第60話 悲獄の子守唄 -02

    ◆白夜ホワイトナイツ本部



「全く……あの人はいっつもいっつも急に仕事を振るんだよなあ……」


 眼鏡を掛けて白衣を羽織った一人の男が、ぶつくさと文句を言いながらパソコンの画面をじっと見つめていた。

 彼がいるのは、『白夜』の本部の一室。

 『白夜』。

 スピリを束ねる組織の名前。

 世界中に散らばっているスピリを束ねるその組織の本部は意外なことに日本にあった。

 その本部は外部から簡単にばれないように外側からは一つのオフィスビルにしか見えないようにしているが、スピリ特有の科学力でゆったりとした部屋がいくつもある状態となっている。故に彼は安心して、広大ながらも一人しかいないその部屋で、『白夜』所属の人間としての仕事をしていたのだ。

 その仕事とは、とある人物の調査だった。今は支部長となって本部から離れている先輩からの依頼であった。夜中に電話が来たことについては、深夜アニメを見ていたので起きてはいたが、物語の話が頭に入らなかったので正直勘弁してほしかったな――と考えながら、彼は調査員達から集まった情報に目を通す。

 時刻はもうすぐ正午。

 集まった情報もそこそこ増えて来た――と思った所で、


「……………………え?」


 彼は思わず眉を潜めた。

 上がってきた情報の内容が、あまりにも想像とかけ離れていたからだ。


「先輩はどうしてこんな人を見つけられたんだ……?」


 額から汗が一筋垂れる。

 目下の目的は『地獄の子守唄』が誰かを突き止めること。

 そこに繋がる情報であるかは分からないが、衝撃的な事実の所為で男は報告内容にしか意識が向いていなかった。


 だからだろう。

 背後に忍び寄る人間に気が付かなかったのは。



「――ふーん。これは憐れねえ」



「っ!?」


 ガタッと。

 男は思わず椅子から転げ落ちてしまった。

 突然、吐息を感じる程の距離で後ろから声を放たれたからであった。


 それは少女だった。


 年はまだ一桁くらいだろうか? それ程までに小柄な少女であった。その幼さに加え、金色の髪に緑色の目は、人形にさえ思われる程に美麗であった。

 しかしながら男は、その少女に恐怖しか感じていなかった。

 先程まで他の人の気配など微塵も感じなかったのに、そこに存在している少女に。


「い、いつの間に……」

「ついさっきですよ」


 男の声。

 勿論、それは目の前の美少女から発せられた声ではない。

 影のように、彼女の後ろから聞こえて来たのだ。

 さらさらとした黒い長髪に執事服、顔も整っていて高身長という、正に絵に描いたような従者がそこにいた。

 唐突な登場に男は息を吸うので精一杯で言葉が吐けなくなっている程に驚いていることを余所に、二人はパソコンの画面を覗き込む。


「お嬢様。何か面白いのがありましたか?」

「ええ。今度赴任する場所で蔓延っている悪の情報よ」

「どれ……………………ふむふむ」

「どう? 今は行方が分かっていないらしいけど、次に行き当たる場所は分かる?」

「分かりませんね」


 そこで執事服の男は突如、その膝を付いて頭を少女に下げ、言った。


「……分かったわ」


 少女は一つ大きな溜め息を吐くと、執事服の男に向かって大きく口角を上げる。



「契約をするわよ。――

「分かりました」


 契約。

 頭脳を望む。


 その単語から彼女もスピリであることは理解したが、それ以上は思考が廻らず、白衣の男は呆然と彼女が呪文を唱えているのを、ただただ聞いていることしか出来なかった。

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