第41話 デートと探索 -02

    ◆



「――って感じでしょ? 絶対」

「お前の妄想かよ、遥」


 離れた所で二人で話をしている静と大海の言葉が聞こえないことをいいことに、好き勝手を口にしていた遥を諌める拓斗。


「勝手に大海と静を恋仲にしようとするとか、本人聞いたら怒るぞ。時に静が……いや、逆に喜ぶかもしれないな」

「私はカップリング魔。そこら中の人物を好きな人物と結び付けたくなる存在なのよ」

「どんなキャラ付けだよ」


 つーかさ、と拓斗は不満を口にする。


「何で神上さんが僕のことを好いているような描写なのさ? 勝手にそう判断されて困ると思うよ。ねえ、神上さん?」

「あ、う、え、そ、そうですね?」


 何で疑問形なのだろう、と思いながらも、すぐに(ああ、こんなことを唐突に振られれば誰だってそんな反応になるよな)と思い直した所で、


「ん? どうしたんだい?」


 静がこちらに向かってきたので、説明してやる。


「お前と大海がいちゃいちゃしている所を遥が見抜いたんだよ」

「語弊有りまくりね、それ……って、え?」


 遥が言葉を失った。

 無理もない。

 何故ならば、その言葉を受けた静の顔が、みるみるうちに真っ赤になったのだから。

 拓斗は素早く遥の耳に口元を寄せる。


「……おい遥。スピリってこんな盗聴器みたいなこと出来るのか?」

「……失礼な。心読めるの? って聞かれるところでしょ、ここって」

「……いや、そっちでもおかしいだろうに」


 そうお互いに耳元で囁き合っていた所。


「……こっちもこっちで二人して何をいちゃいちゃしているの?」


 遥の声を聴いていた耳とは逆方向からの突然の囁きに、背筋がぞわりとした。


「ししし神上さん!? 何をするの!?」


 拓斗は耳元を抑えながら声の主に問い掛けると、彼女は邪気の無い笑顔を向けてきた。


「うふふ。ごめんなさい。私も囁きたくなっちゃった」

「囁きたくなちゃった、って……」

「それで……何 を い ち ゃ い ち ゃ し て い る ん で す か?」


 先程まで邪気が無いように見えたのに、そう問う亜紀の姿は邪気の塊にしか見えなかったのは、拓斗に後ろめたいことがあるからだろう。


「い、いちゃいちゃなんかしていないよ。ただちょっと遥にしか分からないネタを振っただけで……」

「どんなネタなの?」

「え? だから分からないって……」

「そんなにも卑猥なネタなの?」

「卑猥!?」

「ちょっと待って亜紀。それじゃあ私も変態ってことになっちゃうじゃない」

「そうだそうだ。遥も言ってやってくれ! 誤解だって!」

「そうよ誤解よ。変態なのは拓斗だけよ」

「遥ぁっ!」


 誤解と言いつつ誤解を加速させる遥に激高する拓斗。

 そして亜紀の笑みが深くなる。


「き ど う た く と 君?」

「だからどうしてヤンデレ風なんだよ!? 静っ! ヘルプミー静SAN!」

「……いちゃいちゃ……なんかしていないんもん……」

「乙女モードになってらっしゃる!? こうなったら……」


 拓斗は意を決したように大きく息を吐いた後、カッと目を見開いて亜紀の背部へと素早く回り込んだ。


「秘伝! 静流――」

「……おい、何をしているんだ?」


 亜紀の首もとに降ろそうとした手は、その声と共に止められた。

 大海だった。


「何を、って、静がいっつも神上さんにやっているアレをするつもりだったんだよ?」

「静ちゃんからのいつものアレ……ってまさか!?」


 唐突に神上さんは、何故か顔を赤らめながら自分の胸元を押さえた。


「待って! 暴走し始めた神上さんを抑える時にいつも静がやっていた首に手刀をすることだよ!?」

「え? 静ちゃんはそんなことをしていないよ?」

「え? ……ああ、神上さんはいつも静にいつの間にか気絶させられているから分かっていないのか……」

「私が静ちゃんにいつもされているのは、胸を揉みながら『育てー。育てー』ってこねくり回されることだけど?」

「おい静」

「……いちゃいちゃなんかしてないもん……」

「とっくに乙女モード解けているくせに同じセリフ吐くんじゃねえよ!」

「拓斗……」


 ポン、と大海が拓斗の肩を叩く。


贖罪しょくざい

「しろってか!? 何も悪いことしていないのに!?」

「じゃあ訊こう。その手で何をしようとした?」

「だから神上さんの首元を手刀で……」

「そう。99パーで神上さんの胸を掴もうとした」

「そうそう胸を……って違うよ!?」

「私、木藤君なら我慢できすよ……?」

「何を言っているの神上さん!? 少し落ち着いて!?」

