第39話 対となる存在 -05

「あ、忘れてた」


 と、そこで唐突にパチン、と遥は指を鳴らした。

 同時に、拓斗の腕時計の針が動き出した。


「相も変わらず、簡単に空間を切り貼りするよな」

「慣れているからね。最初はこれをするのにも凄い苦労したのよ。スピリ特有の能力とはいえ、訓練はかなり必要とするものだから。スピリの中でもこう簡単に出来る人っていうのは限られているのよ」

「他のスピリを知らないからなあ。それってどれくらいの割合?」

「ああ、言い方を間違えたわ。こんな風に出来るのは100パーセントよ。それがスピリの証明のようなものだから。ただ、下準備も前準備もなしに簡単にこういうことが出来るのは、大体20パーセントくらいかしらね」

「そんなに少ないんだ」

「そうよ」


 彼女はふふんと鼻を鳴らして口の端を上げる。


「私のこと見直した?」

「惚れ直した」

「なっ! ば、馬鹿じゃないの!?」


 遥が歩みを止めて大きなリアクションをする。


「冗談だよ……ってか、流石に傷つくなあ、それ」

「あ、ご、ごめん」


 急にしおらしくなる遥。


(最近気が付いたけど、攻めに非常に弱いよなあ、遥って……いろんな意味で防御面が甘いねえ)


 だからこそ盾を所望したのだろうが。


「て、ていうか別に拓斗のことを嫌いとかそういうわけじゃなくてね、むしろ嫌いならば一つ屋根の下にいないっていうか」

「な、何を言っているんだよ、お前! 少し落ち着け!」

「お、落ち着いているわよ! 私はいつだって冷静よ! クールビューティーよ!」

「クールって言葉を見直すべきだ!」

「な、何よ! ビューティーは否定しないの!?」

「ポジティブな捉え方するなあ、お前!」


 攻めすぎておかしな方向に話がシフトしてきている。拓斗もヒートアップしてきたのは自覚してきたので、深呼吸をして少しクールダウンをする。


「……落ち着け。いや、落ち着こう。おかしくなったのは僕が『見直した?』に『惚れ直した』と返した所からだ。うん、すまん。ただの軽口だった」

「そ、そう……」


 ふう、と大きく息を吐く遥。彼女もそこでようやく本当に落ち着いたようだ。


(あのハリネズミの件以来、こういうやり取りも増えて来たな。面白い)


 拓斗の中の感情はまだその程度。

 遥に対しての好意は、恋愛感情までには至っていない。

 だが、一つだけ明確な感情がある。


(……この子を守りたいな)


 盾となった後、様々な彼女の様子を見てきた。

 からかう様子。

 笑う様子。

 困った様子。

 怒った様子。

 照れた様子。

 スピリ、という特殊な能力を保持しているが、年相応の女の子である遥。

 その彼女の日常を守りたい、というのが、いつの間にか根付いていた。


(それが『盾』としての副作用なのかは知らないけれどね)


「……何で生暖かい目で見つめてきているのよ」

「いや。……ふふふ」

「気持ち悪いわ」


 本気で気持ち悪がられた。反省しよう。


「それは置いておいてさ。せっかくだから飛鳥市に行ってみない?」

「飛鳥市に?」

「『スピリとして行くことは数日後』になるけど、『一般的の人として行く』ことには制約を持たせていなかったじゃない。それにさっきの美哉さんの言い方だと、『地獄の子守唄』は今、飛鳥市で暴れ続けているわけじゃなさそうだし、スピリだとバレなければ大丈夫でしょ? だから今日の放課後に一緒に飛鳥市に行ってみないか?」

「んー、そうだとは思うけど……」

「なんかオーラとかでばれちゃうの?」

「そういうことじゃなくってさ……」


 深く息を吐きながら、拓斗の背部を指差す。


「何だよ……って、あ?」


 拓斗はそこで気が付いた。

 話している内にいつの間にか自分の教室の前まで来ていたらしい。

 大海が般若のような形相でそこに立っていた。


「うわっ! いたのかよ、大海!?」

「……」


 黙ったままこちらを凝視してくる大海。


(……どこまで聞かれた? まさかスピリのくだりも聞かれた可能性がある……でもスピリって単語だけじゃ何も分からないだろうし……)


 と、拓斗は内心冷や冷やしていた。

 そんな彼に、大海は低い声で呪詛のように訊ねる。


「……デートとな? デートとな?」

「は? デート?」

「今日の放課後に飛鳥市に行くって。一緒にって。お誘ってた。お誘ってた」

「言葉がおかしい。ってかそこだけ聞いたのか?」

「ああ。だから99パーの確率でデートだと結論付けた。その前にもっと濃厚な会話していたのか?」

「んなわけあるか」


 そう言いつつ胸を撫で下ろす拓斗。


「そもそもデートって何だよ? 僕はただ単に遥に放課後に隣町に一緒に出掛けようと提案しただけで――あ、これ、デートだわ」

「デート!?」


 パサリ、とノートが落ちる音。

 大海の後ろに、これまたいつの間にかいた亜紀が落としたノートだった。


「デ、デデデデデデデデデートって何のことっ!?」

「いや、あのね神上さん、これは」

「日付のこと!?」

「そうだよ」


 嘘をついた。


「何だ。てっきり男女でお出かけする方かと思ったよ」

「うんうん。勘違いって怖いねえ」

「うんうん。――で、木藤君。放課後 ど こ に 行 く ん で す か ?」

「怖いよ!? 何でヤンデレっぽいんだよ!? ってかヘルプ! ヘルプ静SAN!」

「はいよー。ほい」


 教室から顔を出して即座に一撃で打ち砕く。電池が切れたようにガックリと膝をつく亜紀。倒れ込んでパンツが見える状態――になる前に静が身体を支える。

 見えない。


「……チッ。混乱させて神上さんのパンティを見ようと思ったのに。僕はそこはヘルプしていないぞ静!」

「いかにも僕が舌打ちしたかのように言うのは止めろ大海!」

「本心なの?」

「なあ遥。本心だと思う?」

「んーん。全然」


 首を横に振る遥。


「でも面白そうだからこのままにしておこうと思うの」

「お前転校した時の大人しそうなイメージどうしたんだよ!」

「あれは疲れたわ。キャラに合わないことはしないことね。高校デビューする子に苦言を呈すわ」

「ぐっ」

「止めろ! 何故か大海にダメージが行っているぞ!」

「ぐああああああああああっ!」

「やっぱり『何々パーセント』とかいうの、あれは高校デビューだったのか! っていうか何で選択した、そんな口癖!?」

「まあ、それはともかくとして」


 静がパチンと手を叩く。


「今日の放課後、みんなで隣町に行くってことで。隣町って飛鳥市?」

「そうだけど……何でそうなる?」

「……あんた、私は助け舟を出してあげているのよ。このニブチン」


 呆れた声で静は抱えた亜紀を前に出す。


「いつ起動するか分からないわよ、この子」

「……分かりました」


 即答した。


「ま、こうなると思ったけどね」


 遥が苦笑する。


「今日は本当に、ただ隣町を見に行きましょうか、みんなで」


 こうして拓斗と遥は、亜紀、静、大海、そしてこの場にいなかったが蒼紅といつもの六人で隣町の視察をすることとなった。

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