第47話 デートと探索 -08
その女性は二十代だろうか、若い細めの女性であった。顔は整っており美人の部類ではあるだろうが、目元の大きな隈が特徴的で幸の薄そうな印象が先行してしまった。そして彼女はその細腕に合わなさそうに大きな荷物を複数抱えていたが、その荷物で彼女がどんな人間なのか、目の隈の理由も合わせて一目でわかった。
マタニティ用品。
赤ちゃん用のおむつやら食事やらおもちゃやらを抱えていたのだ。
そんなにも大量な荷物を一気に一人で持っているのは何故だろう、という疑問が真っ先に浮かぶが、しかしながら思っているだけでは何にもならない。
実際、亜紀はその人を助けに行ったのだ。
亜紀の後を追うように、拓斗も手助けへと向かう。
と、すぐ近くまで来た所で、
「あっ……」
彼女の手から荷物が崩れ落ちた。
慌てて拓斗と亜紀が駆け寄り、地面に落ちる前に何とかキャッチすることが出来た。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。――拓斗君も手伝ってくれてありがとう」
にこっ、と笑顔を向けてくる亜紀。自分も人助けをしているのにこういうようにお礼を言ってくることを、拓斗は素直に凄いなと思った。亜紀の人柄の良さが出ている。こういう点が彼女の魅力の一つであろう。
「気にしないで。しかしよく気が付いたね、亜紀」
「たまたまだよ。視線を逸らした所で、ふらふらとして危なさそうだったのが見えたんだ」
「本当にごめんなさいね」
荷物を持っていた女性が申し訳なさそうに頭を下げてくる。その動作によってまた一つ荷物が零れ落ちるが、拓斗が「おっと」と片手で捉える。
「とりあえず危ないんで、荷物を一度、あちらのベンチで一回落ち着きましょう」
拓斗は視線で先程まで自分達が座っていたベンチを指差すが、彼女は首を横に振った。
「家はすぐそこなので……ありがとうございます」
「すぐそこ?」
「ええ。歩いて十分くらいなので。一人でも何とか大丈夫です」
そう笑顔を向けてくる女性だが、それにしても量が多すぎる。一度に一人でする買い物の量ではない。十分であったら何度か分けて買うべきだろう――と思う所が色々あったせいで、拓斗は彼女に掛ける言葉を少しだけ見失ってしまった。
しかしその時。
「だったらそこまで荷物をみんなで運びましょう」
女性の後方から聞き覚えのある声が飛んできた。
遥だった。
その横には蒼紅、更には大海と静もいた。
「あれ? みんな一緒だったの? まだ一時間経っていないよね?」
「なんか蒼紅に、大海と二人でいることに変な想像をされていると思って」
「『……ってな風にぼくが二人を想像していると神上さんに予想されている』、って蒼紅がそわそわし始めたから」
「お前ら何の能力者だよ、静、遥」
ピンポイント過ぎる上に当たっている。
と、そこにツッコミを入れている場合ではない。
「それはともかく、遥の言ったことには賛成だ。――ということで、家まで荷物を運ぶの手伝いますよ」
「いやいや! そんな申し訳ないです!」
女性は再び恐縮した様子を見せる。先程からずっと色々な意味で前に進まない。
どうしたものかと拓斗が困惑に眉間に皺を寄せるのと同時に、
「そうやって押し問答している時間が体力的にも勿体ないわよ」
「あっ」
ひょい、と遥は女性の手にあった荷物を取って、傍にいた大海に手渡した。渡された大海はきょとんとしていたが、すぐに口角を上げる。
「ふははは! あんたの荷物は俺達が預かった!」
「何言っているのよこの馬鹿」
スパン、と静が頭を叩く。
「ああ、すみません。この馬鹿が言ったことは戯言です。……いや、言っていること自体は合っているか……合っていますけど、悪意を持っている訳ではないのです」
「は、はぁ……」
呆気に取られる女性を余所に、遥は荷物をどんどんと取り上げ、他の人に渡していく。
「ほら。もう荷物持っちゃったんだから、家まで案内するしかないでしょう」
「お前は鬼か」
「どっちかっていうと桃太郎よ」
そういえばそうだった。遥は鬼退治をする方であった。
「ん? これって赤ちゃん用品か?」
と、荷物の中身にようやく気が付いたようで、大海がそう声を上げる。
「どうした? 何か思う所でもあるのか?」
「いや、さっき静との会話で赤ちゃん……ってか、子供に関しての話があってな」
「ちょっ……!?」
「ほほう、どういう会話だったんだ?」
「ん? 子供は何人欲しいのかって聞かれてな」
「で、何て答えたんだ?」
「ラグビーが出来るくらいって」
「お前鬼畜だな」
ラグビーは一チーム15人。対戦するなら二倍なので30人。
「語弊だ! ごーへーい!」
羞恥に顔を真っ赤にさせる静。
それを見て、大海以外の皆はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「……語弊ってことは事実なんだよね?」
「否定はしていないよね、静ちゃん」
「なら聞いておいたらどう、静?」
「そうそう。後学の為にも先人に色々と必要なモノを聞いておいたらどうだ?」
「君達……っ」
わなわなと震える静と、「おう。女の子にとっては100パー大切なことだしな」と的外れな言動をする大海。
そんな彼らを見守っていた女性は――
「……ぷっ」
くすくすと小さく笑い声をあげた。
「ああ、おかしい。高校生っていいわね。元気いっぱいで」
ずっと申し訳なさそうな、もしくは困惑した表情だった女性の見せた笑顔に、拓斗も少しだけホッとした。
自分達がやっていることは別の見方をすれば、強引な真似で親切心を押し付けているだけなのだ。例え相手が物理的に無理なことをしようとしていたとしても、拒否するのであれば本来は押し通してはいけないのだ。
しかしながらあそこで笑いを零したということは、小さいながらも警戒心は解いてくれたということだろう。
それを証明するかのように、女性はこちらに向かって微笑みかける。
「家の前まででいいので、荷物を運ぶのをお願いします。その間に質問を何でも答えますので」
「お任せください。えっと……」
代表して静がそう回答するが、途中でそう詰まる。その詰まった理由をすぐさま察した女性は目尻を下げる。
「あ、名前ですよね。
彼女は一度頭を下げた後、優しそうに笑んだ。
「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたしますね。親切な学生さん達」
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