「あ、はい。ごめんなさい……」


 と、そこで彼女はちらと、どうしてか遥の方に視線を向ける。

 視線の先には、遥の豊満な胸。


「……ごめんなさい……」

「?」


 遥が首を傾げると同時に、亜紀が、あはは、と乾いた笑い声を上げる。


「木藤君には私なんか物足りないよね。剣崎さんのをいつも味わっているから……」

「さっきから混乱しすぎじゃない!? っていうか味わうって何なのさ!?」

「こう、吸い付くように」

「大海てめえ!」

「そんなことまで……っ!?」

「していないから、していないからね、神上さん!?」

「そっか。まだそこまでではないのかあ……」

「え? 何で安心したの?」

「安心してほしくないの!?」

「しまった! 意味の分からないツッコミをしてしまった!」

「とりあえず、私と拓斗の間に何もいないことは確かなことよ、亜紀」

「良かった。子供はいないんだね」

「さっきから色々と発想が突拍子もないよね!?」


 遠くから見ていた分には色々と可愛い子だなと思ってはいたが、ここまで仲良くなるとこんなにも面白いのか。そういう少しドキッとしてしまうような言動も含めて人気が出る訳だ――と拓斗は深く感じていた。それ程までに亜紀という存在は仲良くなってから、更に魅力を感じていた。

 ……それはそうとして。


「とりあえず落ち着こうよ。だいぶはしゃいでいるけど、僕達は高校生なんだよ? 節度を持とうよ」

「一番節度を持っていない拓斗に言われても97パー場は収まらないよな」


 うんうん、と全員が首を縦に動かす。


「お前ら……っ」

「あ、ごめんなさい木藤君。私は何か勢いで頷いちゃった」

「うん。神上さんは謝ったから許す! 他は……」

「事実を」

「事実と」

「言って」

「何が悪いのよ」

「うん。お前らは許さねえ」


 いつもの三人に加えて、遥もノリノリで悪ふざけに乗っかってくる。昔からの仲のように親しげだが、彼女が転校したのはほんの少し前の出来事である。まさかここまで仲良くなるとは思ってもいなかった。それは拓斗という存在が色々な意味で大きかったのだが、彼自身はそのことに全く気が付いていなかった。だからふてくされて皆に背を向けると、そこで「おいおい、どうした拓斗?」と大海が声を掛けてくる。


「なんか疲れたから一人でそこらへん廻ろうかと思ってさ」

「まあまあ、待て待て。そんなわけにはいかねえんだよ」

「どんなわけだよ?」

「拓斗。お前がいなくなるとどうなるか分かるか?」

「みんなが悲しむ」

「それは100パーない」

「ないかー」

「わ、私は悲しむよ!」


 諦観していた拓斗に亜紀がそう声を掛けてくれる。


「神上さんは優しいなあ……で、優しくない大海は何が言いたかったんだ?」

「お前がいなくなると、この場がどうなる?」

「この場が、って……」


 大海がいて、先程から極端に口数が減った静がいて、周囲にビクビクしている蒼紅がいて、そんな状況に何の疑問も持っていない遥と、先程から心労が見え始めている亜紀。


「神上さんが大変になるな」

「へ……? ……まあ、ある意味当たっているがそうじゃないな」

「ん? ある意味?」

「まあそれはいいとして――正解は、男女の比率が壊れる、だ」


 ここにいる男女。

 男三人。

 女三人。


「確かにそうだが……それがどうした?」

「女子の方が多くなるだろ?」

「まあそうだな」

「蒼紅は今日は青だろ?」

「見ての通りな」

「実質俺一人になるだろ?」

「なるかもな。だったら?」

「気まずい!」

「知るか」


 言葉で斬り捨ててその場を去ろうとすると、その腰に大海がしがみついてきた。


「俺ってば意外とピュアボーイなんだよ! 女子とどうやって喋ればいいのか分からないんだよ!」

「それを堂々と公衆の面前かつ女子の前で言える時点でその言い分は却下だ」

「そんなーっ!」

「まあまあ待て待てー、拓斗君とやらー」


 と。

 そこで妙に芝居がかった口調で口を挟んできたのは、蒼髪の少女であった。


「……棒読み」

「サア、何ノコトカナ?」

「お前もキャラが定まらないなあ。で、何だ?」

「まず、前提としてあるのだけど、今日は図らずとも皆にデートだと勘違いさせられてしまったわけよね?」


 本来ならばトワイライトの証跡を二人で探すつもりだったが、成行きで全員でショッピングをすることになってしまった。それはデートだと勘違い――実際に傍から見たらデートに違いなかったのだが――ともかく、デートだと思われたということは嘘偽りのない真実ではあった。


