第62話 悲獄の子守唄 -04
◆
「おっす。拓斗」
学校に着くなり大海が声を掛けてきた。あれだけ勉強嫌いなのに普通に早く学校に来ていることについて一度問い詰めたことがあるが「が、学校に来たい理由なんてそれは百パーで……言わせんなよばかっ!」と何故か学校という無機物相手にツンデレをしだしたので話題に上げることを封印することにしたのだった。
「今日は剣崎さんと一緒に登校していないのか?」
「していない。というかまるで遥と毎日一緒に登校しているかのような口ぶりで言うな」
遥と一つ屋根の下で暮らしているのは事実だが、付き合ってなどいないということを暗に示すために登校は別にしているのだ。仲が悪い訳ではないが、「身を守る為に後生じゃあ……後生じゃあ……」と懇願したら遥は引きながら了承してくれた。
拓斗としてもこれ以上その話題を振りまかれると他のクラスメイトの襲撃に遭うことは目に見えていたので、話題を逸らすために辺りを見回す。
「蒼紅は来ていないんだな」
「ああ。……いや、分かんねえ。あいつ、多分サイクル的に今日は黒だしな」
「黒か……」
黒の髪の時の蒼紅は忍者になり切っている節がある。その為、登校していながらもどこかに隠れて潜んでいるということも一度や二度ではなかった。大抵が普通に遅く来ているだけなのだが、数度行えば可能性として頭に残ってしまう。サッカーでロングシュートを多く打つことで相手ゴールキーパーに警戒させる戦術と同じことである。
「今日はどこに隠れていると思う?」
「天井裏……は前にあったしな。52パーで机の中だな!」
「もはや人間の域を超えているな……」
呆れながらも「まさか……」と思って近くの机の中を覗こうと屈んだ所で、
「お、おはよう、拓斗君!」
「あ、おはよう、亜紀」
ちょうど膝上が見えたので見上げたら、そこにいたのは亜紀だった。何故か顔を赤らめながらはにかんだ笑顔を見せているのだが、そこまで緊張をする要素があっただろうか――と疑問を感じながらも即座に返事をする拓斗。因みに見上げてはいるが、亜紀の膝上までしか見えていないのでスカートの中は全く分からない。
「……そういやさ、拓斗。聞きたいことがあるんだが」
「あん? どうしたよ、そんな低い声で……って顔!?」
大海は仁王像のような顔で問い掛ける。
「いつから神上さんのこと、下の名前で呼び合うようになったんだ?」
「え? 昨日からだけど」
「ふーん。あ、それはそうと拓斗」
「何だ?」
「男子の皆さんがお怒りだ」
大海が両手を広げたその後ろ。
そこには既に登校していた男子生徒の軍勢がいた。
その数、ざっと50人。
「ちょっと待って何でそんなに多いんだ!? っていうか他のクラスの奴も交じっているだろう!?」
「王の軍勢だ」
「それお前が王ってことじゃねえか! ってか統率取れすぎだろ!」
「またなんか男子がバカしているわね」
呆れ声と共に入室してきたのは、遥だった。
「あ、遥ちゃん、おはよう」
「おはよう、亜紀。これはどういうこと?」
「えっと……なんか私と拓斗君がいつから下の名前で呼ぶようになったのか、ってことになって……」
「ああ、昨日の……って、ふーん」
一瞬、にんまりと遥は嫌らしい笑顔を見せつける。
「ねえ亜紀。赤ちゃんっていいよねえ」
「あ、うん。話だけでも可愛いと思えたよね。でも急にどうしたの?」
「ん? 別にー」
「赤ちゃん……だと……?」
「既にそんな所まで事は進んで……」
「事後か」
「事後だったのかよ」
「だから名前で呼んでいたのか」
「ピロートークの延長線上かよ……」
「しかも二人共」
「美少女二人を一晩で……」
「鬼畜」
「鬼畜」
「許すまじ」
「許すまじ」
「是非も無し」
「是非も無し」
「慈悲も無し」
「慈悲も無し」
「ちょっ……大海! 何でお前音頭取っていやがるんだよ! っていうかみんなもどうしてこんなスムーズに僕を吊るすことに慣れてきてるんだよ!? 僕は悪くねえ! まだ清い身体なのに冤罪だ! 助けてくれ!」
「た、拓斗君! ……助けなきゃ!」
「いいのよ、亜紀」
「何で止めるの遥ちゃん!?」
「ここで亜紀が止めたら事態はもっと悪い方向にシフトするのは目に見えているわ。だから私達はここでグッと助けたい気持ちを抑えなくちゃいけないのよ。悲しいけど。辛いけど」
「そ、そうなんだ……じゃあ私もそうしなくちゃいけないんだ……」
よよよ、と泣き崩れる遥の演技にすっかりと騙される亜紀。純粋で可愛いなあ――などと諦観も含めて思いながら、その頭には血がどんどんと昇って行く。
――その時だった。
ピタリ、と。
周囲の世界が静止した。
「……前もあったよな、このタイミング」
嘆息と共に拓斗は言う。最初は驚いたものだが、何回も経験すれば人間はなれるというものだ。
だけど拓斗はスピリじゃないので、遥に確認を取る。
「遥。これはいつものか?」
「ええ、そうよ」
遥も慣れた様子で拓斗に結ばれたロープを解きながら、明確に事象の原因を告げる。
「『魂鬼』が現れたわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます