第20話 お気に入りのクッキー

「あ」

 散策の途中。リルディアは一軒の店の前で足を止めた。

 店の入口を指差して、ミカの方に振り返る。

「ね。此処寄ってかない?」

「?」

 誘われるまま、ミカはその店の中に足を踏み入れる。

「いらっしゃい」

 中に一歩入ると、ふわりとした甘い香りが彼女の全身を包み込んだ。

 すん、と鼻を鳴らして、彼女は呟く。

「……お菓子の匂い……」

「此処はね。クッキーのお店なのよ」

 赤煉瓦とガラスのショーケースで構成された内装は、一昔前のコーヒー屋を彷彿とさせる落ち着いた雰囲気の造りをしていた。

 ガラスのショーケースの中には、豊富な種類のクッキーが並べられている。

 バナナ、アーモンド、ピスタチオ、チョコレート──

 焼きたて、の札が付けられたクッキーは、天井から吊るされたランプの明かりを浴びてつやつやと宝石のように輝いていた。

「アレクちゃんはね」

 そっとミカの耳元に顔を寄せて、リルディアは言う。

「此処のクッキーが大好きなの。休みの日には必ず此処に買いに来るのよ」

 あの真面目な姿からは想像も付かないかもしれないが、アレクは甘党なのだ。

 コーヒーには砂糖を大量に入れて飲むし、女の子が喜ぶような巨大なパフェも幸せそうな顔をして食べる。

 本当に、意外だろう?

 ミカは目を伏せて、ぽつりと言った。

「……よく知ってるね。アレクのこと」

 その言い方には、微妙に嫉妬の念が込められていた。

 私はアレクのことを何も知らないのに、ずるい……

 リルディアは目を瞬かせて、くすっと笑い、ミカの肩に手を置いた。

「当たり前でしょ。あたしとアレクちゃんはこう見えて付き合い長いもの」

 ミカをショーケースの前まで連れていって、彼女は笑いかける。

「そういうことは少しずつ知っていくものだから、落ち込む必要なんてないわよ」

 肩をぽんぽんと叩いて、ショーケースに目を向けた。

「せっかくだから、アレクちゃんにお土産買っていきましょ。ミカちゃん、どれがいいか選んであげて」

「……うん」

 ミカはショーケースに近付いて、並んでいるクッキーを見比べた。

 どれも綺麗で美味しそうなのでかなり迷ったようだったが、考えた末に、彼女はチョコレートとパンプキンのクッキーを選んだ。

 リルディアが、店内の何処かにいるスタッフに声を掛ける。

「クッキー、頂ける?」

「はいよ」

 ぴょこん、とショーケースの陰から、店主らしき立派な髭の生えた男の頭が姿を見せた。

 頭だけ。体はない。

 首の下に足がたくさん生えている奇妙な生き物がいて、それが男の頭を支えていた。

 ミカはぎょっとして頭を見つめた。まさかこんな姿の店主が出てくるとは思っていなかったようだ。

「おや、可愛いお客さんだね。せっかくだからサービスするよ」

 店主に笑いかけられて、ミカはぎこちないながらも小さな笑みを返した。

 店の奥から姿を現した首のないエプロン姿の男の体が、当たり前のようにショーケースに近付いてきて中からクッキーを取り出し、小さな袋に詰めていく。

 クッキーで一杯になった袋の口を閉じ、可愛いリボンで結んで形を整えて、ミカへと手渡した。

「どうぞ。焼きたてだ」

「……ありがとう」

 焼きたてのクッキーが詰まった袋は、ほんのりと温かく店内に漂っている匂いと同じ匂いがした。

 ミカはクッキーの袋を大事に胸元に抱え込んだ。

「それ、ミカちゃんがアレクちゃんに渡すんでしょ。落とさないようにね」

「……うん」

 良いお土産ができたね。アレクもきっと喜ぶと思うよ。

 二人は店を出て、人が多く行き交う大通りを歩いていった。

 さあ、次はどんな店に行くのかな?

 何処であっても、せっかくの街巡りだから街の魅力を精一杯堪能してほしいと私は思うよ。

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