第142話 絶対不敗の決闘者 -09

    ◆回想



 エーデル・グラスパーは、決して真っ当な生き方をしていた訳ではない。


 元来のガタイの良さもあり、幼い頃から喧嘩三昧であった。しかも生身での戦いを好み、武器を用いる人間には特に容赦ない攻撃を加えていた。

 彼は負けなしだった。

 十代前半から大人の体躯相手にも喧嘩を挑みもしていたが、最終的には勝っていた。

 そんな彼は、頭は悪くなかった。

 故に、喧嘩を売る相手を段々と選んで行った。

 18歳を超えた頃、彼は個人での活動に限界を感じて組織に入った。地元でもっとも勢力を有していた闇組織に入れ、使い捨てのような役割を担わなかったのは、偏に彼の立ち振る舞いや売り込み方が上手かったからである。また、暴力的な面で不敗であるという実績があったことも考慮されたのだろう。

 その組織の中でも急速に成長し、知識を身に着けていった。

 だがその反面、物理的な戦いに関しては直接対峙するべきである、という考えは一向に曲げなかった。

 拳銃があろうとも。

 自分の力で戦うべきだ。

 そんな彼のその部分だけを見かねたのか、組織のトップから彼は、戦争の真っ只中である国に兵士として侵入して武器の密輸をしてこい、という命令を受けた。

 そして彼は知った。


「何だよこりゃ……っ!」


 銃弾飛び交う戦場。

 そのど真ん中に掘られた細長い穴――伏せれば掘って積み上げた少しの土の壁によってガードされる場所。

 ――積み上げた土だけしか守る者が無い平地。

 そこでは個人の強さなど何も関係ない。

 いくら喧嘩が強かろうと、無数の銃弾の前では無力だ。

 隣。

 また隣。

 彼らの命は、呆気なく散って行った。

 完全に負け側の方に付いてしまっていた。

 それが上の意向かは分からない。

 だけど彼は実感していた。

 また一人、また一人と命が散って行くのを。

 形とはいえ、仲間となって笑い合った人達が。

 顔に多数の拳を受けても簡単に死なないのに。

 顔に多数の銃弾を受ければ確実に死ぬ。まず間違いなく助からない。


 ――卑怯だ。


 そう思った。

 自分の手を痛めることもなく命を奪う遠距離の攻撃。

 拳銃は相手にしたことがある。

 だが、あれだけの大型の銃は街中ではなかった。

 その銃が放つ攻撃には意志も何もない。

 ただ撃って。

 ただ相手が死ぬ。

 それだけだ。

 意志を込めれば威力が増すわけでもない。

 相手を見ずとも、遠くから当てれば殺せる。

 そんな無機質な攻撃が、拳よりも強い。


 更にそんな銃撃を、爆撃が上回る。

 人一人を狙うのではなく範囲を狙う攻撃。

 意志が無いとかそういうレベルの話ではない。

 個人の戦いなんてどこにもない。

 それが戦場。


 そして気が付いた。

 自分の世界の狭さに。


 今まで暴力の世界で生きてきた。

 拳だけで戦ってきた。

 そうじゃない相手はねじ伏せてきた。

 それが拳銃相手でも。

 だがそれは、あそこだけで通用したことだ。

 そこでイキがっていた自分は、何と愚かなのだろう。


 どうして――暴力に走ったのだろうか?


「ふっざけてんじゃねええええええええええええっ!!」


 戦場のど真ん中で叫んだ。

 暴力で相手を従わせる。

 それが正しいと思っていた。

 そして現実は、そのことを肯定する形だった。


 だからこそ思ったのだ。

 こんな世界はおかしい。


 自分が弱者の立場になって――いや、違う。

 自分が弱者だと知って、ようやく気が付いたのだ。


 自分は今まで勝者だと思っていた。

 負けたことが無いと思っていた。


 しかし実際は――暴力に訴えた時点でのだ。


「これが世界か! これが現実か! 何だよこれ!? こんなことが許されていたのかよ……っ! ふざけんじゃねえ! こんなの……」


 彼は血が出る程に拳をぎゅっと握りしめる。


「こんなの……間違っていやがる……」


 世界は間違っている。

 そんな世界に従った自分は間違っていた。

 それがたまらなく悔しかった。


「う、あ、う、う……うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 咆哮。

 悔しさの塊。

 それと合わせてもう一つ。

 彼は初めて、この場で感じていたことがあった。

 それは――


 パシュン。


「っ!」


 銃弾が顔の真横を掠めていった。一筋の傷口を作る。

 あと数センチ――いや、数ミリずれていたら命はなかった。

 何も出来なかった。

 ――見えなかった。

 この場にいたらいずれは当たる。

 当たってしまう。


「――……!!」


 死への恐怖を初めて感じていた。

 今までは自分が強者だと思っていたが故に思っても見なかった感情。

 自分の拳が効かない状況下で芽生えた感情。

 人として当たり前のように持っている感情を、彼はようやく手に入れた。

 だが――彼は人と違った。


「……ふざけんじゃねえぞ! こんなもんで殺されてたまるか!

