悲獄の子守唄
第59話 悲獄の子守唄 -01
◆
原木御子。
夜明け前の淡く太陽が上った頃、彼女は部屋の中心で座り込んでいた。
「やらなきゃ……やらなきゃいけないんだ……」
その目には大きな隈が出来ていた。
ある時から
彼女は一睡もしていなかった。
――出来なかった。
怖かったのだ。
どうしても怖かった。
寝るのが怖かった。
寝て起きたら、前みたいにああなるんじゃないかと――
「…………」
先日の買い物の際、これだけ目つき悪い状態なのに高校生が話し掛けてきたのはびっくりした。しかも裏心なしでやり取りが面白かったので、思わず荷物を持ってくれるという申し出を受けてしまったが、家に付いた途端、後悔が一気に押し寄せてきた。
何で受けてしまったのだろう。
何で自身の子のことを話してしまっているんだろう。
家の前まで来た瞬間までそのことを思わせなかったのは、あの高校生達との会話で癒されたのか。それとも他の理由があるのか――
そう思い悩んでいた時だった。
「やあやあ、ご機嫌はどうでしょうかね?」
ひどく陽気な声が響く。しかしながらその声は普通ではなく、機械を通した、男とも女とも分からない声。
更には容姿も、男か女か分からない。
中肉中背。
綺麗な黒い長髪だけが外に出ているが、身体の凹凸を隠すような黒い外套を身に纏っている。
何より一番の特徴は顔。
その顔は、道化師の仮面で隠されていた。
にたにたと笑った、白色の仮面。
原木は正直に、気味が悪いと思った。
そんな人物が急に目の前に現れたことに、恐怖と不満が折り重なって強い口調で返答する。
「……いいと思っている? いきなり音も無く無断入室してきて。どうやって入ってきたの?」
「それは企業秘密ってやつですよ」
「企業って……トワイライトっていう名前だっけ?」
この仮面の人物は自ら「私はトワイライト所属の名前はピエロです」と名乗っていた。どこまで本気か分からないが、強く印象に残っていた。
そんなピエロと名乗っている人物は恭しく礼をする。
「その通りでございます。とは言いつつも実は企業ってわけでもないのですが、先の『企業秘密』って言葉はどうなるんでしょうかねえ?」
「知らないわよ」
「ですよね。どうでも良いことですよね。――さてさて、前置きはここまでにして本題に入りましょう」
ピエロは原木の真横までゆっくりと近づいていく。
「あなた、調べられていますよ」
「なっ!?」
「どうして、っていうのは私にも分かりません。しかしながらあなたに関して色々と探っている人がいるのは間違いないです」
驚きに目を見開いている原木の肩にそっと手を置いて、囁きかけるように告げる。
「――あなたが大量に人の魂を奪っていることを察せられたのかもしれませんね」
「……っ!」
「おっと。それはさせているのは私達、って思っても構いませんよ。思うだけならば何の害もありませんから」
こいつさっきから私の思考を――と気味悪さに拍車を掛けているピエロに、原木は奥歯を噛みしめる。
だけど、ここで逆らえないのだ。
全ては――あの子の為に。
「さてさて、ではここから逃げ出しましょう。今なら外に誰もいませんから」
「……分かったわ」
どうやらここにいては色々と不都合だということ。元から拒否の選択肢の無い言葉であったので、原木は素直に首を縦に振った。
しかしながら、次に告げられた言葉は承服しかねた。
「時間が無いので全てを置いて付いてきてください」
「っ!? ちょ、ちょっと待って!」
「何ですか? 化粧などしている場合ではないですよ」
「そうじゃなくて、その……」
ちら、と奥にあるベビーベッドに目を向ける。
「それはこの子をも置いていけと……」
「別に持って行ってもいいですよ」
但し、とピエロは付け加える。
「その状態であなたが歌うことが出来るのであれば、ですが」
「……」
原木は唇をきゅっと結ぶ。
ピエロが言ったことについて、肯定の言葉を述べることが出来なかったからだ。
「大丈夫ですよ。後で別の手の者がきちんと回収しますから」
「……………………分かったわ」
原木は唇が切れて血が出る程噛みしめながら、ピエロに手を引かれてアパートを着の身着のままで飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます