第83話 悲獄の子守唄 -25
「しっかりして原木さん!」
視線の先にいた遥は、地面に崩れ落ちていた彼女の身体を支えながら必死に声を掛けていた。
「背中の傷は……きっと何とかなる! だから……」
「遥……」
必死に声を掛ける遥に、拓斗は疑問を向ける。
「どうして君はそこまで必死に……?」
「……悲しい唄だったのよ」
「え……?」
「原木さんの唄は……とっても悲しい唄に聞こえたのよ」
遥の声は震えていた。
「綺麗で……だけどとても泣きそうになる……感情の籠った……赤ちゃんを失っていた悲しみが、直接心に響いてくるような、そんな子守唄だったのよ。それは決して、地獄なんかではなかったわ」
でも、と振り絞るように彼女は言う。
「確かに原木さんのやったことは許せないし、自分勝手だと思うわ。だけど、それでも赤ちゃんを想う気持ちだけは本物で、否定しちゃいけない」
「遥……」
「だから原木さん! ここで死んじゃダメ! あなたはきちんと罪を償って生きなきゃいけないのよ! そう――自分の赤ちゃんの分までも!」
その言葉と同時に、原木の目が見開かれた。
しかしそれも一瞬のことで、やがて彼女の瞼はゆっくりと落ちて行き――
「 」
声は無かった。
だけど、その口の動きだけで何を口にしたのかは分かった。
ごめんなさい。
自分の子供にか。
唄で殺した人達に対してか。
或いは攻撃して傷つけた、目の前にいる遥にか。
誰に向けた謝罪だったのかは分からない。
だけど確かに言えることがある。
(もうこの世に地獄の……いや言うなれば――『悲獄の子守唄』は二度と現れないだろう)
造語だ。
だが悲しみの檻に閉じ込められていた彼女を表現するにはふさわしい表現だ。
原木御子。
彼女の声がこの世に響くことは、もう二度となかった。
こうして。
拓斗と遥の初めての対人戦は、勝利も敗北も無い、後味の悪いものとなった。
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