「そうだけど……で、それがどうしたんだ?」

「別に拓斗とデートしたいわけじゃないけど、デート自体には興味があるのよ。だから――ここから三組に別れて行動しない?」

「……は?」


 拓斗を始め、亜紀、大海、静、蒼紅の四人も疑問の声を上げた。

 そこに遥はごそごそとポケットからスマートフォンを取り出すと、何やらアプリを立ち上げて皆の前に見せた。


「ちょうどランダムにシャッフルして組み合わせが出来るパーティゲームサポート用のアプリがあるから、私達六人でやってみない? で、ペアになった者同士が行動する。時間は一時間、ってとこでどう?」

「あの……そのアプリって男女で分けられるのですか?」


 亜紀の問いに遥は首を横に振る。


「簡易アプリだからそこまでは。だけど、男性同士、女性同士になっても面白いと思わない?」

「面白い! 俺は100パー乗った!」


 一番に大海が手を上げた。そのウキウキした顔を見ればどう考えているか分かる。遥も亜紀も静も、十二分に魅力がある女性だ。そんな女性と一時間とはいえデートできるのであれば乗りたい。だけど自分から指定する勇気はない。だからランダムというギャンブル性に任せれば「仕方ないよねー。ペアになっちゃったんだし」という言い訳が立つ。どこまでもヘタレだ。最後にネタばらしをして学校でからかってやろう――と拓斗が小さく息を吐いたのと同時に。


「……じゃあ、私も。面白そうじゃないか」


 静も手を上げた。彼女の目論見は言うまでもない。


「あ、みんなが言うならば……」


 亜紀もおずおずと賛同する。場の流れを汲んでくれたのだろう。なんか奥に静と同じように――いや、静以上のギラついた何かがあるのは拓斗の気のせいだろう。


「蒼紅もいいよな?」

「あ、うん」


 大海に促され、蒼紅も頷く。これは完全に流された形だ。


「じゃあキマリ。今からスマホを廻すから、みんな好きな所に自分の名前を入力して。これで運命が決まるからじっくりと考えてね」


 遥は大海にスマホを手渡す。大海が「えー、どうしよっかなー? 俺、今日ツイている気が60パーあるからなー」と悩んでいる間に、拓斗は遥に小声で問い掛ける。


「……どういうことだよ?」

「……こうでもしなくちゃ、個別行動できないでしょ? だからあらかじめ仕込んでおいたの。こういう時を想定したアプリを、白夜は開発しているの」

「……どういうシチュエーションを想定しているんだよ」

「……こういうのだよ。現に助かっているじゃない」

「……まあそうだけど……でも、ランダムなんだろう?」

「……大丈夫。さっきも言ったけど、これは白夜が開発したアプリ。スピリの能力で結果なんてどうとでも操作できるの」

「……そんなこと出来るの?」

「……出来るの」

「……便利な……いや、万能な能力だな……」

「……出来ることは出来るのよ。出来ないことは出来ないわ。……ということで今回は私と拓斗、静と大海、亜紀と蒼紅って分けるわ。亜紀には申し訳ないけど」

「……何で神上さんだけ?」

「……んー、まあ、何となく?」

「……何だよそれ……ってか大丈夫なんだろうな? このアプリ、本当に操作できるんだろうな? 出来なかったら本当にただのデートになるぞ?」

「……大丈夫。開発部から『因果を捻じ曲げる存在がいない限り大丈夫だよ』と言われているから」

「……不安になる言葉だな」


 拓斗が眉を潜ませた所で、彼の肩が叩かれる。

 蒼紅だった。


「……拓斗の番だよ」

「ああ、分かった」


 蒼紅から受け取ったスマホに、大して悩みもせずに空いている所に自分の名前を入力する。もう既に結果が分かり切っているのだ。緊張する意味もないし、そもそも緊張するようなことではない。


「はい。入力したよ、遥」

「ん、じゃあ私も……っと、これでいいね。行くよ」


 遥がスマホを皆に見せながら、画面にある『スタート』ボタンをタッチする。

 仰々しく名前が回転して行く演出が始まって、三組に分けられた枠にその名前が入って行く。

 そして全ての名前が埋まった瞬間。


「……え?」


 誰かが小さく、そう疑問の声を漏らした。

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