第99話 転校生にはおちゃめな一面が存在した -12
「誰って顔をしているわね! 私の名前はフランシスカ・ブラッドフォード!」
高校の教室に唐突に現れた幼女は、全くと言っていいほど無い胸を張って、誇らしげに自分の名を告げていた。
しん、と静まる教室。
数秒間、誰も何も発せないし行動も出来なかった。
無理もない。
小中高一貫でもないのに、いきなり小学生が教室に入ってきたのだ。
しかも美少女の外国人が。
「あ、あら? だ、誰か何か言いなさいよ!」
沈黙に耐えきれなかったのか、狼狽し出す幼女、フランシスカ。そこら辺はまだ小学生といった所だろうか。
考えなしに行動し、その後に困る。
途端に顔が泣きそうに歪んでくる。
「あの……えっと……本当に……何とか……何とか言ってよ……」
「……お嬢様? どうしてここに?」
「セバスチャン……っ!」
ぱぁっ、とフランシスカが顔を輝かせる。が、すぐに「……こほんけほんかほん」とわざとらしい咳払いをして高圧的な口調をセバスチャンにぶつける。
「どうしてこんな所にいるのよ、セバスチャン!」
「それはこちらの台詞ですが……小学校はどうしたのです?」
「抜け出してきたわよ。あんな所、私には相応しくないわ」
「勉強についていけなかったのですか?」
「違うわよ! 勉強は大丈夫だったわよ! ちゃんと先生に指名された問題の半分の半分は当たっていたし!」
言い替えれば、75パーセントは間違っている。
しかしセバスチャンはそこには言及せずに、優しい声で問い掛ける。
「では何故、ここに来たのですか?」
「うっ……そ、それは……」
「そこまでして私に会いたかったのですか。そうですよね」
「それは絶対に違う」
「おお、これがジャパニーズツンデレ、ってやつですね」
「私はジャパニーズじゃないわよ!」
シャーっと猫のように威嚇する声を放つフランシスカ。
幼女が怒っている様子は、とても微笑ましかった。
故に、声も掛けやすかったのだろう。
「ねえねえ、セバスチャン君。その子、可愛いね」
1人の女子がそう声を掛けたのをきっかけに、次々と女子がフランシスカの近くへと寄っていく。
「お嬢様って言っていたけど、この子がそうだったの?」
「フランシスカちゃんって言っていたよね。カワイー! お人形さんみたい!」
「うわ! 私本物の金髪初めて見たよ! 綺麗!」
「いい匂い!」
「ちっちゃい!」
「ちっちゃ可愛い!」
「ちょ、ちょっと何なのこいつら!? やめなさい! 私に触るにゃあばばばば!」
あっという間に女子達に囲まれ、もみくちゃにされるフランシスカ。
「にゃあって舌足らず可愛いわあ」
「ツンツンしているのも可愛いわあ」
「ちっちゃいお胸が可愛いわあ」
「一挙一等足が可愛いわあ」
「ちょ、どこ触って……セバスチャン! セバスチャン! この私を助けなさい!」
「嫌です」
「即答!? 何でよ!?」
「命に支障はありませんし、女性達に翻弄されているお嬢様が可愛いからです」
「こ、この裏切り者―っ! あばばばばばば!」
また、あばばば、と女子達の海に溺れていくフランシスカ。
そして彼女は「ぷはっ」と顔を出し、涙目でセバスチャンに告げる。
「分かった! 分かったわよ! 契約するから! ここから助かる為の知恵を貸しなさい!」
契約。
その言葉に、一連の騒動を傍観者の立場として引き続き見守っていた拓斗は、少しだけ反応を示した。
彼女が言った契約とは、拓斗と遥の間で結ばれている契約である主従関係、もとい――『
『スピリ』が求めるモノを、契約をして手に入れる。
拓斗の場合は遥が望んだ『盾』となった。先の言葉から、フランシスカはセバスチャンの『知識』を欲したのは推察出来る。
そして欲された方は、無償でそれを提供するわけではない。
対価が必要である。
その対価とは――『スピリ』は契約者の命令を何でも聞かなくてはならない。
何でも、だ。
つまり、何でも言うことを聞くからここから助けろ、とフランシスカは口にしたのだ。
「承知いたしました」
にやり、とセバスチャンの口元が微かに上がったのを拓斗は見逃さなかった。
――まるでこの時を待っていたかのように。
俯瞰してみればそれはそうだろう。好いている女子に何でも命令できるのであれば顔が緩むのも仕方がない。
「ではお嬢様、私が貴方に知識を授けましょう。この状況を脱する方法は簡単です」
にっこりと微笑んで彼は言う。
「この場で、私にいつもの対価を支払えばよいのですよ」
いつもの対価。
何の話をしているんだ、と女子達が不思議そうな顔でセバスチャンの方を見る。
その隙を狙って、フランシスカは女子達の海を抜け出してセバスチャンの元までやってくる。
「はあ、はあ……ど、どうよ! 結局あなたの助けが無くても脱出できたわよ。対かなんて支払わなくても――あなたの知識なんか借りなくてもね」
「おめでとうございます」
「ふふーん」
「ですが――それで本当に脱出できたと思っています?」
「え……?」
フランシスカが絶句した先には、先程まで群がっていた女子達が目を光らせて向かってくる様子だった。
「ねえセバスチャン君。フランシスカちゃんをもふもふさせて」
「ふにふにさせて」
「ぷにぷにさせて」
「くんかくんかさせて」
「な、何よ! 何でこっちの人達も私に触りたがるのよ!?」
こっちの人達、ということは小学校でも同じ目にあったのだろう。こちらに逃げてきた理由もそれだというのは察しがついた。
「で、どうします、お嬢様?」
「ぐ、ぐぬぬ……」
「もふもふ」
「ぷにぷに」
「ぽよぽよ」
「ぽよぽよはしてないわよ! 分かった! 分かったわよ!!」
フランシスカには悩む暇などなかった。
故に実行した。
彼女は近くの机の上に座り、
「ほら――ご褒美よ、セバスチャン」
あっという間に靴下を脱いで素足になり、その小さく滑らかな足先を空に投げ出す。
そしてその足をセバスチャンは手に取り――
――ベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロ――
全力で舐めた。
舐めた。
そりゃもう、遠慮なしに。
「はっ……むはっ……うっ……はぁ……はあ……」
息継ぎを忘れる程に。
目を見開いて。
鼻息荒く。
それはもう、気持ち悪い光景だった。
イケメンでも駄目だった。
先程まで黄色い声を上げている女子達もドン引きだった。
物理的に引いていた。
「お前……そっちの方が恥ずかしくねえのかよ……」
好きな人をバラされることは駄目でも、好きな人を舐める様子を見られるのは問題ない。
そんな風に、転校生にはおちゃめな一面が存在していた。
もっとも、おちゃめ、という領分はとうに超えた所業であったのだが。
その日。
セバスチャンに黄色い声を上げる女子はいなくなり。
代わりに男子の友達が少しだけ増えたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます