第60話 死者の戦いの流儀

 たぁんっ!

 銃口が煙を吐く。

 撃ち出された銃弾は、アレクの脇腹に命中した。

 穴が空いた体からじわりと血が滲んで、燕尾服をじっとりと濡らしていく。

 アレクは口元を引き締めて、フリーに向かっていった。

 拳銃を持つ手を狙ってナイフを繰り出す。

 フリーはそれを、余裕を持った動きで拳銃を盾に受け止めた。

「ほう……流石はアンデッドというだけのことはある。腹に穴を空けたくらいじゃ止まらんか」

「言っておくが、僕は人を斬ることに躊躇はしない。大人しく逃げるなら今のうちだ」

 冷静に言い放つアレク。

 フリーはそれを一笑に伏した。

「それは奇遇だな。俺も人を撃つことに躊躇はしないタチだ」

 ナイフを押し返し、銃口をアレクの額に向ける。

「アンデッドというやつは何処を吹っ飛ばしたら止まるのかね? 頭か? 心臓か? ああ、あんたは首が取れるみたいだから頭を吹っ飛ばしても止まらんか」

 躊躇いもなく、トリガーを引く。

 アレクは咄嗟に頭を横に倒した。

 銃弾はアレクの頬を掠め、何もない場所を貫いていった。

 アレクの頭が床に落ちる。ごろりと二人の足下に転がり、体を見上げる形で止まった。

 アレクはナイフをまっすぐに突き出した。

 フリーはアレクの腕を横から殴り、ナイフが抉る軌道を横に逸らした。

 ナイフの刃がフリーの腕を引っ掻く。細かな黒い毛がぱらぱらと散り、うっすらと赤い線が刻まれた。

 アレクは瞬時にナイフを逆手に持ち替え、突き出した腕をそのままフリーの体めがけて叩き付ける。

「おっと」

 フリーはアレクから距離を置き、ナイフを避けた。

 空振りしたナイフを胸元で順手に持ち直し、フリーとの距離を詰めようとするアレク。

 それを、フリーが撃った拳銃が阻んだ。

 銃弾はアレクの右肩に命中し、血の花を咲かせた。

「!……」

 体を貫く衝撃に、アレクの体の勢いが僅かに鈍った。

 振るわれたナイフは空しく空を裂く。

 今の一撃に体重をかけていたアレクは体のバランスを崩し、よろけた。

「とりあえず倒れとけ」

 フリーがアレクの足に銃口を向ける。

 それとほぼ同時だった。

 入口の扉が、勢い良く開け放たれた。


「貴様ら、大人しくしろ!」


 凛とした声が空間中に響き渡る。

 中に踏み込んできたレンは、抜き身の剣を片手にフリーたちの元に近付いてきた。

 レンを目にしたフリーの表情が一変した。

「……天冥騎士団だと!? 何でそんなもんが此処に来るんだ!」

 周囲にいた手下たちが、得物を放棄してばたばたと我先に外へと駆け出していく。

 ちっと舌打ちをして、フリーはアレクとの距離を大きく空けた。

 拳銃を懐にしまい、言う。

「……残念だが宴は此処までだな。あばよ!」

 椅子を飛び越えて、彼はアレクたちの前から姿を消した。

 誰もいなくなった場を見回し、ふんと鼻を鳴らしてレンは剣を鞘に収めた。

「……逃げたか」

「……レン。どうしてお前が此処にいるんだ」

 アレクは手にしたナイフをその辺に放り投げ、足下に転がったままだった自分の頭を拾った。

 レンは頭の位置を戻すアレクを見つめながら、答えた。

「犯罪を取り締まるのも天冥騎士団の務めだからな」

「……とりあえず、助かった。この場は礼を言うよ」

 アレクは撃たれた右肩に掌を当てた。

 べたりと大量の血が掌に付着する。それを握り潰しながら、彼は奥の扉に目を向けた。

「お前はもう帰っていい。後は僕の務めだ」

「そういうわけにもいかない。あの子供が此処にいるんだろう、それを確認するまでが私の役割だからな」

「……ミカさんを子供と言うのはいい加減にやめろ」

 アレクはレンを横目で睨んだ。

 ふう、と溜め息をつき、レンが肩を竦める。

「実際子供だろう。間違ったことは言っていない」

「……とにかく、奥の部屋だ。行こう」

 アレクはレンを連れて、奥の扉を開いた。

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