鳴り響いている。
それに負けない声の大きさで、ミカはシュルツに訴えた。
「私、此処にいたい! みんなと、アレクと別れるのは嫌!」
「……そう申されましても」
困ったようにこめかみの辺りを掻きながら、シュルツは静かに言った。
「この世界に別世界から来た人間が長期滞在することは本来許されていないことなんですよ。貴女は事情が事情でしたので特例として此処への長期滞在が認められておりましたが……貴女を引き受けてくれる世界が見つかった以上は、貴女にもこの世界の規則に従って頂かなければなりません」
「……世界渡りの日取りは決まっているのですか?」
シュルツに問うアレク。
「七日後ですね」
シュルツは答えた。
アレクはそれを聞いて沈黙してしまった。
七日後に、ミカは世界渡りをするためにこの旅館を出て、旅立つ。
唐突に別れの日の訪れを宣告されて、複雑な気持ちになったのだ。
ミカと、別れたくない。でも、委員会の言うことには従わなければならない。
自分は、どうするべきなのだろう?
「絶対に、嫌だから!」
ミカは怒鳴りつけるように叫んで、階段を駆け上がっていってしまった。
ふう、と溜め息をつくシュルツ。
彼は開いていた書物を閉じて小脇に抱えると、真面目な面持ちで、アレクたちに言った。
「世界渡り当日の朝、こちらに迎えの馬車を手配します。それに乗って頂くようにお伝え下さい」
それでは私はこれで、と頭を下げて、シュルツは帰っていった。
ローゼンは腕を組んで、言った。
「愛し合う二人を世界が引き裂く……運命とは時として残酷なものなり」
はぁ、と息を吐いた。
「委員会の言うことは絶対だからな……何とか誤魔化して、ってわけにはいかないぞ。委員会に逆らったら、どんな罰則が飛んでくるか分かったもんじゃないからな」
「…………」
アレクは俯いた。
委員会がこの世界において絶対的な力を持っていることは彼も承知している。こうしてシュルツが来たということは、ミカは委員会に監視されているということに他ならないのだ。
七日後。その時が来たら、自分は彼女を笑顔で送り出すことができるのだろうか。
きっと、ミカは泣くだろう。別れたくない、と言うだろう。
それを聞いて、果たして自分は黙っていられるだろうか。
ぐるぐると、葛藤が頭の中を巡る。
ぽん、と肩に置かれる手の感触。
ローゼンが、アレクの肩を叩いていた。
「せめて、大切な思い出になるように……残された時間で、目一杯あの子のことを大事にしてやれよ。もうそれしか、お前にできることはないからな」
「……ああ」
それしか、ないのだろうか。
納得いかないながらも、他に考えも浮かばず。アレクはローゼンの言葉に頷いたのだった。
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