 こんな――!」


 彼が恐れていたのは、ただの死ではなかった。

 自分が疎んでいた方法で殺されてしまうこと。

 それが何より怖かったのだ。


 こんな状況でも、彼の芯はブレてはいなかった。


 人並み外れた固い意志。

 意志の持たない攻撃で死にたくない。

 裏を返せば、タイマンであれば受け入れたということだ。

 その異常性。


「こんなことするやつなんて――クソ食らえッ!」



 それが奇跡を産んだ。



 ――バスッ。



 鈍い音だった。

 彼の慟哭も虚しく、一発の銃弾が彼の眉間を捉えた。

 しかしその弾は――彼にダメージを負わせなかった。

 弾いた。

 しかも、その弾は発射した人間の方向へと物凄い速度で戻っていた。

 すると「……がはっ」とダメージを受けた相手兵士の声が微かに聞こえた。

 ……誰かが突撃したのか?

 そう思った彼だが、すぐさま別の方向に思考が動く。

 それはハッキリと認識したからだ。

 防御の為の土壁が完全に崩れいよいよ命を失う時を待つだけだった彼に、何発も銃弾が撃ち込まれていた。

 だがそのどれもが不発――当たっているのにダメージを全く受けない状態が目に取るように分かったのだ。


 上。

 右。

 左。

 下。

 前。


 ありとあらゆる場所から放たれた弾丸は、何一つ彼に届かなかった。

 まるで目の前で、放った人の所に戻って行くような――



「……うん。目覚めたのは君のようだね」



 突然だった。

 そんな声が振ってきた。

 ――彼は上にいた。

 がっしりとした体躯に刈り上げた髪。目の下に刻まれた刀傷が目立つ青年であった。戦場にいるには小奇麗な白い恰好をしている。

 そんな彼は上にいると称した通り、上空五メートルあたりに浮遊していた。

 身体一つで。


「誰だ!? ……っ!?」


 そう言いながら同時に違和に気が付いた。

 先程からずっと――四六時中鳴り響いていた銃弾の音が全く聞こえなくなったのだ。

 それを聴覚で知り、そして次は視覚で知る。

 兵士も戦車も味方さえも、全く微動だにしていない。

 まるで世界が静止したかのようだった。


「……何したんだ?」

「周囲を切り取って……まあ、平たく言えば『時を止めた』ってことに近いな。――さて、これでゆっくり話せるな」


 周囲が動かなくなった世界で、男は手を広げる。


「簡単に言おう。君は今、人の理を超えたのだ。そう、目覚めたのだよ――能力に」

「能……力……?」

「そうだ。見るからに『遠距離攻撃無効化』のようだな。もし『全攻撃無効化』だったら君一人で世界を取れるほどの有り得ない程の逸材だが、現段階でもかなり強力な能力の様だ」


 ポカンと口を開けるエーデル。だがすぐに鼻を鳴らす。


「……はん。馬鹿馬鹿しい。そんなものこの世に存在するわけがないだろう?」

「その言葉自体が今の状況に合っていないことを、君は判っているだろう?」

「……」


 判っていた。

 判っていたが、俄かに信じられなかったのだ。


「……正直、俺が死んで夢でも見ているんじゃねえのかと思っているよ」

「死んではいない。それに君は言っていただろう?」

「何を?」

「死にたくない、と」

「……違えよ」


 エーデルは否定を口にする。


「確かに死にたくないと口にしたが、それは殺す意志のないただの攻撃で死にたくないだけだ。タイマンだったら納得がいくが、納得がいかねえやり方には死んでも死にきれねえよ」

「……」


 今度は相手が目を丸くする番であった。


「あっはっは。そうか。それはすまなかったな」

「何故笑う?」

「いや、あまりにも古臭くて、そして思考が常人と違うなと思ってだな。ふむふむ、成程。だからこそそんな強力な能力に目覚めたのかもしれないな。ということは俺も……まあ、そういうことになるのか……」

「?」

「いや、失礼。ちょっとこっちの話だ。……さて話を進めよう」


 男はそこで空中からエーデルの目の前に降りてくる。


「君は世の理から外れた。このまま生きていくことは色々な意味で出来ない。それは分かっているね?」


 判っている。

 このような異常な人間がいれば、色々な意味で人とは違うことになる。

 表でも。

 裏でも。


「……ああ。だったら何だ?」

「見ての通りだが俺だってその一人だ。君と同じだ。だからどうだ?」


 彼に手を差し伸べる。


「俺達と一緒に――?」


「世界を……変える……?」


 エーデルは確かに思った。

 こんな世界なんて間違っている、と。

 そんな世界を変えると、目の前の男は言った。

 どこのファンタジーの世界の話だ、と思った。

 しかし今の状況はファンタジーそのものだ。

 現実的ではない。

 そして――少なくとも、この時のエーデルの望みとは一致したのだ。


「……どうやってやるかは知らねえが、まあいいだろう」


 エーデルは彼の手を取った。


「このままの世界で死ぬならば世界を変える方がマシだ。乗ってやる」

「いい選択だ。約束しよう。君も望むような世界に変えていくことを」

「きちんとやれよ。やってやるから。えっと……」

「ああ、名前か」


 そういえば言っていなかったな、と男は頬を掻く。


「私の名前はウェストコット・ライトブルー。しがない剣士だよ」


 男――後の親友となる将軍ウェストコット・ライトブルーは苦笑いを浮かべながら名を告げた。


「しがない剣士が空を浮いて時を止めることなんて出来るかよ」

「さっきはああ言ったが実は時を止めたわけでは……まあ、いい。おいおいそこら辺は伝えていこう」

「そうだそうだ。ちゃんと教えろよ」


 エーデルはウェストコットから手を離し、その左胸に拳を当てながら言った。



「俺がどうすれば世界を変える――こんなのかってのをな」

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