戸惑い
第50話 戸惑い -01
原木の家に大量の荷物を届けに行った後、一時間という制限時間の下で各々三組に分かれたデートもどきもなんだか中途半端になってしまい、日も段々と落ちてきたので、一同は帰宅することにした。住んでいる所が同じなので当然ながら拓斗と遥の帰路は同じであった。何故か亜紀が「じゃ、じゃあ私も」とついて来ようとしたのだが、静にいつものように気絶させられてずるずると引き摺られていった。みんなと遊んでテンションが上がってしまったのだろうか? ――と、拓斗は微笑ましくその様子を見守りながら皆と別れた。
「……その様子だと何も無かったのね」
ぽつり、と遥がそう言葉を落とした。
「何も、って何がさ?」
「あ、え、う……それを私に聞いてどうするの?」
いかにも、不意に出てしまった言葉を聞かれて戸惑ったけど体裁取り繕って何とか余裕を見せてみました、という態度だったが、そこに言及しても遥は「何のこと?」って言い張るのは目に見えたので、
「ま、それもそうか」
とりあえず話を流してゆっくりと足を進めると、横に並ぶように遥もついてくる。
下校時よりも長い帰り道を二人は歩く。
「そういえば遥は蒼紅とどうだったの?」
「え? なに? 気になるの?」
「うん。青の時のあいつとどんな会話で時間を持たせたのかって興味あるね」
「……」
最初は何故かにやにやとしていた遥だったが、急にその表情を無に変える。
「どうしたのさ?」
「いやー、別にー?」
「何でふてくされているのさ?」
「ふ、ふてくされてねーし。そんなんじゃねーし」
「お前、本当にキャラがぶれているなあ」
「と、冗談はそこまでにしておいて」
パン、と手を一つ叩いて遥は肩の力を抜く。
「蒼紅とはせっかくだし、喫茶店にすぐ入って過去の拓斗達のことを色々と聞いたわ。どんな風に出会ったのか興味があったからね。話を聞いていたら時間なんてすぐだったわよ」
「……まんまじゃねえか」
「まんま?」
「いや、亜紀がさ、遥と拓斗がどんな会話しているのか、って予想していたまんまだったんだよ。僕達の過去について訊くってのが」
「へぇ……って、亜紀?」
遥の眉がへの字になる。
「ああ、うん。さっきの予想したのは亜紀だよ。女性の勘ってやっぱりすごい――」
「……拓斗って、亜紀のことを下の名前で呼んでいたっけ?」
「あ、そっちか。うん。今日からだよ」
頬を一つ掻く。
「亜紀のことはずっと神上さんって呼んでいたけど、それに疎外感を感じていたようだ、ってな感じなことを聞いて、じゃあ仲良くなったしいいじゃない、みたいな感じで」
そんな直球な話ではなかったが、彼女の意図を汲めばそういうことだろう。
「それがどうしたの?」
「……やっぱり何かあったんじゃないの……」
「あ、うん。そういう意味なら何かはあったね」
「……そうね」
ぶす、っとした様子の遥。どうして遥の機嫌を損ねることになるのだろうか、ということについては、きっと素直にそう答えなかったせいだな、と拓斗は自問自答をすぐさま行い、言い訳気味に彼女に説明する。
「いやだって呼び名を変更するって何かタイミングがいるじゃない。折角二人になって色々会話出来て更に仲良くなったし、もう下の名前で呼んでいいんじゃないか、ってなったけど、それをみんなに宣言するのは何か違う気がすると思わないかい?」
「……はあ。それもそうね」
彼女は大きく息を吐くと「……蒼紅の所為ね。そんなんじゃないのに、全く、もう……」と小さく呟いてから二、三度首を横に振る。
そして彼女は嫋やかに微笑み、拓斗に問う。
「で、えっちなことはしたの?」
「いきなり何を言っているんだ!?」
さり気なく訊いてくるから達が悪い。しかも衝撃的なことを口にした本人はまだ分かってい無さそうな顔をしている。
「何故か知らないがお前は混乱しているようだ! 落ち着け! まずは胸に手を当ててゆっくりと――」
「ふむ。最初におっぱいに手を当てたと」
「今のお前に指示しているんだよ!」
「は、はぁ!?」
両手で胸を隠すように距離を取る遥。
「いいいいいいいきなり何を言っているのよ!?」
「それさっき僕が言ったセリフだよ!」
「前から胸を見てくるなあと思っていただけどまさか家の中じゃなくて外で要求してくると思っていなかったわ!」
「家の中なら要求すると思っていたのかよ! ……とそういうことじゃなくて! ちょっと落ち着こうって意味だよ! 今はお互いにだね! さあ息を吸って!」
すぅー。
「吐いてー」
はぁー。
「はいまた吸ってー」
「そうやって美少女の吐息を体内に取り込む気でしょ? いやらしい」
「理不尽極まりねえな」
どこからそんな発想が出てくるんだよ、と拓斗まで真顔になる。が、すぐに
「……とにかく落ち着いたようで良かったよ」
「で、何?」
「うん。えっと……………………何だっけ?」
すっかりと先のやり取りで忘れてしまった。
「……いや、思い出した。遥がいきなり亜紀とえっちしたのか訊いてきたんだった」
「はあ? そんなアホなことを訊くわけないでしょう?」
「本当に理不尽だな。思い出せよ」
んー、と顎に人差し指を当てて考え込む仕草を見せる遥は、やがて赤面する。
「……何言っているんだろう。ごめん」
「うん。いいよ」
「ああああ……蒼紅の所為だ……」
頭を抱える遥。顔も真っ赤だ。
「もう拓斗の顔を見れない……」
「本当に何があったんだよ!」
明日蒼紅を問い質してやろうと誓った所で、拓斗は、ははっ、と短く笑う。
「しかしながら、飛鳥市に調査しに行くって言いながら、ショッピングモールに行っただけで何にもしなかったな。まあ、遊びに行ったと割り切ればいいか」
「ん? 成果はあったわよ」
「え……?」
拓斗は目を丸くする。
「それはスピリとして?」
「スピリとして」
「アプリも存分に扱えないスピリとして?」
「あれはあの時だけ何故かバグっていたのよ! あれから三度ほど試してみたけど、結果は全て私の思い通りになったし……」
帰ったら開発班に文句言ってやる、と唇を尖らせる。
「それはともかく――あの飛鳥市訪問で成果はあったでしょ?」
「あったでしょ? って言われても……蒼紅と二人の時にじゃないの?」
「違うわよ。みんなでいる時よ」
「みんなでいる時……?」
腕を組んで考えるが思い当たる所はなく、首を横にする。
「そんなのあったか?」
「というよりも、怪しい所があったんだけどね」
「怪しいって……」
みんなでいた時にあった大きな出来事はただ一つしかない。
「まさか……原木さん?」
「そう」
遥は首を縦に振る。
「偶然に遭ったのは亜紀と拓斗の二人のお手柄ね。彼女に怪しい所があったわ。だけど今はスピリとして動くわけにいかないから、お母さんに調査を頼むつもり」
「ちょっと待て。あの人のどこにおかしい所があるってんだ?」
「それは……おっと」
そこで視線をちらと前に向けると、遥は人差し指を口元に当てる。
「家の中で話すことにしようか」
「何でそんな意味深長な仕草をって……あ、もう家なのか」
会話に夢中で気が付かなかったが、いつの間に家の前まで来ていた。彼女と話していると時間が過ぎるのが速い。
しかしながら先の人差し指を当てる仕草には色っぽさを感じてしまった。それをご近所さんの前でやる遥は、明らかに拓斗をからかう為だけに行ったのだろう。
それが何だか翻弄されているようで悔しかったので、拓斗も負けじと返す。
「そうだな。家の中でゆっくりと話してもらおう。……その口でな」
「え、あ、うん。そうね」
「真面目に返さないでくれよ! 恥ずかしいだろ!」
「そう思ったからやっているのよ」
くすくすと笑いながら遥は家のドアノブを廻す。
「「ただいまー」」
そうやって和やかな様子で家に入った二人だったのだが――
「「お帰り」」
目の前にいたのはいつものような穏やかな表情ではなく、険しい顔をした母親二人。
剣崎美哉と木藤鈴音だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます